第22話 変な鳥

 山か森かどちらの方向へ行くか迷ったけど、前回ちょこっとだけでも森に入った経験から森に向かうことにしたんだ。

 さて、そろそろ木々の密度が濃くなってきたぞ。

 

 ――フシャアアアア。

 何だろう。俺が森に入ると何かしらの魔物が咆哮をあげるのだろうか。

 前とは違う雄叫びだな。

 でも、俺に向けて咆哮をあげたわけではないのだと思う。

 周囲に大きな動物の気配はなく、空を見上げてもワイバーンやグリフィンといった危険で凶悪なモンスターの姿は見えない。

 

「総士の名において祈る。我に結界を」


 小さな水晶を握り、聖魔法「結界」を唱える。

 さあてと進むとするか。

 人の手が入っていない森だというから、強力なモンスターもいるかもしれない。

 どうせ会うなら魔力に余裕があるうちに出会いたいものだ。いや、勘違いしないで欲しい。

 俺は何も戦いを好むとかそういうわけじゃあ決してない。

 どうせやり合う事になるなら、万全の状態の方がいいだろって話だからね。

 

 今回の目的は燃焼石の調査だ。

 燃焼石はそこまでレアな鉱石じゃあない。この世界には鉄と同じくらいありふれた鉱物で、発見はそう難しくない。

 だけど、岩肌が見えているところとかじゃあないと発見したとしても、掘り返すのが大変だ。

 そんなわけで、崖や丘といった岩肌が見えている場所をまず探そう。


「あ、岩塩があった崖の辺りはどうだ? あの辺は傾斜が激しいところが多かった気がする」


 あの洞窟は印象的だったからな。場所もバッチリ記憶している。

 

 ――歩くこと二十分ほど。

 肉を発見することなく、件の洞窟前まで辿り着いてしまった。

 鹿や猪なんてのにはそうそう会えないか。

 森の中にモンスターや猛獣、肉が多数生息しているとはいえ、密集しているわけじゃあない。

 森が生み出す食糧は限られているから、鹿一匹を支えるにしてもそれなりの面積が必要だ。

 そこは地球と変わらない。狩猟するには一日がかりで獲物を探したり待ち伏せしたりしなきゃなんないんだ。

 俺一人ならね。

 まあ、今回はもし肉に出会えたらラッキーくらいのものだから、構わない。

 

 おっと、燃焼石の探索をするんだった。

 燃焼石は魔力を通すと熱を発する地球には無い鉱石である。他にも光石や魔力草みたいなこの世界独特の魔力を起因とした鉱石や薬草なんてものがいくつもあるんだ。

 これらに共通するのは、魔力に感受性があること。

 

 なので、魔力を扱える者であれば探索することができる。

 どうするのかって?

 

 全身から薄く薄く魔力を伸ばしていく。魔法を使う時と違って、呼吸をするようにほんの僅かな魔力を遠く遠く、自分から離れないように。

 何らかの反応があれば燃焼石の可能性が高い。

 燃焼石は日本出身の俺でさえ使い慣れたものだから、どれくらい魔力を通せば変化するか感覚で分かる。

 十メートル、二十メートル……百メートル……。

 ぐ、ぐう。これ以上は魔力が体から離れてしまう。

 

「仕方ない。場所を変えよう」


 一発目で見つかるなんてことはさすがにないか。

 少し進んで魔力を伸ばし、少し進んで魔力を伸ばしを繰り返す。

 地味な作業だけど、掘り返して調査することに比べりゃ格段に楽だ。専門的な知識が無くても探すことができるんだから。

 繰り返すこと二十回目……。

 

「お、きたきた」


 洞窟から五百メートルほど離れた切り立った崖の付近で燃焼石の反応があった。

 鉱脈はそれほど大きくはないな。

 地面から二メートルほどの高さから横に二メートル、縦は……崖の上まで伸びているから二十メートルってところか。

 崖は垂直になっているわけじゃなく角度にして六十度から七十度ってところ。

 ぼこぼこしていて持ち手も不自由しないから登ることもできるけど、ツルハシなんて持ってきていない。

 だって、そんなもの必要ないからな。

 

「総士の名において依頼する。水の精霊よ。刃となりて切り裂け、ウォーターカッター」


 水の刃が岩肌を切り裂き、五十センチ四方のブロックとなってガラガラと落ちて来る。

 地面に転がったブロックを拾い上げ、魔力を通す。

 うん、燃焼石で間違いない。

 ちょっと大きく切り取り過ぎたかもしれない。籠の底が抜けないか心配だな。

 まあこれだけあればむこう数か月の間、燃焼石には困らないだろ。


 少し早いが目的の燃焼石も採掘できたし、屋敷に戻るとしようか。

 その時、崖の上の方にやたらカラフルで嘴の大きな鳥がとまってこちらを見下ろしていることに気が付く。

 カラスより一回りほど大きいくらいだし、嘴の形からして鷲などの肉食性猛禽類ではないことがすぐに分かる。

 もっとも、鷲だとしてもあのサイズなら警戒に値しないけどな。

 

『森の賢者にお目通りせよー』


 喋った?

 

「森の賢者って?」

『森の賢者にお目通りせよー』


 同じことしか繰り返さない。

 これはあれだ。オウムと同じように言葉の意味も分からず真似ているだけだな。

 この鳥の見た目はオウムとは似ても似つかないんだが……。オオハシのようなオレンジ色の大きな嘴と鮮やかな緑色にオレンジ色が差し色となる羽毛を持つ。

 鳥の見た目はそんな生き物がいたのだろうでスルーしてもいいんだが、問題はこの鳥が「人の言葉を真似た」ってことなんだよ。

 真似たってことは、真似る相手がいるってことだろ?

 つまり、この森の中に言葉を話す生物がいる。

 人間なのかそれ以外なのかは不明だが。

 

「また来る。今度は森の賢者でも探しに来るよ」

『森の賢者にお目通りせよー』


 同じ言葉を繰り返しながら、カラフルな鳥は飛び立って行った。

 戻ったら、このことをモニカに伝えよう。

 森の賢者を求めて探検するってのも面白そうだからさ。

 

 ◇◇◇

 

 お昼前に屋敷前に到着する。

 モニカもちょうど作業を終えたみたいで、木材から手を離し立ち上がると、こちらに小さく手を振った。


「燃焼石は見つかったよ」

「足腰は大事ありませんか?」

「うん、思ったより重くはなかったよ。籠も大丈夫だ」


 その場で籠を降ろすとドシンと音がする。

 モニカは燃焼石が採掘できたことを喜ぶより先に俺のことを心配してくれた。

 そこまで心配しなくてもいいのにと内心苦笑するが、彼女の優しさに悪い気はしない。

 

「これだけあれば、三ヶ月、いえ四ヶ月はもちますよ。ありがとうございます。ソウシ様」

「うん、モニカも木材の乾燥お疲れ様。助かったよ」

「お昼を食べたら、さっそく木材の加工に挑戦していいかな?」

「もちろんです。お待たせいたしました」


 モニカはお腹の辺りに両手を揃え、ペコリと頭を下げる。


「よっし、お昼にしようか。動いたからかお腹が減った」

「では、準備いたしますね」

「一緒にやろうよ。俺も料理がうまくなりたいんだ」

「はい」


 お互いに笑顔で頷き合う。

 昨日、育成したまま収穫していなかったので、まず畑に向かって何を食べるかたわわに実った作物を見ていたらますます腹が減ってしまったことはモニカに内緒だぞ。


「レタスとカリフラワー。まだトマトとキュウリも残っていたよな」

「はい。サラダにいたしますか?」

「うん。サラダにしよう! あとはパンと肉で」

「お肉は外せないんですよね」

「だな!」


 おどけてみせるモニカにグッと親指を突き出す。

 その様子が自分でもおかしくて声をあげて笑ってしまった。

 つられて彼女も口に手をあて控え目に笑うのだった。

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