第21話 アリシアのこと
モニカが料理の準備をしてくれている間に少し後ろ髪が引かれる思いながら、ボアイノシシのベッドで寝そべる。
こうして横になっているだけでも、魔力が多少ではあるが回復していく。
魔力が回復すれば疲労感も薄れるってわけだ。
サボっているように見えるかもしれない。事実そうなのだが、ちょっと待って欲しい。
俺にも一応考えってもんがあるんだよ。ヒールの乱発により魔力が枯渇している。
となれば、魔法を使うことができなくなってしまうじゃないか。今日はあと一回魔法を使用したいんだよ。そのための休憩だ。
これは必要なことなんだって。
なんて言い訳しながら、横になっていると心地よい疲労感が俺を包み込み。
「おっと、寝ては」
「お休みになってくださって構いませんよ」
キッチンからモニカの声。
ほんと手際よく料理をするよなあ。俺もいつかあのレベルまで到達したい。
うーむ。ここはお得意の思考の海にでもハマって、頭だけは起こしておくようにするとしようか。
ええっと、何だっけ家に入る前にモニカと話をしていたことって。
「何だっけ」
つい口をついて出てしまった。いかん、相当頭が動いていないな。
「何でしょうか」
「扉の前で何を話していたっけ?」
「聖女様のことでしょうか」
「そうそう。ありがとう」
そうだった。アリシアのことについて語っていたんだった。
俺が召喚される前の彼女のことを俺は知らない。
神官長から聞いた話だと、アリシアは病か呪いか知らないけどこれ以上聖女を続けることができなくなってしまった。
なので、最後の力を振り絞り、自らの体を犠牲にしてまでして俺を呼び出した。
命まで燃やし尽くして俺を召喚したわけだが、彼女は一命を取り留めたんだ。
だけど、その代償は大きく、彼女の時が止まり眠り姫となってしまった。
「時が止まり」てのは文字通りで、彼女は息もしていなければ歳をとることもない。だけど、体は暖かいままなんだ。
彼女は心臓の鼓動さえ止まっていた。
これが生きているのかと言われると疑問符がつくところがあるけど、俺は彼女が生きていると思っている。いや、信じている。
何度か彼女の前に立ち、胸の前で腕を組み眠ったままの顔を覗き込んだが、血色もちゃんとあって俺を召喚した時そのままの姿だったんだ。
一年経っても、二年経っても。
彼女を元に戻そうと、今でも極秘裏に神官長を始めとした精鋭が手段を探っている。
俺の浅はかなゲーム知識だと、こういった場合に治療できるのは万能霊薬「エリクサー」とか、時を動かす砂時計とか、時を巻き戻すふろしきとかがある。
そういったアイテムがこの世界にあるのかどうかは分からない。
だけど、もし、手段が分かり、俺に協力できることがあるのなら協力したいと思っている。
その時は一時的に廃村暮らしをやめるかどうかの選択に迫られるかもしれないな。
でも、その時は――。
「ソウシ様?」
「ん、んんん。あれ、寝てた?」
「はい、ぐっすりとお休みになられておりましたのでお声がけするか迷いました」
目を開けると、ワンピース姿のモニカが膝立ちの姿勢で俺を覗き込んでいた。
「モニカはもう食事を済ませた?」
「はい。恐れながら」
「いや、食べてなかったら、次からはちゃんと食べてくれよと言っていたところだよ」
「そうおっしゃると思い、ご無礼ですが先に頂かせていただきました」
「寝ようとは思ってなかったんだけど、モニカが昼に着ていた服を持ってきてもらえるか?」
「着るのですか? 少々汚れており申し訳ありません」
「着ない、着ないから! 魔力を回復させてウォッシャーを唱えようと横になっていたんだよ」
「そうでしたか。私にまでお気遣いくださり。感謝いたします」
ペコリとお辞儀をしたモニカは二階にあがり、綺麗に折り畳まれたメイド服を持って戻ってくる。
「それじゃあ、近寄って」
「はい」
昨日と同じように肩を寄せてくるモニカ。
昨日の指摘からか、今日は最初から密着するようにちゃんと術の範囲に入ってくれている。
「総士の名において依頼する。水の精霊よ。我が周囲を清めよ。ウォッシャー」
水の膜が俺とモニカを覆い、グルグルと回転していく。
「これでさっぱりした。一日の汚れは落としておきたいものな。今日も動き回ったし」
「ありがとうございました」
体を離しメイド服を胸に抱えたまま会釈をするモニカ。
「ごめん、モニカ。今日はそのまま寝るよ。作ってくれた料理は明日食べる」
「承知いたしました。私もこのまま就寝させていただきます」
そう言って二階にあがりメイド服を置いてきたモニカは、遠慮がちに俺の隣に寝そべる。
自分から毛布を被ろうとしない彼女へ苦笑しつつ、毛布の端を掴む。
ふわさっと彼女に毛布をかける。
毛布は二枚あるんだけど、肌寒いこともあり二枚重ねにして使っているんだ。
なので、寝る時は一緒の毛布を使わなければならない。いずれ、毛布に類するものを調達しないとなあ。
そのうち布作りも縫製もするつもりだし、モニカも俺の服を作るって張り切っていてくれてるしな。
「しばしの間、狭いけど我慢してくれよ」
「いえ、わたしに気遣いは無用です。ソウシ様が快適に過ごして頂けるよう鋭意努力を尽くす所存です」
「そんな畏まって気合を入れなくてもよいさ。このままでも十分快適に眠ることができる」
ポンとボアイノシシのベッドを叩く。
柔らかくて心地良いんだよ。このベッド。ベッドというより布団だろって突っ込みは無しだ。
「おやすみ、モニカ」
「おやすみなさいませ。ソウシ様」
そのまま目を閉じると、すぐに意識が遠くなる。
翌朝――。
モニカの作ってくれた料理を食べ、どんぐりをいつでも食べることができるようにしたのに餌をねだるニクに大麦をやるという朝のひと時を過ごす。
モニカは自分で朝食を作り、ニクが餌を食べきる頃には食事を終えていた。
「モニカは昨日の続きを頼む」
「承知したしました。お昼頃には完了いたします」
「分かった。じゃあ、昼までには戻るよ」
「ソウシ様はどちらへ?」
モニカは「戻る」という言葉に反応し、ピクリと眉を動かす。
「燃焼石を探しに行こうと思って。ついでに何かとれればとってくるよ」
「山に出かけられるのですか?」
眉がますますピクピクするモニカ。
俺が一人で出かけることにご不満な様子。
モンスターや猛獣に遭遇するかもしれないものな。彼女が心配する気持ちは分かる。
「軽くだけどね。森にするかも」
「それでしたらわたしもご一緒させて頂ければ……」
彼女がそう申し出るのは分かっていた。
「本格的な探索はモニカと一緒の時にするよ。今日はちょこっと見てきてすぐ帰って来るさ」
なので、殊更軽い調子で右手をひらひらさせると、彼女はふうと息を吐き「行ってらっしゃいませ」といつもの微笑みを浮かべてくれた。
持ち物はブッチャーナイフに、背負うタイプの大きな籠と麻袋でいいかな。
時間が短いから籠が必要になる可能性は低いけど、持って行って損は無い。久々の外出にモニカには悪いが少しワクワクしている俺であった。
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