第16話 いろいろものいりですね

「おお。胡椒を入れたんだ」

「はい。多少持ってきましたので」


 もしゃもしゃと油の代わりにバターをしいて塩コショウを振りかけたボアイノシシ肉をほうばる。

 うーん。やっぱり塩だけよりコショウも使った方がより一層おいしくなるな。

 でもコショウや唐辛子といった香辛料とかは南国産だしここで育てるのは難しいだろうなあ。

 ローリエみたいなハーブならどうだ? それならここでも育てることができそうだ。

 村の気候を正確に知っているわけじゃあないけど、王都の気候とそう変わらないと聞く。

 だったら、一年を通じた平均気温は日本より若干低い。だけど、冬は日本より多少暖かいくらいだ。もちろん夏も日本より涼しい。

 夏でも夜になるとクーラーなんてつけなくても快適に眠れるほどで助かったよ。ここにはクーラーなんてないからさ。

 

「ソウシ様、また何かお考えですか?」

「あ、いや。大したことじゃあないよ。ごめん、突然黙っちゃって」

「いえ、思案するソウシ様の真剣な眼差しを見ているだけで私は満足できます」

「そ、そかな」

「ソウシ様はそうやって真剣に悩まれ、ずっと道を切り開いてこられました。私の憧れです。ですので、その顔は嫌いじゃあないのですよ」


 随分モニカの前で悩んだもんだものなあ。

 恥ずかしいことに泣き喚いたことも一度や二度じゃあない。当時14かそこらの彼女に縋って泣いたなんて、今ではもう笑い話だけど……。

 

「此度のお考えの中で、わたしにお聞かせ下さるようなことがありましたか?」

「ん。大したことじゃあないんだけど、胡椒とか唐辛子をこれからも食べることができたらいいなあって」

「とても素敵です! 是非、作っていただけませんか? 種なら念のためと思い持ってきております」

「いや、にわかな知識であれなんだけど、胡椒って南国産じゃなかったっけ?」

「はい。その通りです。ですので、これから晩秋まででしたら生育可能かと」

「あ、そうだな。自分のヒールのことを考慮から外していたよ」


 なんてこったい。基本的なことが抜けていた。

 いやさ。胡椒とかバナナとかが南国産であることは間違いない。南国産だったら気温が高くないと生育しない。

 だけどさ、気温が15度以下だと枯れてしまうとかそんなものなんだよ。

 俺のヒールを使えば、時間がかかってせいぜい30分程度。つまり、気温の高い時に種を撒いて収穫しちゃえば問題ないってこと。


「ソウシ様。ご配慮頂きありがとうございます」

「いや、そうだ。モニカ。食べたい野菜とかフルーツとかあるかな?」

「そうですね。小麦、大麦、ジャガイモ、玉ねぎ辺りでしょうか」


 食事を摂る手をとめて、にこやかに応じるモニカ。

 全く敵わないなこの子には。


「それ、主食じゃないか。分かった。そうだな。まずはパンを作ることができるように頑張ろう」

「はい!」


 パン焼き窯も準備する必要が無くなったしな。

 あとは粉ひきさえできれば、念願のパンを食すことができる。最悪、すり鉢みたいな小さいもので粉ひきしてもいいんだけど、それだと後々辛い。

 できればこう、一気に小麦粉を作成したいところだ。

 魔法でなんとかなりゃいいんだけど、丁度いい魔法を思いつかないんだよなあ。

 

「ここ以外にも民家があっただろ」

「ございました」

「埃っぽくてあれなんだけど、農家だった人の家だから何かいいものが残っているかもしれないと思って」

「良いお考えだと思います。お付き合いさせて頂きます」


 行こう行こうと思っていてまだ民家の家探しはしてなかった。

 もし丁度いい粉ひきとか放置してあったらラッキーだよな! 何もなかったらモニカと相談して粉ひきを作ればいい。

 案はある。

 楽しく会話をしていたらあっという間に食べ終わってしまった。

 ふう。今日の夕食も美味しかったぞ。明日は俺が料理をしよう。モニカばかりに任せるわけにゃあいかねえ。

 

「ごちそうさ、うお」


 手を合わせて本日の食事に感謝を捧げようとした時、窓枠の方からガタリと音がした。

 出やがったな。ニク。

 窓枠から顔を出したのはつぶらなお目目ともふもふした白と薄茶色の毛皮を持つカピバラほどの大きさをしたアンゴラネズミ――ニクだった。

 ヒクヒクと鼻を揺らしながら、我が物顔で部屋の中に入ってくる。


「餌を与えてもよろしいでしょうか?」

「うん。大麦とかでも食べるのかな?」

「麦類やアーモンドなどの豆類でしたら何でも食べます」


 ニクはフルフルとお尻を振りながら床にペタンと座るモニカの太ももに頬を擦り付ける。

 うん、そうなんだ。まだダイニングテーブルもないから、床に馬車から持ってきた折りたたみ式の小さな机を置いて食事をしている。

 彼女はニクの頭を撫で、キッチン奥に置いてある麻袋から大麦を一掴みすると平皿にそれを乗せた。

 彼女の後を追っていたニクは早く早くとばかりに鼻をひくひくさせる。

 その場でしゃがんだ彼女は床にそっと平皿を置いた。

 うおおおっと食べ始めるニク。


「そういや昼から何も与えてなかったな」

「はい。わたしたちが食事をしていると餌をもらえると分かれば、自然と来るようになります」

「なかなか意地汚い……いや、賢いんだな。ハムスターって」

「ハムスター? アンゴラネズミですよね」

「お、そうそう。アンゴラネズミ。ハムスターはリグリア王国にはいないのかな?」

「聞いたことがありません。どのような動物なのですか?」


 うお。目をキラキラさせながら聞いてきおった。

 モニカは両手を胸の前で組んで、上半身を乗り出してきている。

 

「簡単に言うと、手のひらに乗るくらいのサイズのアンゴラネズミだ。毛がアンゴラネズミより短い」

「そ、それは是非一度お会いしてみたいです」

「この世界のどこかにもいるかもしれない」

「はい。人間の知っている領域なんて世界の半分もないと聞きます。この村から先も未開の地域ですし」

「生活基盤が整ったら、ハムスターを探しに森や山へ行ってもいいかもしれないな」

「是非、お供させてください。ですが、森や山は危険と聞きます。入念に準備をされてからの方がよいかと存じます」


 ん。何だニク?

 モニカと盛り上がっていたら、もう食事を終えたニクが鼻をひくひくさせて俺を見上げている。

 仕方ねえなあと、ニクの顎をもふもふしたらあぐらをかいた膝の上に乗っかってきた。

 いやあ、すっぽりハマる。

 じゃねえよ! 何俺はニクに篭絡されそうになってんだよ。

 し、しかし。ついつい背中を撫でてしまう。こいつ、目を瞑って気持ちよさそうにしやがって。ニクの癖に。

 

「ふふ。ニクはすっかりソウシ様のお膝が気に入ったようですね」

「思ったより重たいなこいつ」

「馬車の屋根に登ったり、先ほども窓枠を越えてきたり、結構筋力があるからかもしれません」

「肉が詰まっているのか。ふむ」


 思った以上に食える箇所が多いのか、こいつ。


「ソウシ様……」

「食べないから、心配するな」


 そんな切なそうな声で俺の名前を呼ばないでくれるか。

 昨日も食べないって言ったじゃないかよお。

 

「話を戻すが、森や山には近く探索に行きたいんだ。肉類やキノコ類なんてものを確保しなきゃだし」

「そうですね。岩塩や燃焼石といった鉱物も必要です」

「燃焼石は生命線だからなあ。木材も余裕があれば持って帰りたいところだな」

「多少でしたら村の周囲に木はあります。わたしたちが使う程度でしたら、それで事足りるかと」

「だな。家具を作ったりするのに木材は必要だし。そのうち」

「はい!」


 にこやかに頷き合う俺とモニカであった。


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