Last 崩壊の日
次元の裂け目に飛び込んだシンクたち。
背後からはしつこくマナが追ってくる。
その向こうでビシャスワルト側の出口が閉じた。
地球側の出口はまだわずかに開いている。
このままでも無事に地球に戻ることはできるだろうが……
「レン、先に行っててくれ」
「えっ?」
シンクはその場で光球を停止させた。
レンを乗せた子ドラゴンは振り返ることなく飛び続ける。
「シンくん!?」
「心配すんな、すぐ追いつく」
あいつとはここで決着をつけなきゃならない。
生き返った亡霊、天使を名乗る狂人をこの手で葬る。
「あはっ! シンクくん、追いついたっ!」
巨大な翼を広げたマナが迫ってくる。
ショウですら手も足も出なかったあの力はあまりにも強大だ。
あれとまともに戦えるのは集中して曲芸のような回避を見せたレンだけだろう。
だが、今のシンクにはチート能力がある。
≪
第七の能力によって時間を停止。
さらに≪
この≪
あらゆる『概念』を停止させるという最悪レベルのインチキ能力だ。
例えばこの手でマナの胸に触れれば心臓を止めることだってできるはずである。
あっさりと背後を取った。
シンクはマナの背中の左の羽の付け根、心臓の位置に向かって手を伸ばす。
ところが、
「おーっと、そうはいかないよっ!」
「っ!」
マナは身を翻してシンクの手から逃れる。
「あははは! ダメだよシンクくん、私を侮り過ぎっ! 天使の力なら神器だって簡単に破れるんだからっ!」
小石川香織の能力みたいなものだろう。
強制的に能力を解除されたのだ。
同時にシンクの身体に強い負荷がかかる。
能力を破られた時の衝撃は下手をすると気絶する可能性もある。
「それじゃいくよ! 一発で死んじゃわないように気を付けて――」
シンクは慌てない。
これはもちろん予想済みだ。
だから黙ってマナの馬鹿みたいにでっかい翼に触れる。
「……あれ?」
固定された翼が浮力を失う。
マナはバランスを崩して落ちていく。
たぶん、これもすぐに解除されるだろう。
だが彼女が何が起こっているのかに気づくまでの時間で十分だ。
「じゃあな、マナ先輩」
シンクは即座に七つの光球に乗って地球側の次元の裂け目に向かった。
すでに人間ひとり分が潜るのも難しいほどに閉じかけている。
「ちょ、待って――」
マナの最期の言葉は耳に入らなかった。
裂け目が閉じる瞬間、≪
※
「シンくん!」
「おっと」
シンクが現れたのは子ドラゴンに乗るレンのすぐ後ろ。
レンが伸ばした手を掴んでバランスを保つ。
一息ついたら光球を足元に配置。
「悪い、大丈夫だ」
「よかった……!」
安堵の声を漏らすレン。
大丈夫だと言っても彼は手を放さない。
シンクも無理に振りほどくことはしない。
そのまま彼の横を並走するように飛んだ。
後ろを振り返る。
マナが追ってくる気配はない。
次元の裂け目は完全に閉じてしまっていた。
やったのだろうか。
あいつは次元の狭間に閉じ込められたのだろうか。
考えてもわからないし、もしかしたら時間差で出てくる可能性もある。
とりあえず、今が大丈夫ならいい。
「さて、これからどこに行くかな」
「どこでもいいよ。シンくんが決めて」
「そうだな……ん?」
レンと会話していると、シンクはふと違和感に気づいた。
眼下に広がる陸地に目を向けて異変に気付く。
「あ……」
ここは東京湾上空。
近くには横須賀の市街地がある。
北の久良岐市や南橘樹市、東京やその向こうまでが一望できる。
夜の街を彩る明かりがいくつかの地点を起点にして円周上に消失していく。
まるでドミノが倒れるように、あるいは波紋が広がるように、至る所で暗闇が拡がっていく。
EEBCの効果を逆転させ、あらゆる電気エネルギーを使えなくするという反転ガス。
それがついに使われてしまったのだということをシンクは察した。
「そうか、ダメだったのか……」
これから世界は大変なことになるだろう。
主要エネルギーを失った人類は未曽有の危機に立たされる。
エネルギー不足によって全世界で何千万、何億人という人が死ぬかもしれない。
生き残った人類も近代以前の生活に逆戻りだ。
ただし、代替エネルギーを持つラバースコンツェルン以外は。
「……まあ、いっか」
関係ない。
世界がどうなろうと知ったことじゃない。
シンクはレンと一緒に平穏に暮らせればいいし、邪魔する奴がいるなら倒すまでだ。
とりあえずラバースのいる日本からは離れよう。
この被害がどれほどの範囲にまで広がっているのかも確かめたい。
「それじゃ、このまましばらく空の散歩といくか」
「うん!」
世界が闇に呑まれていく。
ここから先は暗闇の時代が始まる。
夜の海原のように真っ暗で頼りない歴史が。
大丈夫、やっていけるさ。
ふたり一緒なら、いつまでも。
ドラゴンチャイルドLEN - LOVERS SAGA Ⅱ- 花実すこみ @mitsuka
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