43 すべてを台無しにする力

 ――ああ。

 シンクは理解した。


 レンに何が起こったのか……

 いや、自分が何を起こしたのかを。


 シンクの手から離れている間、何者かが勝手に≪七色の皇帝セブンエンペラー≫を使い、空いた七つ目の枠にコピーした能力。


 それはとてもくだらないもの。

 努力も、信念も、想いもさえ台無しにしてしまう、そんな能力。


 頭に浮かんだ名は≪絶零玉コキュートス

 あらゆる概念を停止させる能力だ。


 シンクはゆっくり歩いて移動する。

 レンは攻撃中の姿勢のまま動かない。

 ある程度まで離れたところで能力解除。


「あれっ?」


 再び動き始めたレンが異変に気付く。

 それから不思議そうな顔でこちらを向いた。


「あれっ、いまワープした?」


 口にする疑問の言葉とは裏腹にレンの声色はとても楽しそう。


「どうやって逃げたのかな。あはっ。ねえ、シンくんってば!」


 そしてもう一度、津波のような闘気を発しながら地面を蹴る。

 竜神の呪いを受けた少年が飛びかかってくる。


 もう龍の幻影は見えなかった。

 シンクは冷静に≪絶零玉コキュートス≫を使う。

 またしてもレンは凍り付いたように停止する。


 周囲の光球を動かしてみる。

 どうやら止まった時間の中でも自分の能力は使えるようだ。


 さて。


 無防備に右手を振りかぶった格好のレンに歩いて近づく。

 ガラ空きの懐に『バーニングボンバー』を叩き込む。


 当然ながら時間が止まっているレンは表情一つ変えない。

 シンクはゆっくりとレンから離れた。

 

 一〇〇メートルほど移動した所で時間停止解除。


「……ぅえ!?」


 軽くよろけながら腹を押さえるレン。

 瞳に浮かぶのは驚愕と歓喜が混ざった不思議な色。


「なにいまの! どうやったのかなあ!?」


 闘気に覆われたレンの身体には直撃してもたいしたダメージは与えられない。

 だが、まったく理解のできない攻撃に対してはそこそこショックは受けているようだ。


 レンからすれば爆発の瞬間すら見えなかったはず、

 ただ攻撃を受けたという事実とダメージだけが残っているのだ。


「ねえ、シンくんっ!」


 レンは懲りずに攻撃をくり返す。

 シンクは黙って時を止める。


 さすがにレンも今度は無防備に突っ込んで来ることはなかった。

 片手でガードを固め、視線はやや右前方を向いて奇襲を警戒している。


 だが無駄だ。

 シンクはレンの背中側にまわって『バーニングボンバー』を叩き込んだ。


 一発で終わらせない。

 二発。

 腕を振る。

 三発、四発、五発。

 休憩。

 トドメにもう一発。


 その身に宿した呪いも。

 格闘家としての才能も。

 強くなるための努力も。

 勝つという信念すらも。

 すべてを踏み躙って一方的に嬲る。

 刹那と刹那の間に何が起こっているのかなど彼には知る術もない。


 シンクは安全圏まで離れて時を動かした。


「あぶぐっ!」


 今度こそレンは膝をついて倒れた。

 時が止まっている間の衝撃とダメージは蓄積するようだ。

 硬い岩肌に体がめり込むほどの威力とは果たしてどれほどのものなのだろうか。


「う、ぐ……」


 少年が起き上がろうとする前にみたび≪絶零玉コキュートス≫を発動。

 顔面に二発の『バーニングボンバー』を叩き込む。


 解除。


「ぎゃっ!」


 レンはその場で仰向けにに倒れる。


「な……なんで……?」


 最低な戦い方だ。

 レンにはまったく抵抗する術がない。

 狂っているとはいえ純粋な力比べを望んでいる少年。

 それをこんなふうに一方的に嬲るような卑怯な攻撃をくり返すなんて。


 なあレン、お前が好きになった男はこんな最低な奴だよ。


「もう終わりにしようぜ、レン」

「ま、だ……」

「お前は俺には勝てねえよ。潔く諦めて負けを認めろ」

「まだ、負けないっ!」


 元より言葉での説得が通じるとは思っていない。

 シンクは時を止めて七つの光球を一定の円軌道を描くよう回転させた。


 触れれば岩盤すら削り砕く光の塊。

 それを動けないレンの右足に当てた。


 叩く。

 叩く叩く。

 叩く叩く叩く。


 ドリルの駆動音のような耳障りな音が約一分に渡って響く。


「うがっ!」


 時が動き始めると同時にレンは弾かれた人形のように宙を舞った。

 そのまま錐揉み状に回転しながら頭から地面に落ちる。


「なあ、もう止めろよ」

「ま、だ……」


 意識外からの激しい攻撃を食らいながらもレンは気丈に立ち上がろうとする。

 思うように体が動かないことが不思議なのか少年は自分の足を見る。

 力なくぶらりと垂れた右足は痛々しく腫れあがっていた。


「やめないっ……」

「そうか」


 時間停止。

 無事な方の足で片膝を立てたレンに光球を叩きつける。


 何度も叩く。

 叩く、叩く、叩く。


 停止解除。

 嫌な音が響いた。


「いっ……!」


 うつぶせに倒れる少年はもう両足を満足に動かすこともできない。


「さあ、いい加減に」

「うわあああああっ!」


 雄叫びを上げながら両手で地面を叩く。

 小さな体がふわりと宙に浮かび上がった。

 器用にバク転しながら踊りかかる少年に――


 停止。

 叩く叩く叩く叩く叩く。

 叩く叩く叩く叩く叩く。

 解除。


 二方向からの衝撃を同時に受けたレンはその場で不思議なダンスを踊った。

 止めとばかりに上から強烈に叩きつけられ、幼い体が哀れにもビクビクと痙攣する。


 なのに。


「負けないっ! 絶対に、負けないっ!」


 レンの体を覆う莫大な紅色の闘気は健在だ。

 ここまで嬲られても、戦う意志はまったく衰えない。


 こいつは……どこまで……

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