14 新たなライバル(仮)

 シンクは装甲車を運転して横須賀街道をひたすら南に下った。

 今の所、陸軍がこの車を追って来ている様子はない。


 ついでに今のうちに青山紗雪に適当な嘘を吹き込んでおく。


「つまり、久里浜に行けばレンさんがいるわけね……」

「ああ。ラバースの企みを阻止するために一足先に向かったんだ」


 ショウやルシフェルとの闘いの最中、レンは突如としてどこかに姿を消してしまった。

 しかしシンクはその事実を隠してレンと合流するため行動しているということにしておいた。


 シンクの目的はハルミへの復讐である。

 そこまでの露払いとして彼女には役に立ってもらいたい。

 ラバースのジョイストーン密輸に関連づけて目的地まで同行させる理由は十分だ。


「さすがに一人で行くのは無茶だから辞めておけって言ったんだけどな」

「だったら早く行ってレンさんを助けてあげなくっちゃね!」


 重度のショタコンにして、十三歳少年にガチ惚れしている変態。

 紗雪ならきっと喜んで協力してくれるだろうと思った。


 ……などと考え、今は自分もこいつを笑える立場じゃないと思って苦笑する。


「はっは……」

「何がおかしいのよ」

「いや別に」

「まあいいわ、とにかく急ぐわよ。前に助けてもらったお礼もできてないし……そうね、再会祝いに結婚してさしあげるのも良いかもしれないわ」


 相変わらずの変態である。

 以前なら呆れつつも無視していたシンクだが、


「それはダメだ」」


 今回は思わず口を挟んでしまった。

 紗雪は不服そうに文句を言う。


「なによ、冗談に決まってるでしょ。レンさんはまだ結婚できるような年齢じゃないし、久しぶりにお会いできるんだから、ちょっと願望を口にしただけじゃない」

「お前のじゃねえ。レンは俺のだ」

「ん?」


 ジロジロと訝しげな目で運転中のシンクの顔をのぞき込む紗雪。


「どういうこと?」

「言葉通りだよ。レンは俺のだ、お前にだって渡さねえ」


 適当に流しておけばいいとわかっている。

 だが、これだけは冗談でも譲れないことなのだ。

 今のシンクに残された、たった一人残った大切な人。


 こんな自分を好きでいてくれたあの少年だけは誰にも譲らない。

 この気持ちを異常な感情だなんて誰にも言わせない。


「うわっ、なに言っちゃってんのコイツ!? 男なのに気持ち悪い! 変態! ホモ!」

「ぶっ殺していいか?」


 デリケートな部分を抜き身のナイフで抉ってくる幼なじみ。

 さすがに殺意がわいたが、紗雪も紗雪でパニックらしい。


「だ、だって、どういうことよ!? 前はあんなに邪険にしてたじゃない! こっちはいっつもうらやましいなーって思いながらあんたたちのこと見てたんだからね!」

「……まあ、理解して欲しいとは言わねえよ」


 紗雪はしばしを奇妙なうなり声を上げながらシンクを睨んでいたが、やがて一応納得できる結論に辿り着いたのか、しきりに頷きながら現状を受け入れようとした。


「と、とにかく。いま最優先させるべきはレンさんを助けに行くことよね……」


 現実逃避したとも言うかもしれない。

 とりあえず、紗雪もこいつなりにレンを本気で心配しているのは間違いない。


 あいつのことを心配してくれる気持ちは素直に嬉しいので、シンクもこれ以上の問答は止めておいた。

 現実的なことを言えばここで紗雪と本気で敵対するのはどう考えても自殺行為だし。


 ただし、シンクと紗雪の考え方は一点だけ根本的に違う。

 嘘の情報を信じてるとは言え、紗雪はレンを自分の手で助けたいと言う。

 対してシンクはレンが必ず自分の力で戻ってくると信じている。

 どちらが正しいかなんて論ずる意味もないし、必要のないことだ。


 車はやがて横須賀中心部の市街地を抜ける。

 案内板では横須賀街道は左に九十度折れ曲がるが、久里浜の表示は直進方向だ。


「へえ、一三四号線ってこんな所まで続いてるのね」


 ここからは十六号線ではなく国道一三四号線を通っていく。

 三浦半島を半周して、そのまま鎌倉、湘南へと続いていく海沿いの道だ。


 何事もなければあと十分程度で到着するはずだが……やはりそう簡単にはいかなかった。


「ちっ、来やがったか!」


 直進方向から複数の車両が近づいてくるのが見える。

 シンクたちが乗っているのと同系のカーキ色の装甲車である。


 数は八台。

 反対車線まで使って進路を完全に塞いでいる。

 車両の窓から体を乗り出してアサルトライフルを構えている兵士が見えた。


 次の瞬間、兵士は躊躇なく発砲する。


「撃って来たわよ!?」

「わかってる」


 シンクは腰を低くしつつ前方をしっかり見据えた。

 防弾ガラスは見事にすべての弾を防ぎきってくれる。


「ちっ!」


 行く手を塞ぐ陸軍の車両の集団がみるみる近づいてくる。

 うち一体が車体の横っ腹に体当たりを仕掛けてきた。

 シンクは慌ててハンドルを大きく切る。


「きゃあっ!」


 なんとかギリギリのところで避けることに成功。

 だが強制的に進路を変えられてしまい、十六号線側へと誘導されてしまった。


 十六号線はすぐにまた右に折れ曲がる。

 ここから少しの間は湘南道路と並行した形になっている。

 次の交差点で右折ができればすぐにまた元のルートに戻れるはずだ。


 ところが、そう簡単にはいかなかった。

 敵の車両は当然のように追ってくる。

 今度は背後を取られる形になった。


 加速した軍の車両が右側を併走しながらライフルを撃ってくる。

 銃弾が防弾ガラスに当たって激しい音を響かせる。

 まったく生きた心地がしない状況だ。


「くそっ、どきやがれ!」


 シンクは何とか進路を右にしようと体当たりを仕掛ける。

 しかしその度に別の車両が後ろからぶつかってきて衝撃を逸らされてしまう。

 そうこうしているうちに国道の併走期間は過ぎ去り、馬堀の海岸通りに入ってしまった。


 シンクは左手で素早くナビを操作して道を確認する。

 ここからしばらくは長い直線道路が続く。

 街路樹のある中央分離帯は車両で乗り越えることはできない。

 下手にUターンして囲まれるより、機を見て一台ずつ事故らせていく方がいいだろう。


 武器は運転席の横に立て掛けてある奪ったアサルトライフル。

 それと左ポケットに入っている≪空間跳躍ザ・ワープ≫の感触を確かめる。


 作戦はこうだ。

 瞬間移動で車外に出る。

 敵車両のタイヤを銃撃する。

 これで一台ずつ確実に仕留めていく。


 問題はシンクが不在中の車の運転である。

 装甲車の防御力は高いが、果たしていつまで銃弾の雨に耐えられるか……


「おい青山。お前、車の運転はでき」

「ああもう、うっとうしいわね!」


 残念なことに車両よりも助手席の紗雪の忍耐力が先に限界に達してしまった。

 馬鹿は幼馴染は事もあろうにパワーウィンドウを下げて体を外に乗り出す。


「おい、何やってんだよ!?」

「このままじゃやられるだけでしょ!」


 紗雪は右手でルーフのふちを掴むと、ぐるりと踊る様に車外へとに飛び出した。

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