2 解き放たれた狂気
「うわあああああっ!」
町角に絶叫が響く。
誰もが突然目の前で繰り広げられた猟奇映画のような光景に恐怖し逃げ惑った。
またひとり、運の悪い人間が狩猟者に捕まる。
「自分が助かるために女の人を突き飛ばすなんて、悪い人だねーっ!」
「げっ」
スーツ姿の男性が見えないハンマーに叩き潰されたように肉色の塊となってアスファルトにへばりつく。
たった今自分を押しのけた男性が変わり果てた姿になったのを間近で目撃したOL風の女性は路上にへたり込んでガクガクと震えていた。
その横にマナがしゃがみ込む。
「大丈夫、怪我はない?」
「うあ、たすけ、たっ、たたたっ」
「あれ? あーあ、皆の道路を汚しちゃって……」
一切の邪気すら感じさせない瞳で顔をのぞき込む。
その視線を受けた女性は泡を吹いて失神した。
「ま、いっか」
彼女が狩る対象と善悪は全て彼女自身が決める。
それ故に気まぐれで命を見逃すこともある。
「ゴミを道ばたに捨てるなんて、悪い人っ」
ぐちゃり。
「子どもの近くでタバコを吸うなんて、いけないんだっ」
どちゃり。
「男なのに金髪で長髪とか……間違いなく不良だね!」
ぶちっ。
「無理な追い越しは事故の元っ」
ぐちゃっ、どがぁっ!
「あ、ぱちんこ。知ってた? 日本ではギャンブルは禁止なんだよ!」
ぐちゃどちゃにちゃぐにゅぶちゅべっちゃあ。
店内はダイナマイトでも炸裂したのかと思わせるような惨状となった。
見逃された従業員が正気を失うほどのショックを受けるのを尻目にマナは外に出る。
「うんっ、いっぱい良いことした! これでしばらくはいけない遊びができるなっ!」
大量の悪人を成敗し終えたマナは上機嫌だった。
仲間に裏切られたストレスや狭いヘリの中でじっとしていた鬱憤も一緒に晴らせてご満悦。
後始末をしてくれる組織がなくなったことなど微塵も気にしていない様子だ。
とりあえず、今日の善行これでは終了。
やることもないのでこれから何をしようかな。
「時間はたっぷりあるし、ゆっくり考えよっと」
適当にコーヒーショップにでも入ろうかと思って歩いていると。
チッ。
彼女の見えない手に手応えを感じた。
左上空を見上げると、親指ほどの大きさの弾丸が空中で静止している。
とっさに≪
「あーあ。変なのにつかまっちゃったかな?」
マナの視線が鋭くなる。
神経を尖らせて全方位に向ける。
誰かが自分を狙っている。
それも最初から躊躇なく殺しにかかってきた。
「仕方ないなあ。私を殺そうなんていう悪い人は、しっかり懲らしめてあげなきゃねっ!」
そして彼女は舞い上がる。
地面に見えない手を叩きつけて反動で宙を舞う。
一気に三階の高さにまで跳ね上り、近くのビルの屋上に着地した。
半分がベランダになった建物の上で、マナは視線を銃弾が飛んできた方に向ける。
「はっけーん!」
この≪
走行中のトラックすら力尽くで停止させてしまうほどの出力は人間の体など容易く引きちぎる。
さらに近づく脅威を自動的に察知して使用者を守る自己防衛能力は、かの≪
実体を持たない程度にまで能力を薄く伸ばせば周囲一〇〇キロにも及ぶレーダー代わりにもなる。
殺意を持った狙撃手を見つけ出すことなど、子どもの中から頭一つ飛びぬけた大人を見つけ出すよりも簡単なことだ。
マナは跳ぶ。
攻撃射程まで一気に近づくつもりで。
しかし、彼女の行動は横からの狙撃に疎外された。
「っと!」
別の方向からも弾丸が飛んできた。
小ぶりの弾丸が三点バーストで眼前を横切る。
もう少し前に出ていたら当たっていた……という心配はない。
見えない手が自動的に彼女を守ったことだろう。
しかし、不快だった。
「なるほど。敵は一人じゃないんだね」
とりあえず近くの民家の屋根に着地する。
彼女の表情から余裕の色は消えない。
警察の特殊部隊か。
ラバースの雇った暗殺者か。
どっちにせよ、対した障害ではない。
相手が何者かなんてマナには関係がなかった。
銃で攻撃してきたなら能力者ではない。
恐れる必要はなにもないのだ。
一般に隊長クラスと呼ばれる能力者は重装備をした兵士の戦闘力を超える。
マナの≪
アオイのようなごく一部の天敵を除けばほぼ無敵と言っていい。
さっきのように不意を突いての狙撃も通用しない。
バズーカを至近距離で撃たれても余裕で防ぐ。
戦車でも爆弾でも何でも持ってこいだ。
右斜め上から弧を描いて何かが近づいてくる。
爆弾か。
水筒くらいの大きさ。
受け止めるに十分な遅さだ。
爆発する前にはじき飛ばしてやる。
見えない手がその物体を掴む。
直後、目を灼くような圧倒的な光と轟音がマナの体を包んだ。
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