6 立ちはだかるボスモンスター
「三十センチ以上は絶対に頭を出しちゃダメだよ」
「わかってる」
ミカの注意に頷きつつ、シンクは目から上を外に出して周囲の様子を窺った。
鎌倉方面はしばらく緩やかな下り坂になっており見通しも良い。
特に不審な人物はいないように見えるが……
「し、新九郎っ!」
青山が肩をばしばしと叩いた。
彼女はただ呼んでるだけのつもりだろうが、馬鹿力で叩かれると普通に痛い。
シンクは不機嫌声で彼女の方を向いた。
「なんだよ痛えよ」
「あれ、あそこに誰かいる」
霊園の左右を繋ぐ歩道橋の上だった。
シンクたちから見て真っ正面、『鎌倉市』と書かれた標識の向こうに人が立っていた。
異様な風体である。
体は潜水服を着ているような繋ぎ目のない黒ずくめ。
そして頭部にはドラゴンの骨のような顔をすっぽりと覆う兜を被っている。
そいつはしばらく歩道橋の上からこちらを睥睨していたが、やがて軽い動作で道路に飛び降りると、ゆっくりと歩いてこちらに近づいてくる。
その手にはいつの間にか西洋剣のようなものが握られていた。
明らかにこちらの存在に気づいている。
「気づかれてるぞ! 浮上しろ!」
「わ、わかった」
即座に絨毯が元に戻る。
地上に姿を現すと同時にシンクは敵に飛びかかった。
能力を解放。
拳に乗せた爆炎が火を噴く。
シンクがコピーした能力の一つである≪
シンクのJOY≪
本来の使い手であるオムが死んで以来、コピー元の一〇〇パーセントの力を発揮することができるのだ。
アミティエ班長クラスによる圧倒的な力はまさに一撃必殺。
指向性を得た爆薬のような一撃が竜骨の兜を被った黒ずくめに炸裂する。
人間なら上半身が吹き飛ぶほどの威力だが、シンクは躊躇しなかった。
わざわざ人払いを使ってまで待ち伏せしたということは敵も能力者なのだろう。
シンクの能力や性格を知っていれば、奇襲に対してそれなりの対策は取ってあるはずだ。
防御に特化した能力かもしれない。
あるいはDリングを装備しているかもしれない。
仮にそのどちらでもなく、油断していただけだとしても構わない。
こっちは急いでいるんだ。
邪魔をしたからには死んでも文句は言うなよ。
だが、幸か不幸か人を殺してしまうような結果にはならなかった。
竜兜の男は派手に吹き飛んだ。
しかし身体は五体満足のままだ。
まともに直撃を食らったのならああはならない。
やはりDリングを装備しているのかと思ったが、違った。
倒れた男の体が急激に膨張する。
まるで人間の形をした殻を破ってサナギが羽化するように。
およそ人体とは思えないような、ただの人間には絶対にあり得ない変化だった。
男の背中が割れ、出てきた黒い何かは瞬く間に広がって、ひとつの形を作る。
例えるのなら真っ黒な雪男か。
別に雪男の現物など見たことなどないし、そもそも実在する生き物ではないのだが、そうとしか形容できない姿だった。
黒い毛皮。
その下に隠れているであろう筋骨隆々の体躯。
そしてどこから取り出したのか、あるいは体の一部なのか、両手に持つのは巨大な二本の棍棒。
敵は実に三メートルに迫る巨大な体を持つ化け物に変身した。
「ちっ……!」
おそらくこいつはルシフェルの作り出したボスモンスターだ。
仮想世界で戦った白い虎と同じ、ザコとは比べものにならない力を持つ個体。
その証拠に『バーニングボンバー』の直撃を食らったはずなのにほとんど傷ついた様子もない。
「ミカ、すぐに安全な高度に待避しろ!」
絨毯から降りながらシンクは叫ぶ。
ミカは逡巡していると、ツヨシが身を乗り出していった。
「シンクさん、俺も戦います!」
「ダメだ、邪魔だから隠れてろ!」
シンクはそれを一喝する。
ツヨシも決して弱いJOY使いではない。
シンクがアミティエに参加する前は第三班のメインアタッカーだったくらいだ。
しかし彼の≪
言葉は悪いが、手伝われた所で足手まといになるだけだろう。
「っ! シンクくん、気をつけてっ!」
「あっ、おい、待て……」
ミカは≪
飛び降りるタイミングを逃したツヨシやもちろん紗雪も一緒だ。
黒い雪男はそちらを見ようともしない。
どうやら奴もシンクにだけ興味があるらしい。
こちらに顔を向けながらゆっくりと歩を進めてくる。
敵が射程に入るのを待たずにシンクは≪
これも≪
非常に便利な能力だが移動可能距離は短く、一度使うと数秒のインターバルが必要になる。
また、使用後は強制的に指先までぴんと伸ばした直立姿勢になってしまうという欠点がある。
移動後に大きな隙ができるので迂闊に乱発はできない。
それでも初見の相手の背後を取るのは非常に簡単だった。
黒雪男の真後ろに現れたシンクは後頭部めがけて全力で拳を振る。
レンの力をコピーした≪龍童の力≫で拳を強化した一撃を叩き込んでやった。
本家の三分の二程度の力であるが、プロレスラーを一撃で気絶させるほどの威力はある。
敵の巨体が揺らいだ。
直後、再び全力で『バーニングボンバー』を放つ。
「オラァ!」
爆炎が顔面に直撃。
多少のダメージは与えたか?
シンクは油断なくバックステップで距離を取る。
直後、ものすごい速度で黒雪男が飛びかかってきた。
即座に瞬間移動で距離を放す。
歩道橋の上に移動したシンクは、自分が今まで立っていた場所に棍棒が振り下ろされるのを見た。
攻撃後の退避を瞬間移動で行っていたら確実にディレイタイム中にやられていただろう。
アスファルトの道路が陥没。
かなり遠くまで亀裂が走る。
「ちっ、冗談じゃねえぞ!」
あんなので殴られたら確実に死ぬ。
やはりボスモンスターの強さは桁違いだ。
黒雪男が橋の上のシンクに気づいた。
自らの身長を軽々と飛び越えるほどの跳躍。
あんな巨体のくせに、恐ろしいほど身軽な奴だ。
両手に持った棍棒を思いっきり振り下ろす。
轟音を上げて歩道橋が崩壊する。
その時にはすでにシンクは宙を渡っていた。
敵の落下予測地点に先回りし、下から突き上げるように『バーニングボンバー』を放つ。
「はっ!」
爆炎が敵を包む。
当然、この程度で倒せるとは思っていない。
一撃必殺を狙うのは止め、手数で勝負する作戦に切り替えた。
瞬間移動はあくまで危機回避に使い、龍童の力を全開にして絶えず動き回る。
攻撃の合間に≪
どちらも班長クラスの能力だが所詮は劣化コピーに過ぎない。
やはり確実に『バーニングボンバー』を当てていくしかないだろう。
「いいじゃねえか、やってやるさ……!」
正直な話、仮想空間の中で白い虎に手も足も出なかったことはずっと引っかかっていたのだ。
こいつは別の個体だが、恨みを晴らすには十分な相手である。
どっちが先にくたばるか根気比べだ。
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