2 対処すべきこと

「ついに一般人の前で能力を使っちゃったかあ……」

「変な気分、こうして遠慮なくJOYが使えるなんてね。で、これからどこに向かうの?」

「ラバースビルだ」


 PF橫浜特区にある、フレンズ本社のある日本で二番目に高い建物である。

 ルシフェルは今もたぶんそこの最上階でふんぞり返っているはずだ。


「ザコモンスターをいくら始末してもキリがないんだ。俺たちが仮想世界に閉じ込められた時はボスをすべて倒せばよかったけど、今回はどうすればいいのかわからない。ルシフェルを締め上げて止めさせるのが一番早いと思う」

「ってか、本当にあのルシフェルがこんなことをやってんのかな」


 ツヨシが疑問を口にする。

 シンクは冷たく言い返した


「俺の言ってることが信じられないなら降りてもいいぞ」

「いや、そういうわけじゃなくて! あんな化け物が現実に存在してるのが信じられないってことっすよ。一体どうやったらあんなものを作り出せるんっすか」


 それはシンクにもわからない。

 前にあれを見たのはルシフェルが作り出した仮想現実空間の中だった。

 つまりはリアリティはあるが、あくまでゲーム世界の中だ。


 能力を使って意識をゲームの中に移動させられ、その中で戦わされただけ。

 しかし、現在モンスターが暴れているのは紛れもなく現実の世界である。


 レンが倒した巨大蜂はロボットなどではなかった。

 自由に標的を選んで攻撃ができるという、まさしく生物兵器。

 いくらなんでも、あんなものを生み出せる技術なんて聞いたこともない。


「それもルシフェルに聞いてみればわかるさ」


 なのでシンクはツヨシの質問をはぐらかしつつ、そう自分を納得させた。


 絨毯は病院の坂を下りて国道に入る。

 道なりに進めばラバースビルのある特区までは一時間と掛からない。

 道路の流れも良かった。


「……怪物、いないね」


 信号を三つ分ほど進んだ辺りで紗雪が呟いた。


「そうだな。てっきり大挙して襲い掛かってくるもんだと思ったけど」


 病院内で巨大蜂を見かけたきり、周囲に異変は見当たらない。

 むしろ他の車や歩道の人たちの視線ばかりが気になった。


 町中が混乱しているならシンクたちの存在もあまり気に留められないかと思ったが、そんなことはなく、悪い意味で目立ってしまっている。


「なにあれ、車?」

「段ボールで坂道滑るみたいなアレじゃね」


 そんなささやき声が聞こえてくる。

 ハッキリ言ってとても恥ずかしい。


「シンクさん、これ……」


 ツヨシが携帯端末を差し出してくる。

 画面はインターネットの有名な掲示板だった。

 今現在も放映しているニュースに関する話題である。


 曰く、


『ヤラセに決まってんだろ』

『モンスターなんているわけねーよ』

『まだテレビのニュースとか見てるやついるの?w』


 など、など。

 概ね否定的な意見ばかりだった。


「ちょ、これ……まさか」


 横目でちらりと画面を見ていたミカが冷や汗を浮かべる。

 シンクですら「もしかしてルシフェルに騙されたのでは?」との考えが一瞬よぎった。


 だが違う。

 病院ではこの目で巨大蜂を目撃した。

 何より能力の自由使用をルシフェルがアミティエに許可している。


 シンクたちのように能力を使って移動している者もいるはずだ。

 人目に触れた時点で冗談で済ますことは難しい。


 反面、ニュースではひたすらに恐怖を煽っている。

 第二班はずっと戦闘中だし、逃げ惑う人々を映している局もある。

 民放大手では一局だけ例外でアニメを流していたが他はモンスター騒動で持ちきりだった。


 と、ニュース画面の上部にテロップが流れた。


「現在判明している怪異の出現場所……川崎本町駅、平沼駅、戸塚中央駅、新菊名駅」


 ツヨシがテロップを読み上げる。

 どうやらモンスターが現れたのは非常に限定的な地域のみらしい。

 掲示板でも『現場でモンスターを目撃している』という書き込みは少数ながら存在した。


 どこもアミティエの各班の拠点から近い大型ターミナルである。

 怪物の存在を衆目に晒しつつ、速やかに解決させるにはうってつけの場所だ。


「それ以外の場所でも一部は目撃されてるみたいですけど、被害はほとんどないみたいですね。車に傷をつけられたとかそんなのばっかりで」

「第四班の連中と連絡は取れるか?」


 ツヨシの説明に割り込む形で尋ねる。

 裏切り者扱いされたシンクを未だに班長と見てくれるかはわからない。

 だが自分が指示を出さねば、戸塚中央で暴れているモンスターは放置されっぱなしになるのではないかと心配だった。


「それが……」

「第三班の女がしゃしゃり出て命令してるらしいよ」


 今度はミカがツヨシの台詞をとった。


「さっき絨毯を広げる前に友だちに電話したんだけど、アテナとかいうやつに集合かけられて、戸塚中央に向かってるんだってさ。みんなシンクちゃんが裏切ったとは思ってないよ。状況が状況だから無視するわけにもいかなかったってさ」

「そうか」


 アテナさんが指揮を執ってくれているのなら大丈夫だろう。

 シンクとツヨシがいない第四班はやや攻撃力に欠ける。

 無茶をして怪我人を出すようなことはないはずだ。


 とはいえ、それもザコだけが相手ならの場合である。

 シンクたちが仮想世界で会った白い虎のような大型モンスター。

 いわゆるボスが出て来てしまったら、決して楽な戦いにはならないだろう。


 あいつにはシンクの全力攻撃すら効かなかった。

 アオイやテンマでも簡単には勝てるかどうかわからない。

 そこまで考えた時、シンクはもうひとつの脅威の存在を思い出した。


「なあ青山。アオイが追っていったトラックってどっちに向かったんだ?」

「え? 知らないよそんなの」


 紗雪は首をかしげた。


「私が見せた厳格はトラックの荷台にあの宝石を投げるふりをするところまで。車自体は本物だから、運転手の人に聞いてみないとどこ行ったかはわかんないよ」

「そうか」


 もうひとつの脅威。

 それはアオイの存在である。


 紗雪の能力を狙ってジョイストーンを与えた第三班班長。

 結局、紗雪は受け取ったジョイストーンを使わず、機転を用いてアオイを罠にはめた。


 罠に気づいて戻って来た彼女に見つかれば非常に面倒なことになる。

 怪物の存在は聞いているだろうから、第三班の援護に向かった可能性も高いが……


「問題事ばかりだな」


 こうなれば一刻も早くルシフェルの所に向かって事件の根本を絶たないと。

 シンクがそう決意した途端、手の中の携帯端末が音を立てた。


 画面表示を見る。

 そこには『マナ』と名前が表示されていた。

 この携帯端末がツヨシのものであることも忘れて反射的に通話を許可する。


「はい」

『もしもし! って、あれ!? シンクくん!? なんで!?』


 表示の通り、声の主はマナ先輩だった。

 なぜか慌てた様子である。


『なんでツヨシくんの携帯に? っていうか、どうして自分の方には出なかったの!?』

「すみません。家に置きっぱなしのまま出てきちゃいまして」

『そっか、まあいいや。実はシンクくんを探してたからちょうど良かった!』

「俺を? なんの用ですか?」


 シンクは不謹慎にも少し嬉しくなってしまう。

 もちろん表情には出さず「誰っすか?」と尋ねてくるツヨシを手で制して会話を続けた。


『あのね、なんか変な怪物がいろんなところで暴れてるって話は聞いてる?』


 そういえばマナはまだ自分を裏切り者だとは思っていないのだろうか。

 少し不安を覚え考えつつも、シンクは「はい」と答えた。


『そんでねっ、いま鎌倉にいるんだけどっ』

「なんでそんなところに」

『友達の所に遊びに来てたの。そしたらいきなり変な馬みたいな鹿みたいなのに襲われてっ』


 モンスターだ。

 ニュースでやっていた出没ポイントとはズレているが、どこに現れても不思議はない。


「待ってください。襲われたって言いましたか?」

『う、うんっ。道を歩いてたら横から飛び出してきて、もうちょっと遅かったら串刺しになるところだったよ。なんか私だけを狙ってるみたいだから、人混みに紛れてやり過ごしたんだけどっ』

「まさか……」


 病院に現れた巨大蜂は凄まじい殺意の塊だった。

 あれは偶然シンク達の傍を通りかかっただけではあるまい。


 もしかしたら、モンスターは能力者に反応する……

 あるいはあらかじめ特定の人間だけを襲うよう命令されているのではないか?


「マナ先輩、ジョイストーンは持ってますか?」

『ううん。遊びに来ただけのつもりだったから……』


 マナ本来の能力は非常に消耗が激しく危険なため、よほどの事がない限り会社に預けている。

 その代わり普段は汎用能力をレンタルして使い分けているのだが、何も持っていないのは最悪だ。


 ザコモンスターでも生身で襲われたらひとたまりもない。

 誰かが助けに行かないと危険である。


「わかりました。今から迎えに行きますから、安全なところに隠れていてください」


 シンクは迷いなくマナに告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る