5 神田和代VSホワイトタイガー

「……? モンスターが追ってきませんわね」


 和代は足を止めて後ろを振り返る。

 坂を下りきった先で道は自然に左に折れた。

 大通りの一本裏道で、直進と右の丁字路が見える。


「そこを曲がればっ、大通りに、出るっ。近くに、敵の反応もないし、少しゆっくり、行こうぜっ」


 身体を強化しているシンクはともかく、二人の体力には気を配らなければならない。

 和代は特殊な訓練でもしているのか比較的余裕があるが、マコトは今にも倒れそうだ。


 しかし妙だな……とシンクは思う。


「なんで坂の上にいたモンスターは俺たちを追ってこなかったんだ?」


 気になっていたことは他にもある。

 積極的に攻撃してくる個体と、そうでない個体がいるのだ。


 通路を塞ぐ壁のように集団で固まっているモンスターもいる。

 目の前で爆風が起きようが仲間が倒されようが構わず襲いかかってくる奴もいる。


 まるで最初から戦う相手を選んで――いや。

 選ばされているかのようだ。


「っ! 通りにモンスターが発生した! 数は……一〇〇匹近いぞ!」


 中腰で呼吸を整えていたマコトが顔を上げて叫ぶ。


「近付いて来てるのか?」

「いや、少し離れた場所で固まってる」

「でしたら通りには出ないでまっすぐ進みましょう」


 いくらなんでも一〇〇匹近いモンスターの群れに飛び込むのは自殺行為だ。

 だが、このタイミングで通りにモンスターが出現した理由を考えると……


「待ってくれ、路地の方からものすごい速度で別のモンスターが近づいてる!」

「数は!?」

「一匹だけだ!」

「問題ありませんわ、倒して進みましょう!」


 一〇〇匹の群れよりは一匹を相手する方がマシなのは確かである。

 しかし、


「なあ、その一匹ってのは何タイプのモンスターだ?」

「今調べる。これは角馬……いや紫狼……」

「どっちでもいいですわ。一匹程度なら私がすぐ始末します」


 自信満々に前に出る和代。

 その腕をマコトが慌てて掴む。


「何ですの?」

「ヤバいぞ、これはどっちでもない。今までにない大型のモンスターだ!」


 すぐに前方から走ってくる影が見えた。

 姿を現したそのモンスターは、真っ白な体毛に覆われた大型の獣。

 今までに見た五種類のモンスターとは一線を画する熊のような巨体を持った白い虎だった。


「ルルルゥゥォォォオオオオ!」


 獰猛なうなり声が辺りに響く。

 巨大な白き虎が三人に襲いかかってくる。


「ボスモンスターって奴か!」


 マコトは叫びながら物陰に隠れる。

 和代は横に飛んで巨体の下敷きになるのを避けた。

 そしてシンクは白虎の正面に立って『バーニングボンバー』を全力で放つ。


「燃えやがれ、デカブツ!」


 爆風が敵の体を包む。

 炎と共に立ち上る煙が白虎の姿を隠す。


「やったか!?」

「いや、まだだ!」


 黒煙の中から白い獣の巨体が飛び出した。


 狙われたのはシンク。

 ナイフのように鋭利な三本の爪が眼前に迫る。

 間一髪、頭を持っていかれる直前に瞬間移動で回避に成功する。


「あっぶね!」


 一瞬前まで立っていたアスファルトを白虎の爪が引き裂く。

 まるで発泡スチロールに包丁を突き刺すかのように容易く地面が抉られた。


 あと少し瞬間移動が遅れてたらズタズタに……

 いや、ぐちゃぐちゃにされていただろう。

 そう思うと生きた心地がしなかった。


「おいおい、マジかよ!」


 それよりもシンクの心胆を寒からしめたのは、毛並みの乱れこそあれ、『バーニングボンバー』をまともに食らった白虎がほとんど無傷であるということだ。


 さっきのはシンクが撃てる中でも最強の一撃である。

 それがまともに命中したのに、全然ダメージを与えられていない。

 ということは、こいつを倒すのはシンクにはどうやっても不可能ということである。


 白虎がこちらを向く。

 低いうなり声を立てる。

 窪んだ眼窩の奥が鈍く光る。


 捕食者。

 絶対的強者。

 そんな言葉が頭に浮かんでシンクの集中を乱す。


 逃げるか。

 逃げられるか?

 なぜもっと遠くへ移動しなかった。

 これはゲームか、現実か。

 やれるか、不可能か。


 混乱する思考。

 考えがまとまるのを待たず白虎は飛びかかってきた。

 戦闘において致命的となる一瞬の迷いからシンクを救ったのは、和代の声だった。


「伏せなさい!」


 言われるがまま、反射的にその場で膝を曲げる。

 頭上スレスレを振動球がかすめていく。


 和代の≪楼燐回天鞭アールウィップ≫が白虎の顔面に衝突。

 有線式の球体は振動しながら力任せに巨体を押し返す。


「ルルルゥゥォォォオオオオ!」


 白虎は倒れない。

 四つの足を大地に沈め振動球の衝撃に耐える。


「くっ……非常識なっ!」


 両者による力比べが始まった。


 白虎の顔面には絶え間ない振動が送られているはずだ。

 普通の相手なら脳を揺さぶられてまともに立ってもいられない。

 そのくせ横に避けて振動球を逸らすような考えは持ち合わせていないらしい。


「新九郎さん、あなたの瞬間移動能力は複数の人間を同時に運べますか!?」


 和代が切羽詰まった声で問いかける。

 何か考えがあるのだろうか、シンクは端的に質問に答えた。


「俺とあと一人だけなら!」

「オッケーですわ、マコトさんをつれてこの場を離れなさい!」

「あんたはどうするんだ!?」

「あまり長距離を移動できる能力ないのでしょう? 足止めは必須ですし、見たところこいつの相手をできるのは私だけですわ!」


 確かにそれが最良……

 というか、生き延びるためには一番現実的な作戦だろう。


 だが、食い止められるのか?

 こんな力任せの押し相撲がいつまでも続けられるとは思えない。


「早くしなさい! あなたたちがこの場にいても何の役にも立ちませんのよ! 私の心配をするならさっさとショウのアホを連れてきてくださいな!」

「っ! わかった、死ぬなよ!」


 悪態は発破をかけるためか。

 本来は敵であるはずの和代がそこまでしてくれたのだ。

 シンクは短く返事をしてマコトの腕を取った。


「いくぞ!」

「えっ。まてよ、おい!」


 反論は聞かなかった。

 シンクはマコトを連れて虚空を渡る。




   ※


 白虎と押し合いながら後ろを見る。

 大通りの先に新九郎とマコトの姿が現れる。

 しばし言い合っていたが、やがてまた姿を消した。


 次に現れたのはさらに先。

 二人して走って、数秒後にまた姿を消す。

 そして三回目の瞬間移動の後はもう二人の姿は見えなくなった。


「……さて」


 和代は軽く深呼吸をして≪楼燐回天鞭アールウィップ≫の振動球を引き戻す。

 同時に白虎が鎖から解き放たれた猛獣のように襲いかかってきた。


 和代は落ち着いて左に避ける。


「子供のおもちゃにしてはずいぶんと危険なものを作ったみたいですが……」


 別に自己犠牲の精神で二人を先に行かせたわけではない。

 荏原真夏の息子は元より、マコトだっていつ敵に戻るかわからないのだ。

 大いなる目的を達成するまでは、本当に隠すべき情報は極力他人に見せたくないだけ。


「遊びに付き合っている暇はありませんのよ。大人げなくて申し訳ありませんが、すぐに終わりにさせていただきます!」


 そして和代は『それ』を取り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る