10 最強の男は不測事態を大いに楽しむ
「あー。なんなんだろうな、この状況」
「だから大人しくしてようって言ったのに。ショウが外出したいなんて言うからこうなるんだよ」
マークの小言を聞き流しつつ、ショウは目の前に広がる光景を眺めた。
都筑市の中心部。
センター中央駅の駅前に二人はいた。
しかし、二人の他に『人』の姿は一切見られない。
平日の昼間とはいえ市の中心部としてはあり得ない光景である。
代わりに、見渡す限りざっと二十数体ほどの、異形の生物に取り囲まれていた。
紫色の狼。
角の生えた馬。
人の頭くらい巨大な蜂。
二足歩行で小さな鎌を持ったリス。
ネバネバの液体が凝縮したような不定形の何か。
どれも現実世界にはあり得ない生物ばかりであった。
「いつからセンター中央はRPGの世界になったんだ?」
「うーん、実にファンタスティック。日本のCG技術はすごいね」
冗談を言い合っているが二人も状況の理解は及んでいない。
「ま、とりあえず」
角の生えた馬が横からショウめがけて突進してきた。
ショウはちらりとそちらを見ると、無造作に腕を振るって突風を巻き起こす。
大人の体格よりも一回り大きな巨体があっさりと吹き飛ぶ。
後ろにいた同種のもう一頭も巻き込んで地面に転がった。
地面を蹴る。
一足飛びで倒れた馬の上を取る。
そのまま圧縮した空気の塊を思いっきり叩きつけた。
「よっと!」
視界がコンピューターノイズのようにブレる。
二体の角付き馬は死体も残さず消えた。
「うわ、マジでゲームみてえ」
「ショウは容赦ないなあ。動物愛護って言葉知ってる?」
呆れた様子のマーク。
対してショウの声は弾んでいる。
「なあ、こいつら全部狩っていいのか?」
「好きにしたら。聞くならボクらを閉じ込めた能力者にしてね」
「んじゃ、そいつをおびき出すためにも……」
いつの間にかショウの手には日本刀が握られていた。
「思いっきり暴れさせてもらうぜ!」
透明な翼を広げ、ジェットの勢いで急加速し、地面スレスレを飛翔する。
すれ違いざま紫の狼を上下に二分割し、そのまま上空へと舞い上がった。
「うおお、手加減なしに戦えるってすげえ気持ちいい!」
現代に生きる一流の刀匠の手で鍛えられた彼の『大正義』は名刀中の名刀である。
紛れもない本物の、しかし普通の日本刀だ。
ただし、JOY≪
いくら斬っても刃こぼれすることはないし、ましてや折れることもありえない。
かなりの殺傷能力があるため、SHIP能力者の捕獲にこの刀は使えない。
普段はあくまで敵を牽制する際の脅しとして使っているだけ。
せっかく鍛えた剣術の腕も錆び付くばかりだ。
何者かは知らないが、今回の『敵』には感謝したい気持ちさえ湧いてくる。
「おらおらおらぁっ!」
ショウは舞うように空を飛ぶ。
刀を振り、異形の獣たちを次々と斬り捨てていった。
敵に反撃の隙など与えない。
獣たちには外見通りにたいした知能を持たないようだ。
目の前に降りたショウに向かって何も考えず体当たりを仕掛けてくるだけである。
攻撃もわかりやすい針や牙のみ。
そのすべてがショウに届くことなく倒されていく。
駅前にいる異形の獣たちを一掃するまでには五分とかからなかった。
風による遠距離や間接攻撃は全く行わない。
刀による接近戦だけですべてを片付けた。
「おいおい、もう終わりかよ! なあマーク、もっと敵を探しに行こうぜ!」
「それより状況を把握するのが先だと思うんだけど……っと」
マークが何かに気づいたようだ。
ショウも上空からそちらに目を向けると、人が立っていた。
正確には『人型の何か』である。
紫を基調にした祭服を纏い、大きめの三角帽子を被っている。
顔にはピエロのような化粧が施され、どう見てもマトモな人間には見えなかった。
ショウは特に警戒することもなく祭服ピエロの前に降り立った。
「なああんた、この空間を作った能力者か? それともモンスターの仲間か?」
「いや、普通に話しかけるのはどうなのよ」
「まずは状況を把握するべきってお前が言ったんじゃねーか」
「だからってそんな怪しい人に……」
「キサマラ、ハ」
「お?」
祭服ピエロの真っ赤な唇が開く。
不明瞭だが確かに人間の言葉を発した直後、
「ココデ、シネ!」
振り上げたピエロの腕から火炎放射器のような炎が吹き上がった。
「うおおっ、モンスターの次は魔法使いかよ!」
即座に≪
絶対防御の盾は熱の残滓すらショウの身体に通さない。
攻撃を受けたショウはますます興奮して刀の柄を握りしめた。
「人間じゃねえなら遠慮なくやらせてもらうぜ!」
急接近して刀を振るう。
刃は祭服ピエロの胴体を薙いだ。
が、獣たちのように真っ二つにはならない。
「お?」
「シャアァッ!」
祭服ピエロが組んだ両拳を振り下ろす。
オートガードは素手や手持ち武器による攻撃には作動しない。
ショウは間一髪で頭上に任意発動の透明な盾を作ってその攻撃を防いだ。
「お返しだ!」
圧縮した空気を掌に載せて叩きつける。
「ギ……!」
吹き飛ぶ祭服ピエロ。
ショウはさらに追撃の真空波を放つ。
それと同時に自身も飛んで敵の懐に飛び込み、大正義による斬撃。
怒涛の三連攻撃はまともに決まったが、ピエロはまだ倒れない。
「堅えなあ、おい!」
なのにショウは嬉しそうだった。
止まることなく、さらなる攻撃を続ける。
「オラオラオラ!」
三連斬撃を食らってよろめくピエロ。
その姿がぐらりと歪んだ。
「お? なんだ、やっぱり終わりか?」
拍子抜けした直後、背後からマークの声が飛んできた。
「後ろだ、ショウ!」
強烈な殺気が突然真後ろに現れると同時に、正面のピエロの姿が完全に消える。
振り向くと、大きく腕を振りかぶったピエロが立っていた。
「ワープ魔法かよ!」
このタイミングで防御は間に合わない。
急加速して逃げるか、反撃を仕掛けるか。
一瞬の判断で後者を選んで足を止めた直後、
「ギャアアアッ!」
眩い光と共に轟音が鳴り響く。
祭服ピエロの頭上から雷が降り注いだ。
「ちっ」
完全に動きを停止した敵をショウは全力で斬りつける。
胴体から離れた首が宙を舞う。
それが地面に落ちるより早く、ピエロの体はノイズとなって今度こそ完全に消えた。
「油断大敵だよ、ショウ」
刀を型で担ぎ不満そうな顔のショウにマークが近づいてくる。
ピエロに不意打ちで電撃を食らわせたのは彼だった。
「別に援護なんて必要なかったけどな!」
「はいはいそうでしょうとも」
「今のがボスだったのか? それにしちゃ拍子抜けな弱さだったな」
「いや、他にもまだまだいるっぽいよ」
マークの電撃能力はショウたちのJOYとは異質な力である。
マコトに比べれば索敵範囲は狭いが、周りの様子を探ることもできる。
駅前の敵は片付けたが遠くにはまだまだ多くの異形の者が存在しているようだ。
「んじゃ片っ端から狩っていこうぜ」
「あんまり気乗りはしないけど……術者を見つけられないことには仕方ないか。この不思議空間がどれほどの範囲を覆っているのかもわからないし、歩いて出られる保障もなさそうだしね」
この空間内では電気機械や車が使い物にならないことは確認済みである。
幸いにも能力の使用に問題は無いようだが。
「それともショウがボクを背負って飛んでくれる?」
「やなこった。こんな面白い状況だってのに誰が逃げるもんか」
「だよね。それじゃ仕方ない、僕たちを罠にはめた敵を倒すとしよう」
マークはおおげさに肩をすくめて諦めの意思を表明する。
「レーダー役は任せたぞ」
「はいはい好きなだけ暴れてくれよ。途中で飽きたなんてことはなしにしてもらいたいね」
「任せとけって」
ショウは透明な翼を広げて地面上三メートルほどの位置に浮かんだ。
まずは視界を広く確保する。
手加減無く全力で暴れられる機会なんて滅多にない。
状況はいまいち把握できていないが、こんなの楽しまずにいられるものか。
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