9 奇妙な空間、謎の生物

「あなたは引き続き周囲の警戒を。何かあったらすぐに知らせてください」


 和代はマコトにそう言い伝えてマンションの入り口に向かう。

 正面玄関が見える位置に来たとき、轟音と共にエントランスから爆炎が吹き上がった。


「ちょっと、なんですの!?」


 爆弾でも使ったような勢いだ。

 もう少し近付いていたら巻き込まれていたところだった。

 即座に近くの茂みに飛び込んで身を隠すと、煙の噴き上がるエントランスの残骸を見る。


「おい、いるなら出てきやがれ!」


 煙の中から怒りを帯びた男の声が聞こえる。

 その主はさっきまで一緒に居た荏原真夏の息子。

 新九郎とかいう少年だ。


「誰だか知らねえが、姿を見せないと手当たり次第にぶっ飛ばすぞ!」


 やはり彼はJOY使いだったらしい。

 しかも今の一撃を見る限り、かなりの使い手なのだろう。

 マコトの感じたジョイストーンの持ち主は彼で間違いないだろうが、どうも様子がおかしい。


 隠れて様子を見るべきか。

 姿を現して話し合うべきか。


 和代が考えていると、新九郎はゆっくりとこちらに近づいてきた。


「おい、そこにいるのはわかってんだぞ」


 相手はこちらの位置を把握している。

 和代は諦め、大人しく茂みの中から出た。

 もちろんいつでも攻撃できるよう身構えながら。


「よくわかりましたわね」

「この状況はお前らの仕業か?」

「それはこちらがお聞きしたい質問です」


 新九郎の態度が演技ではないと決めつけるのは早い。

 何もわからない現状、早急な判断は身を滅ぼすことになる。


 ふと、視界の隅で何かが動いた。

 新九郎に注意を払いつつ、ちらりとそちらを見る。


 馬がいた。


 頭は向こうを向いているが、あの茶色い体毛と尻尾は間違いなく馬である。


「……?」


 和代の視線に釣られるように新九郎もそちらに目を向けた。


「なんだありゃ。この辺には牧場でもあんのか」

「さあ……」


 二人して路上に佇む馬を眺める。

 端から見ればマヌケな絵面である。


 直後、それは奇怪な画に変わる。

 振り向いた馬の頭には鹿のような角があった。

 馬はこちらの姿を見るなり、猛スピードで突進してくる。


「おいおい!」


 狙いを付けられたのは新九郎。

 彼は大きく横に跳んで突進を避けた。

 目標を失った角付き馬はマンションの壁に激突。

 煉瓦模様の壁面を容易く粉砕した。


 崩れ落ちるコンクリート片の中、馬は降りかかる破片をものともせずに振り向く。

 そして再び新九郎に向かって突進を開始した。


「なんなんだよ、こいつは!」

「馬の体に鹿の角……もしかして『馬鹿』というやつではありませんか?」

「冗談言ってる場合か!」


 避けきれずに激突すると思われた瞬間、新九郎の姿がかき消えた。

 その直後、彼の姿は建物二階の外廊下の手すりの上に現れる。


「瞬間移動?」


 燃焼能力の使い手だと思ったら、どうやら二種類以上のJOYを使い分けているようだ。

 標的を見失った馬がブルルと吠えて今度は和代に狙いを定める。

 馬は前足を二度、踏みしめた。


「確認しますわ。この状況はあなたのせいではありませんのね?」


 話しかけた相手はもちろん馬ではない。

 建物二階にいる新九郎である。


「はぁ? お前らがやってんじゃねえのかよ。つーかうちの親はどこに行ったんだ」

「わかりました。とりあえず、あれを始末してしまいましょう」


 動物虐待は好ましくないが、どう見てもあれは敵意を持った相手だ。

 それも新九郎と和代の両方に対して見境なく攻撃を仕掛けてくる。


 和代は手の中に≪楼燐回天鞭アールウィップ≫を出現させた。

 先端の振動球を右方から迂回させ、走り始めた馬の横っ腹に叩き込む。


 激しく振動しながらねじ込むように突き刺す。

 成人男性より二回りも大きな体格を持つ馬は容易く吹き飛んだ。

 近所の家の塀に頭から落下し、倒れたままビクリビクリと体を痙攣させる。


 しばらく様子を見ていると、ノイズのように全身がブレ、あっという間に塵も残さず消滅した。

 死体すら残さないなんてどう見てもまともな生物じゃない。


「いや、マジでなんなんだよあれは」

「能力で作られた疑似生物でしょう。あの馬に限らず、この空間自体が作り物でしょうか」


 どうやら新九郎も巻き込まれただけらしい。

 推測だが、これは能力者のみを選別して異空間に閉じ込める能力か。

 効果が広く誘い込みやすい代わりに直接的な攻撃は出来ず、空間内に作った異生物に襲わせる。


 なんとも迂遠で悪趣味な能力だ。

 これを行っている者の狙いは自分たちなのか、新九郎なのか……

 はたまた効果内にいるかもしれない別の誰かなのかはわからないが、おそらく真夏は能力者ではないためこの空間から弾かれただけだ。


「か、和代さん!」


 戦闘を終えた和代たちの元にマコトが駆け寄ってくる。


「マコトさんも先ほどの奇妙な馬は見ましたか? あれと同じ反応が近くにないか探って下さい。できればこの空間がどれほどの範囲に広がっているのかも調べてくれると助かります」

「もうやったよ」


 マコトは心持ち青ざめた顔だった。

 苦笑いの表情で質問に答える。


「この空間は西側に狭くて東側に広い。たぶん都筑市全域か、それより少し狭いくらいだ」

「ずいぶんと広いんですわね……」


 それなら狙われたのが自分たち以外である可能性も十分に考えられる。

 和代たちが新柿生にいたのはたまたまだし、敵対組織に情報を漏洩するミスは犯していない。


「それと、あのよくわからない生き物に類似した反応だけど……察知できる範囲だけで軽く五〇〇〇体は超えてるぜ」

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