2 能力者組織精鋭VS反能力者組織

「一番手は俺だ。さて、そちらは誰からだ?」

「ルールくらい確認してからでも遅くないでしょうに……ミナト、行って差し上げなさい」

「はいはい……やだなぁ、あんな奴と戦うの」


 ミナトと呼ばれた敵の一人がしぶしぶ前に出る。

 中肉中背のこれと言って特徴のない青年である。


 しかし、細めた眼は気だるそうな言葉と裏腹に攻撃的な色が宿っていた。


「ムン!」


 対するタケハの手にはいつの間にか巨大な剣が握られていた。

 長さ二メートル、幅三十センチはある大剣である。

 彼の自慢のJOY≪古大砕剣ムラクモ≫だ。


「さあ、貴様も武器をとれ!」

「あ、インプラントしてあるんでご心配なく」

「ならば遠慮なく刃を交えるとしよ――」


 言葉を交わし終わるより先にミナトが動いた。

 一瞬のうちにタケハの背後に回り、その首にナイフのような爪を伸ばす。


「油断大敵ってね! これでお終い……」


 気怠そうな態度からの見事な奇襲だった。

 しかし。


「うげっ、嘘だろ!?」


 刃はタケハの皮膚を傷つけない。

 彼の≪古大砕剣ムラクモ≫は強力だが、あくまで「出し入れが可能な武器」に過ぎない。


 タケハの力の真価は常に張り巡らせている鉄壁の防御。

 彼の肌を赤黒く見せている≪鋼鉄肉壁スキンオブスチール≫というJOYである。


「甘く見たのはそっちだったな」

「くっ」


 ミナトは距離を取ろうとタケハの体を蹴る。

 が、≪古大砕剣ムラクモ≫の間合いから逃れるには少し遅かった。


「破ッ!」

「ごがっ!?」


 全力で振りかぶった巨大な刃がミナトの胴体を強打。

 十数メートル離れた森の中まで吹き飛ばす。


「勝負あり、だな。一戦目は俺の勝ちだ!」


 演出なのか大剣を片手でクルクルと回転させて地面に突き刺す。

 タケハは神田を指差して堂々と勝利宣言をした。


「いや、強すぎだろ。なんだあいつ」

「どうやって倒すんだあんなの」


 後ろに控える四人が口々に騒ぎ立てる。

 敵の底は知れたも同然だが、神田は落ち着いたままだ。


「いいから次、行きなさい」

「えー、マジッすか!」

「どうするよ。誰行く?」

「じゃんけんで決めようぜ」


 しかし、なんだあいつらの態度は?

 勝てないことを悟ったような口調なのに、どこまでもゲーム感覚なのである。

 あんな光景を見ているとかえって不気味な気分になってくる。


 何かが異様だ。

 今のALCOは組織の存亡がかかっている。

 あるいはこれまでの活動を考えれば、殺されてもおかしくない状況なのに。


 彼らに今の一戦を見て 怖気づいた様子はない。

 タケハには勝てない、そう思っていても、ただそれだけなのだ。


 この子供じみた遊びのようなやり取りは何なのか。

 頭が悪いのか、はたまた何かしらの勝機があるのか。


「別に決めなくてもいいぜ」


 一陣の風が吹いた。

 それは突風、あるいは竜巻。


 のんきにじゃんけんを始めた敵の真っ只中にショウが飛び込んだ。


「ぎゃーっ!」

「おっ……」

「げふっ」


 まず最初に一人が暴風を受けて先ほどのミナトと同じく森の向こうに吹き飛ぶ。

 次の男は圧縮した空気の塊を腹部に受けてその場に崩れ落ちる。

 三人目は真後ろからの打撃を受けて昏倒した。


「な、なんだ、コイ……ツ……」


 最後の一人はいつの間にかショウが手にした日本刀のみねうちを受けて倒れた。

 瞬く間に四人を倒し、次の瞬間には神田の背後をとっていた。

 彼女の首筋に刃が添えられる。


「おいショウ! お前も試合には賛同しただろう!」


 文句を言うタケハにショウは苛立たしげに反論する。


「うるせえ、あんなヌルい試合やったって仕方ねえだろうが!」


 これだ。

 ショウはみんなで決めたことでも、興味を失えばあっさりと意見を変える。

 タケハの戦いを見て相手が取るに足らないと判断し、真面目に試合をやる気をなくしたようだ。


 ……とヒイラギは思ったが、今回はそれだけではなかったらしい。


「残念だけど、援軍は間に合わなかったみたいだな」

「何のことでしょうか?」

「とぼけんな。時間稼ぎのためにあんな提案をしたってのはわかってんだよ」


 ショウの指加減ひとつで首が落とされる。

 そんな状況でも神田の顔から余裕の色は消えない。


「五人が破れた時点で降参するって約束だったな。大人しくアジトを明け渡してもらうか」

「残念ながら、それはできません」

「何?」

「我々にはあなた方との約束を反故にして無理を通すだけの戦力が残ってますからね」


 森の中から大量の人影が飛び出してきた。

 人の形をしているが人間ではない。


 それは人形だった。

 マネキンのような無機質なからくり人形。

 どのような仕掛けかはわからないが、一〇〇体近いそれが一斉に襲い掛かってくる。


「やっぱり罠だったのね……」


 ヒイラギたち三人もJOYを取り出し戦闘態勢に入る。


「てめえ!」

「さあ、やっておしまいなさい!」


 ショウが叫んだ直後、神田は彼の元から逃れて大きく跳び上がった。

 まるでSHIP能力者のような跳躍で近くの木の上に飛び乗る。

 ショウは追おうとするが、直後に何かを察して踏み留まる。


「おっと、君の相手は僕だよ」


 いつの間にかショウの傍に金髪の青年が立っていた。


 外人のようだ。

 どこかで見た覚えがあるが思い出せない。

 彼は中世騎士のような西洋剣を構えてショウの前に立ち塞がる。


 人形たちが距離を詰めてくる。

 ヒイラギはJOYを開放し、戦闘態勢に入った。




   ※


「雑魚は任せろ! ショウはその金髪を! タケハは神田を仕留めろ!」

「おうよ!」


 マコトの提案にタケハが豪快に答える。

 彼が≪古大砕剣ムラクモ≫を一閃させると、神田の立っていた木は根元からあっさりと断ち切られた。


 大木が建物に倒れ込む。

 その大音量が集団戦開始の合図になった。


 無表情のまま不気味に近づいてくる人形集団。

 できればこんな奴らの相手をしたくないが、やらねば仕方ない。

 ショウとタケハのことなら心配するだけ無駄だろうし、彼らが倒されるわけもない。


「それじゃ、行くぜ!」


 マコトは自分から人形に近づくと、二メートルほどの距離の所で足を止めた。


 彼は無造作に袖口から無数のコインをバラ撒く。

 それは重力に引かれるまま地面に落ちることなく空中で停止した。

 すると、それぞれが急加速して銃弾のように正確に人形の頭部を射抜いてゆく。


 まるで散弾銃のような攻撃である。

 しかし、あのコインはあくまでただのコインに過ぎない。


 マコトのJOYは≪絶対領域パーソナルテリトリー≫という。

 周囲の状況を機械のように正確に把握し、空間内にある自分の武器を自在に操る能力だ。


 特に、このコインによる広範囲攻撃は彼のもっとも得意とする技だった。

 多数の敵を相手にした戦闘ならアミティエでも随一である。


 彼一人に任せていても問題はなさそうだが、流石にそういうわけにもいかないだろう。


「流石はマコト、俺も続くとするか!」


 マコトの攻撃に触発されたケンセイが敵中に飛び込んでいく。

 彼もいつの間にかショウと同じく日本刀を持っていた。

 こちらはJOYによって具現化したものである。


 名称は≪無位夢幻刃フツソード

 ごく近い範囲にいる対象一人に短い幻覚を見せる能力を持つ。

 刀そのものにも真剣同様の斬れ味と殺傷力があり、暗殺向けの能力と言っていいだろう。


 だが、ケンセイはこの能力を嫌っていた。

 彼は正々堂々がモットーのサムライ気質の男である。

 故にやむを得ない場合を除いてJOYをただの刀として使用するのを好む。

 それでも圧倒的な戦闘力を持っているのは、彼が五人の中で唯一のSHIP能力者であるからだ。


 今回は敵が多数。

 しかも恐らくは幻覚などは効かない操り人形。

 これはケンセイにとって非情に不得意な状況だと言えるが……


「セイッ!」


 彼は少しも怯まず、目の前の敵を斬り捨ててはまた別の敵に刃を向ける。

 能力なしの剣術の腕前ならばショウやタケハでも彼には及ばないだろう。


「おい、あんまり出過ぎるなよ! ぶつけるぞ!」

「心配は無用。避けるから気にせずに撃て」


 文句を言いつつもマコトはケンセイを避けて散弾コインを撃ち続けていた。

 ケンセイはその隙間を縫って近くの人形を次々と斬り伏せていく。


 隊長クラス二人の圧倒的な活躍を眺め、やれやれと頭をかきながら、ヒイラギは別方向から接近する人形の一団に意識を向けた。


「面倒だけど、私もちょっとは働きますか」


 構える武器は剣。

 タケハは大剣、ケンセイやショウは日本刀。

 対して、ヒイラギのJOYはレイピアのような細剣である。


「はぁぁぁ……っ!」


 気合と共に刀身が赤く発光。

 突きを放つと同時に先端から炎が噴き上がる。

 炎は激しく燃え広がって目前の人形を焼き尽くす。


「もう一丁!」


 返す刀で今度は青く発光。

 吹き荒ぶ冷気が真後ろから迫っていた人形を一瞬のうちに氷漬けにする。


 ヒイラギのJOYは≪氷炎細剣ブリィムブレイド

 冷気と炎の二属性を操るレイピア型の剣である。


 強力な能力であることに間違いはないが、他の四人と比べると一段見劣りすると自分では思う。

 もっともこの≪氷炎細剣ブリィムブレイド≫にはみんなにも秘密にしている奥の手が隠されているのだが。


 人形の戦闘力はまったくたいしたことがなかった。

 というか、何かをされる前に三人が片っ端から倒してしまう。

 真っ二つになったり、焼き尽くされた後で、残骸が動き出す様子もない。


 これなら本当にマコト一人に任せておいてもよかったんじゃないか?

 ヒイラギがそんな楽観をした、その直後。

 彼女の耳に信じられない声が聞こえた。


「がっ……!?」


 それは味方の苦痛の声だった。

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