5 チカ

「ちーっす」

「あ、ダイキさんちーっす」


 喫茶店の中にはやはりポシビリテのメンバーたちがいた。

 ダイキはそれなりに慕われているらしく、オムを先導しながら後輩たちに挨拶をしている。


 グループの雰囲気はそれほど悪くない。

 数名ずつに分かれて雑談、あるいはカードゲームに興じている。


 人数は二十人程ほどか。

 規模はアミティエの班一つよりやや少ない。

 彼らはオムの存在に気づくと、小声でこそこそと話し始めた。


「おお、マジで連れてきたのか」

「あれがアミティエのリーダーか」


 違う能力者組織の人間が突然現れればこんなものだろう。

 特に無礼だと気にする必要もないと思って無視する。


 ダイキはまっすぐ店の奥に向かっていく。

 壁を曲がった先の入り口からは見えない場所。

 ひときわ大きなソファで三方を囲んだテーブル席。


 そこにポシビリテの長がいた。


「連れてきたぜ」

「うん、ごくろー」


 金髪の髪を後ろで束ねた女だ。

 偉そうに足を組んで昼間からワインなどを傾けている。


「お前か、チカ……」

「あ、そっちの名前で呼ぶのはやめて。うちのチームはあだ名で呼び合う習慣はないから。本名で折原って呼んでいいよ。さあさあ、遠いところわざわざありがとさん。そのへん適当に座ってよ」


 オムは勧められるままにチカの対面のソファに腰かけた。

 横から差し出されたワインに手はつけない。


「毒なんて入ってないのに」

「何の用があって俺を呼んだ?」


 世間話をするつもりも、慣れ合いをするつもりもない。

 要件だけ聞いたらすぐに立ち去るつもりだ。

 場合によっては一戦交えてでも。


「はあ、相変わらず固いんだから」


 チカはかつてアミティエに保護されたSHIP能力者の少女である。

 半年ほど前に少しだけ第四班に在籍した後、能力を消す選択をして組織を去って行った。


 それが、なぜ別の能力社組織でリーダーなどをやっている?


「久しぶりに会ったんだし、まずはあたしの事情から説明するね。SHIP能力はちゃんと消してもらったよ。もうビルの上を駆けまわったりできませーん」

「別にそんな話を聞きたいわけでは……」

「でもね。その後でこっちの会社の人からジョイストーンをもらって、今じゃこうしてチームリーダーなんかをやってるわけでーす。言っておくけど亮ちゃんとは対等な立場だからね?」


 チカは苛立つオムを無視して耳障りな甲高い声で説明を続ける。


 昔のチカはこんな風ではなかった。

 オムに対してはいつも怯えた風に接していた。


 ちまちまと後ろをついてきては目が合うと愛想笑いを浮かべる女。

 ただ、一人になるといつも悩んでいるような奴だった。


「……もう一度聞くぞ。俺を呼んだ要件はなんだ」


 彼女の変化の理由などを詮索するつもりはない。

 今日ここに来たのは自分の事情を知る人間が何を企んでいるのかを知るためだ。


 その相手がかつての知人だっただけ

 かつての関係のことはどうでもいい。


「もう、つれないなー。せっかく昔の女がイメチェンして目の前に現れたんだから、ちょっとくらいお喋りを楽しもうって気にならないの?」


 昔の女でも何でもないが突っ込む気もない。

 黙って腕を組んでサングラス越しに睨みつける。

 チカは呆れたように大きく息を吐いて言葉を続けた。


「んじゃ単刀直入に言うわ。あたしたちの仲間になって。第四班ごと」

「断る」


 話にならない。

 オムは即座に断った。


 大方、過去をダシにオムを脅してアミティエに反旗を翻させようというのだろう。

 そしてあわよくば勢力を吸収し、自分が新たなリーダーとして君臨するつもりなのだ。


 どんな脅しを受けようが、オムは仲間の信頼を裏切るようなマネはしない。

 第四班の仲間だけでなくシンクやショウといった別の班の友人に対しても気持ちは同じである。


「話は済んだな。帰らせてもらうぞ」

「まあまあ、そう邪険にしないでよ。やっぱし結論から入るのはまずかったね。まずは話を聞いてから判断してよ」

「何を言われても一緒だ。それに第四班だけを造反させたところでアミティエの他の班には勝てない」

「あら。誰がアミティエを潰すって言ったの?」

「違うのか?」


 オムはこの前、ダイキから「自分達の目的はすべての能力者組織を潰すことだ」と聞いた。

 あれはつまり「ポシビリテが他の能力者組織を従える」という意味だと思った。

 三ヶ月前のうちの班員たちと同じ、子供じみた支配欲なのだと。


 だが、オムは自分の考えが甘かったことに気づかされる。


「潰すのはラバースコンツェルンそのものよ。もちろん、その過程でアミティエが邪魔になるなら一緒に蹴散らすけど」

「……なんだと?」


 流石にそれは予想外過ぎた。


 目的は能力者組織ではなく、その上の企業。

 それもアミティエを指揮するフレンズ社ではない。

 ラバースコンツェルンを潰すとハッキリ彼女は言いきった。


 今や世界中で名の知らぬ者はない、大企業連合と敵対すると。


「気は確かか? 今なら冗談で済ませてやるぞ」

「冗談なんかじゃないわ、本気も本気よ。私たちSHIP能力者……私は元だけど、とにかく私たち兄弟を不当に苦しめるラバースコンツェルンを、そして奴らが裏から牛耳るこの社会そのものをぶっ潰すって言ってるの」


 チカはまっすぐな瞳でサングラス越しのオムの目を射抜く。

 彼女の表情に冗談で言っているような雰囲気はない。

 だが、とても正気の発言とは思えなかった。


「以前も説明したはずだが、俺たちは別にSHIP能力者を不当に管理しているわけではない。あくまで治安維持のための一時的な保護だ。世の中の平穏のため、調和の道を選んでもらおうとしている。そもそもいくらお前がその気になろうと、ラバース傘下の企業すべてを潰すなど――」

「やっぱり何も知らないのね、哀れな人」

「なにっ」


 小馬鹿にしたような態度に思わず頭に血が上る。

 が、握りしめた拳を怒り巻かせに振るう愚は犯さない。

 こちらが暴力に訴えるのは向こうが強硬手段を用いた後だ。


「『世間に知らされるべきでない災いから人々の平和を守る誇り高い立派な仕事』」


 アミティエの理念を一息に語り、チカはワインを一気に喉に流し込んだ。

 彼女はグラスを乱暴へ叩きつけて憎しみを込めた瞳でオムを睨みつける。


「まさかそんなお題目をバカ正直に信じてるの?」

「お題目だろうが奇麗事だろうが、俺たちがやっていることはそういうことだ。誰に何を吹き込まれたか知らんが、お前も第四班に所属していたなら――」

「本っ当に何にも知らないみたいね! じゃあ教えてあげるわよ、あたしたちSHIP能力者が何のために作られたのか、そして不要になったSHIP能力者の抜け殻がどう処理されるのかをね!」

「何のため……作られただと?」


 自分たちは特異点の男によってこの世に生を受けた。

 たしかに遺伝子上の父親と呼べる男は救いようのないクズである。

 しかし、この世に生まれてからの自分の人生は自分の意思で生きてきたはずだ。

 アミティエに所属したのも結果であり、能力を消して一般人に戻るという選択肢も与えられていた。


 そのはずだ。

 なのに。


「不要になった能力者の抜け殻の処理……だと!?」


 チカの言葉が頭の中でリフレインする。

 抗いようもない恐怖が、隠された真実が目の前に迫っている。


 オムには目の前の少女が何者かによって嘘を吹き込まれた狂信者には思えない。

 なぜなら、オムも常日頃から心の中で思っていた疑問であったからだ。


 自分たちSHIP能力者はなぜ、この世に生まれてきたのかと。

 彼らが保護したSHIP能力者たちはどうなってしまうのかと。


 そしてチカは……折原知香おりはらともかは『真実』を語った。

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