第74話 親愛なる友人
「……どこまで、ご存知なのでしょうか?」
「俺の調べでは……そなたは彼の国の元公爵令嬢、婚約者に対する毒殺未遂での国外追放……あれは明らかに婚約者が悪いと思うのだがな……、そして、属国の辺境にある打ち捨てられていたはずの屋敷を二文字魔法を使っての修復、その後も医薬品を安価で卸し……館には複数の幻獣や、彼の国の者が出入りしている……この位かな、マルグリート殿」
はい、ほとんど全て調べ上げられています。これは降参です、私に手を出す気が無いのならある程度の協力はいたしましょう。
「よくぞまぁ……お調べになられましたね……」
しかし、少しの抵抗として嫌味の一つも言わせていただきたくは思います。
嫌味になってないんですけれどね。いつから監視されていたのか、調べさせていたのか……一国の王子ともなればこの程度、というやつなんでしょうか。彼の国の皇太子にも爪の垢を煎じて飲ませてやりたい気分です。そうすれば私の元に現・婚約者同伴で現れるなんて馬鹿な真似……おっと、現実逃避で少々思考が暴走してしまいました。
「まぁ、そう警戒しないでくれ。魔女マリーの名前はクリス神の名と共にこちらの国にも入って来ていたのだ。行商させている男がいるだろう?」
「あぁ、なるほど……、クリス神様の名前が広がる事は私にとっては嬉しい事です。そういう事なら、調べられていてもおかしくありませんね」
「神という概念がいまいち理解できなかったがな。王よりも偉い、という存在というのは……果たして俺が認めてしまってもいい物だろうか、とは」
「大丈夫ですよ。神様は人の世界の領土や金銭には頓着しません。何も奪わないですから」
そうです、クリス神様は与えるだけで何も奪いは致しません。優しい方です。
ですが、シャルルカン様の仰ることにも一理あります。神の概念が無いこの世界では、きっと王族には受け入れがたいものなのかもしれません。
「まぁクリス神様はシンボルです。私は皆さんにクリス神様の存在を知って欲しい、できればクリス神様を信じて欲しいと思っているにすぎません。クリス神様の事でこの国で何か騒動が起きたら、必ず私がこの国に来て解決しますとも」
そうです、クリス神様の存在強度を強くするために布教しているのに、何かしらの悪しきものとして扱われてはたまりません。その時は私がなんとかしてみせます。
「ま、仇為す者でないというのならいいだろう。今の所貴女の薬は評判もいい、こちらの国の薬師の仕事が奪われるような量が入ってきている訳で無し、何も問題はない」
「ありがとうございます。……そして、本題なんですけど」
「あぁ。俺の王位継承と、貴女を陥れようとした者の排除……というか処罰と言う方が適切か? それを一手に行ってしまいたい。どうだ、組まないか」
私は少し考えました。元はと言えば私の殺鼠剤のレシピ……もとい、即効性の致死毒のレシピのせいです。元凶は私にあります、なのに私が処罰を下す側になっていいものかどうか……。
「俺が思うに……」
シャルルカン様は私の悩んでいる様子に少し笑うと、枕元に置いてあった剣を手に取られました。鞘から抜かれた白刃は間近にあれば恐ろしいものです。
「この剣で貴女を後ろから一刺しする事も可能ではあるし、この剣でこうして……取れた」
背筋がゾクッとするような言葉を言われましたが、此方で借りた衣服の裾のほつれた糸をぴっと斬り落とし、鞘に仕舞われます。
「こうして貴婦人の衣服を整える事にも使える。要は、使う物の意識次第だと思うのだが、いかがか?」
「それは……そうなんですけど……」
確かに私は既にレシピを殺鼠剤の物として改良し、元のレシピは消しました。元のレシピの方は使ってもいませんし、人間が間違って摂取したとしても、改悪された殺鼠剤の効果はあれだけ遅れて出てきます。そう、毒見役の方が即死しなかったように。そもそも、回復魔法と解毒薬で何とかなるように調整したんですし。
「貴女は難しく考えすぎだな。実際に貴女が作ったのだとか、貴女が毒を仕込んだとかなら俺はこんな提案はしない。お互いに利があると思っている……、悔しくは無いのか?」
「悔しい、ですか……?」
「そうだ。貴女はレシピを考案はしたが、結局それは形にならなかった設計図だ。設計図を書いたからと言って……その上なるべく安全で便利なものに改良までして……他人が作った物で一国の王子の殺害のぬれぎぬを着せられる所……、だった。俺が調べた事は俺と俺の親愛なる友人しか知らない。親愛なる友人はだれかれ構わず吹聴してまわる事も無いし、その上貴女は俺を助けてくれたわけだ。この辺で、いい加減、相手の意気は削ぎたいとは思わないか?」
口が上手いというのはこういう事なのでしょうか。先ほどから、今にもまるめこまれそうなんですが……、いえ、これはまるめこまれているのですかね? 事実しか言われていない気もします。ちょっと持ち帰ってシェルさんたちにもご相談したい案件です。アオイさんは何も言いません、この辺、お前の好きにしろ、という感じでノータッチです彼。
「親愛なる友人……?」
てっきり人を使って調べさせたのかと思いましたが、何故かこの言葉が気になりました。
「あぁ。俺だけの親愛なる友人だ。――おいで」
この部屋には今シャルルカン様とアオイさんと私しかいません。そこに、バサバサと羽音を立てて2羽のカラスが入ってきました。王子の両肩にバランスよく止まります。
「フギンとムニンだ。普通のカラスに見えるが、これでも幻獣だぞ。幼少時から俺のゆりかごから離れようとせず、こうしてここまで親愛なる友人として色々と教えてくれてな。お陰で助かっている」
私には普通のカラスに見えますが、それを察したのか二羽のカラスは足元から黒い渦のようなものに変化すると、いつの間にかシャルルカン様を挟むように座る二人の男性の姿になりました。
顔の基調はシャルルカン様に似ているのですが、現れた男性はもっとゆったりと長い黒髪のみつあみで、片方は垂れ目、片方は吊り目のイケメンです。黒い肌の額には黒い模様が刻まれています。一筋だけ白い髪が混ざっているのが特徴でしょうか。
「よろしくねぇ、俺はフギン。シャルルカンと何か面白い事するんでしょう?」
「私はムニン。貴女となら色々と面白い……いえ、建設的に物事が進められそうです」
シャルルカン様がまだ万全では無いからでしょう、二人は彼の傍を離れようとはしませんでしたが、親し気に私に話しかけてきました。
さて……私の事は大体知られていて、彼の秘密もこうして自然に明かされました。というか、同じ土俵に無理矢理乗せられた気がするような……。
私にとって利がある取引である事は間違いありません。その分苦労もしそうな気がします。そろそろ帰ろうとも思っていましたし、殺虫剤の事も考えたいです。
私は暫く考え込んで、それからシャルルカン様のお顔を見ました。その目には、全ての計画はすでにできてある、という輝きが見えます。
「もうすでに……何かお考えなのですね?」
「あぁ。そして、それには貴女の協力が必要不可欠だ」
「1日……、1日だけ時間をください。私も、親愛なる友人に相談したいと思います」
「分かった。明後日、どちらにしてもこの城に来てくれ。それまで会談に相応しい場所を用意しておこう」
「かしこまりました」
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