第66話 サマー・バケーション

「ううん……」


 私はコテージの風通しの良いリビングで頭を抱えていました。


 虫の採集、それぞれのスパイスや花との関係性、調べてみてもこれいといった共通点は見つけられません。


 ただ、しばらく匂いの籠った中に入れておくと元気がなくなる事はわかりました。ですが、それだけです。


 匂いだけでは特効薬とはならないようです。もしくは、自然のままの香りでは高い効果は期待できないものと思われます。


 南の国に来て2週間。いい加減、フィールドワークと細かな実験の日々に疲れてきました。


 窓の外を見れば青い海、白い雲、絶好の海水浴日和です。


「……泳ごうかな」


 前世でもろくに旅行などした事が無かったものですから、ここはひとつはしゃいでしまおうかと。研究に疲れた頭で無意識に、なるべく露出の少ない水着を【創造】します。


 早速着てみます。ワンピースタイプで、太腿と二の腕の中程まで覆う感じの青い水着です。腰に巻く巻きスカートは花柄で少し華やかにしますが、泳ぐのには邪魔なので海に出る階段の手すりにかけておきます。


 今日は皆さん思い思いに出かけてらっしゃるので、ちょっとはしたないですが階段を駆け下りて海に飛び込みました。


 飛沫を上げて飛び込んだ海の中はとても澄んでいて、外気より冷たい水が心地よくて、私は暫くぼけっと浮かび上がっていました。日焼けも何のその、浮き輪を【創造】してその上に寝転びます。


 長い髪が水中でうねり、足と腰が海水で冷やされ、上からは真夏の太陽が注ぎ込む。


 最高です。


 一度海に沈んでから浮き輪に潜り、そのままぱしゃぱしゃとバタ足でコテージ周辺を泳いで回りました。頭脳労働ばかりだったので体がなまっていたのかもしれません。


 段々すっきりしてくる頭が気持ちいいです。あーこれで冷たいカクテルなんかあったらなぁ……。


 沖に行って戻ってくる自信は無いのでコテージの周りで素潜りしてみたり、周りをぐるっと泳いだりしながらのんびり過ごします。


「なんという解放感……。皆さんいないんですからもっと普通の水着でもよかったかもしれませんね……」


 それでも、この世界の水着よりは水はけもよく肌に張り付く感じのしないぴったりとした伸びる素材です。快適なのでこれ以上は贅沢というものでしょう。


 もうコップの中の蚊を観察するのには飽きました。残りはこうして優雅なリゾートライフを送って帰ってからゆっくり実験したらいいんじゃないでしょうか。妙案に思えます。


「でも、まだ材料が足りない気がするんですよね……」


 海に浮かびながらぼんやりと考えます。


 虫はかなりの量を採集しました。【収納】しておけば生きたまま連れて帰る事はできます。外に放すわけにはいかないので研究室でのみ実験するのが良いでしょう。


 花とスパイスも皆さんの協力で何種類か集める事ができました。帰ってから精油を作る分はあります。なんなら庭で栽培してみてもいいかもしれません。ビニールハウスか温室を作れば問題なく栽培できるでしょう。


 でもまだ、なにか一つ足りないような……。うう、こういう時は甘いものが欲しいです。南国だと溶けてしまうのでチョコレートは無理ですが、代わりに沢山の甘い果物が……甘い果物!


 そうです、忘れてました! 食べ物です。南国の食べ物の匂いに虫は反応するはずです。


 果物が特に顕著でしょう。匂いが強いという事は、それだけ虫や鳥を寄せる効果があるはずです。嫌がるものばかり探していましたが、好む匂いが分かれば虫取りテープ的なものが作れるかもしれません。もしくは、水分に浮かべておいたらそれに自然と虫が集まってくるタイプのもの。


 海で頭は大分しゃっきりしました。これは早速市場に行って果物を買いあさる必要があります。南国の果物は南国でしか手に入らないのです。


 私は浮き輪を持ったままぱしゃぱしゃとバタ足で階段に向かい、巻きスカートをバスタオル変わりに背から羽織って家の中へ入りました。


 これは偶然だったのです。決して、決して悪気があったわけではありません。先に宣言しておきます。


「マ、マリー様?!」


「あ、シェルさん、おかえりなさい」


「そ、そそそそ、その恰好は……?!」


「あぁ、すみません、泳ぎたかったので水着になっていました。すぐ着替えてきますね」


 シェルさんが顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりしながら私を見て、目を回し、そして後ろにばったーんと倒れてしまいました。


「シェ、シェルさん?!」


「お、お気になさらず……早く、着替えを……」


 そう言い残してがくりと意識を手放したようです。


 買い物してきた食べ物を抱えたまま、リビングの入り口で倒れてしまったシェルさんをどうしようかと思いましたが、第二第三の被害者を出さないためにも私はシェルさんをそのままに部屋へ戻り、備え付けのシャワーで海水を流してから袖なしのワンピースに着替えました。


 大差ないと思うのですが、やはり体のラインが出るものはこちらの世界の方には刺激的なのかもしれません。しかし、それにしたってシェルさんくらいの美形ならば裸の女性くらい見慣れているでしょうに。


 とにかく私は着替えを済ませると、その後帰って来たのだろうイグニスさんとアオイさんにつつかれているシェルさんの元へ戻りました。一応寝室に運んだ方がよいでしょう。


「よい、我がやる。面白いものが見られたからな」


「もしかして……一部始終見てましたか?」


「見てたとも。あの姿で泳ぐのは刺激的だと思うぞ」


「……反省しております」


 次に泳ぐ時にはもう少し露出を軽減した水着を考えましょう。

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