第55話 シェルさんの魔法

 ペガサスは幻獣種の中でも人に最も親しみ深く、魔法が使えるのが大きな特徴です。


 ユニコーンも魔法が使えますが、使えるのは【転移】という二文字魔法ひとつだけで、基本的には角で農民や乙女じゃない女性のお腹を刺したりします。その上人の畑の作物を食べるので、幻獣種というよりは害獣としての側面が強いです。角に全ての魔力が集中しているので、角は霊薬として使えますし、折れればただの白馬になります。


 同じ馬の幻獣種でありながら、幻獣種と害獣と呼ばれる違いは、まぁ基本的にユニコーンが悪いのですけど……、ペガサスであるシェルさんがどんな魔法が使えるのか、そういえば私は知りませんでした。


 知らなくても不便は無いのですが、一度気になってしまうと読書の手も止まってしまうので、今日はシェルさんを観察してみようと思います。直接聞いたら教えてくれる気がするんですけどね。それじゃつまらないので。


 あ、うちに入り浸っているアニマルズの皆さんが人型に変身できるのも【変身】という二文字魔法です。ですので一つは【変身】で確定ですね。ペガサスが【変身】を使えるというのは学会で発表したら表彰ものでしょうが、そこは私とブルーとポールさんが口を噤むという事で。目立ってもしかたないですし。


 そんなわけで早朝からシェルさんを物陰から観察しています。現在、朝ご飯の準備中のようです。ブルー(元王宮仕えの有能使用人)よりも料理がうまいなんて一体どういう事でしょう……。


 市井に混ざって暮らしていた、という話でそのせいかと思っていたのですが、さすがに王宮で鍛えられた使用人よりも腕が上というのは些か謎です。


「さて、今日は何にしましょうか……鮮度を確認しませんと。【鑑定】」


 野菜や肉を手に取ってシェルさんが使ったのは【鑑定】魔法です。え、そんな日常の中で使っていらしたんですか? 鑑定が使える人がポールさん以外にも居たとは思いませんでした……こんなに身近にいたのなら、イグニスさんからの贈り物を鑑定してもらえばよかったです。嫌がりそうですけど。


「鮮度に問題はありませんね。では蒸した鶏のサラダと、チーズオムレツ……温野菜のポタージュもつけて。あとはパンですね」


 毎日焼き立てのパンを朝食に並べてくださるんですよねー、それがまた美味しくて。


 でも、パンって前世の私の浅い自炊知識からしても結構難易度高くないですか……? それを毎日どうやって焼いているのでしょう。


 見ていると、シェルさんはパンにつかう材料を全部ボウルの中に適当に入れてしまいました。小麦粉、塩、酵母、ちょっとのハチミツ。そして……。


「【調理】。……うん、いい香りです。今日も美味しいパンができました」


 なんと【調理】という二文字魔法が?! 【調薬】があるのであるだろうなとは思っていましたが……というか戦場で使わないですよね?! うわーもったいない。でもこの魔法があればどこででも食べて行けそうです。


 しかし、一体いくつの二文字魔法を収めていらっしゃるのでしょうか。もうすぐ朝ご飯が出来るので、私はそっとリビングに戻りました。


 この世界の魔法の体系たいけいは、実に単純でして。


 まずは属性ごとの基礎魔法。私が山に登る時に使ったり、灯りを出すのに使ったりしたごく簡単な呪文を唱えて使う魔法です。これは学園を卒業する位勉強すれば使えるようになります。ごくたまにポールさんのように基礎魔法は使えないけど二文字魔法が使える、という人もいます。


 次に二文字魔法。これは高度な魔法でして、本来なら難解な術式をいくつも組み合わせて二文字の呪文に籠めて発動させます。魔力の消費量も大きいですが、その恩恵はご存知の通りです。あらゆる手間を一気に省いたり、生物としての肉体を造り変えたり、他にも認知されている二文字魔法は沢山ありますが、使えるようになるには相当の修練を積むか、とびぬけた才能が必要です。私はボーナスですが。


 最後に……伝説とよばれる一文字魔法というのがあります。利便性は二文字魔法が上ですが、戦いにおいてはより重宝されるのだとか。なぜ伝説なのかというと、人間では扱える人は本当にひと握りしかいないらしく……宮廷魔術師団長とかのクラスでも世代によっては使えなかったりするそうです。威力は文句なし、使いこなせたら一騎当千の勇者にもなれるとかなれないとか……。


 などと考えているうちに朝食が運ばれてきました。いつものリビングでいただきます。


「おはようございます、マリ―様」


「おはようございます。いい匂いですね」


 盆にのせて来た朝食を丁寧に並べてくれます。パン、サラダ、オムレツ、そしてポタージュ……と、シェルさんの手が滑ってポタージュがこちらに向かって落ちてきます。あ、火傷だな、と一瞬で思うくらいにはホカホカの湯気をたてていたポタージュです。


「【盾】!」


 慌てたシェルさんがそう唱えると、私の前に目に見えない防御壁が現れてポタージュをはじきました。器もぶつかって……あれ、零れるどころかポタージュも器もぶつかった物は消失してますね?


「お、お怪我はありませんか? すみません、私の不注意で……」


「大丈夫です。……シェルさん、一文字魔法も使えるんですか……?」


 私の怪我(火傷)を防ぐために、今ナチュラルに使っていましたね?


「……ペガサスが戦場に駆り出されるのは、一文字魔法が使えるからです。もちろん、人間の発音はしませんので一文字魔法だと気付かれる事はありませんが。強力な魔法が使える、というのがまぁ、珍重される理由ですね」


 日常の中でシェルさんの魔法の種類を暴こうとした私がおろかでした。一文字魔法を使う所なんてそうそう見られるものじゃありません。


「すぐポタージュのお代わりをお持ちします」


「はい。それと、今日は一緒に朝ご飯を食べましょう。私、シェルさんがどんな魔法が使えるのか、もっと知りたいです」


「! 喜んで。では運んで参ります」


 朝ご飯を食べながらの話題には少々似つかわしくない気もしますが、これでシェルさんの魔法を聞けるのですから儲けものです。


 私は朝食には手を付けず、彼が自分の分の朝食をもって戻ってくるのを待ちました。

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