第39話 調査報告
私はしがない諜報部員。故あって今は家名なきマルグリートと親交を深めている。
追放しておきながら親交を持ちたいとは些か無茶が過ぎるとは思うが、これも仕事だ。マルグリートが搾取されるだけにならぬよう私がうまく立ち回ればいい。
私の生い立ち、能力を鑑みれば、行商人という立ち回りは悪く無かった。もともとは商家の生まれで、【鑑定】魔法のみの発現という極めて稀な例から貴族に養子入りし、家庭教師による教育を受けたのちに国王付きの諜報部に入った。
マルグリートに嘘は言っていない、言っていない事があるだけで。
生まれた家で聞きながら育った話、実際に諜報部員として行った国の話、沢山の話をマルグリートに話した。
そのどれもが新鮮だったのだろう。彼女の目はキラキラと輝いて……とても、綺麗だった。
私を脅した変態……いや、馬、と呼ばれたペガサスと、目が合った男……恐らくはフェンリル、そしてドラゴンは私の前に現れなかった。私が彼女に害なす者では無いと匂いで判断したのか、とにもかくにも出会さずに済んだのは僥倖と言えよう。
マルグリートはよく働く女性だった。今は監視役の使用人であるブルーが家事などを行なっているようだが、こと調薬に関する事や、ドラゴンの財宝をどうするかなど、自分で動くべき場面ではきびきびと働いていた。
陛下への調査報告には、神の石像を一体送ろうと思う。実際に顕現した事を文に添え、悪神では無いこと、そしてマルグリートが力を得たのは神の寵愛を受けていることを報告しなければならない。
あの二人は仲が良いように思えた。それでも互いを友人と呼び合う……その域を超えた関係に思えたが、彼らにとっては友人関係なのだろう。
(おや……)
何故だろうか、あの二人の仲睦まじい様子を思い出すと、胸の奥が締め付けられるようだった。
今後は陛下より賜った紹介状と手形で属国の中を旅する事になる。健康に不全があってはいけないが、その胸の痛みはあの輝くマルグリートの瞳を思い出せば引いていった。
貴族の館で、街で、預かった物を適正に販売して回らなければならない。足元を見られるような事がないように、マルグリートに損がないように。
ドラゴンの財宝の中には魔法のかかった装飾品が多数入っていた。それはマルグリートが正しく扱うべきだと思い、一つ残らず置いてきた。
知れば知るほど、彼女が国外追放された事が信じられないと思ってしまう。人柄は良く、よく話を聞き、よく笑う。こんな属国の辺境の地にいるより、社交界で華々しい生活を送る方が幸せなのではないか……などと、不遜にも考えてしまうほどに。
しかし、ブルーの報告書によれば、ドラゴン、ペガサス、フェンリルを手懐けて共に暮らしているともいう。体を動かす事を厭わないマルグリートにとっては、今の環境こそ幸せなのかもしれない。
どちらが幸せなのか、それは私には測りかねる。だが、遠い地の話に瞳を輝かせるマルグリートが欲しているのは……自由、なのかもしれない。
それは陛下への文に添えておく事にしよう。何らかの緩和措置が取られるかもしれないし、そうでなければ……私がマルグリートの分も外を見て、体験し、また話をすればいい。
この任務は年単位で行われる。今後もマルグリートの前に何度も姿を現す事になるだろう。
決して私が祖国の諜報部員である事がバレないよう、今後も行商人のポールとして彼女の前で振る舞わなければ。
「今は家名なきマルグリート……」
私はそっと声に出した。
ただの魔女マリーとして、日夜働き、平民としての食事を楽しむ。まるで元からそれが当然だったかのように……、貴族の暮らしを18年してきた者が、この短期間でそうなじめるものだろうか?
ふとそんな疑問が湧いた。たかだか18歳の少女に……そんなに早く頭の切り替えができるものだろうか。
食事は貧しくは無かったが、到底貴族の晩餐には相応しくない。衣類も、品はいいがドレスを着ているわけではない。
まだマルグリートには何らかの秘密があると思われる。
このまま行商人のポールとして親しくなれば、彼女の秘密に突き当たる事があるだろうか。
今はまだ分からない。だが、分かっていることもある。
たくさんの土産話と共に、またマルグリートの家に帰りたい。
私は心からそう思っている。
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