第315話 魔族って、心が弱いのね

 魔族の男、私とソードの話を聞いているうちに震えながらうつむいた。

 どうした?

 ソードと顔を見合わせた。

「う、うむ? いや、私が話したのは、私が考える一般論で話したので、魔王国の事情は加味されてない。魔王様はダンジョンコア様なのだろうが、何か目的があって人間の国に攻め入ろうとしてるのかもしれないな? ……そうだ! 集客のためかもしれないぞ! 人間が魔王城になかなか遊びに来てくれないから、来てもらおうと思って魔族に命じてこの国にちょっかいをかけてるのかもしれない! もしかしたらいにしえの時代にそういった契約をしたのかもしれないな。だからこの国からは別世界から召喚され勇者とか名付けた者を魔王城に遊びに行かせ、魔王国からもこの国に少人数送り込み来客を促してるのかもしれないぞ!」

 励ますように言ったらば、魔族の男はますます震えてうつむいて泣きそうになってしまった。

 いやもう泣いているカモ?

 ソードがボソリと言った。

「お前、慰めたつもりだろうけど、とどめをさして心をボッキボキに折った」

 なんでだよ!?


 スミス君、そしてこの魔族の男と出会って私はようやく理解した。

 ――魔族って、めーっちゃくちゃ心が弱い。

 甘やかし甘やかされ放題だったのだろう。望んだら望むように事が進むのだろう。

 そして、そんな甘い夢の国に望んだ答えを言わない人間が現れたら、そりゃあ腹が立つだろうし嫌いになるし排除したくなる。

 ……と、いうことだな!

 すると、スミス君は魔族としては普通の少年だったのか!

 むしろ人間に拾われて揉まれて心を折られ、なのに吹っ切れて自らの足で立ち、人間に馴染むべく女ったらしに成長したのだ。……なるほど、アヤツは乙女ゲーで裏ルートのラスボスなだけあったのだなぁ。

 私はスミス君を思い出して感心した。

「ふむふむ。そうか、魔族とは基本、甘ったれ小僧なのだな。変わる前のスミス君はデフォだったのか。むしろ彼はちょっと説教した程度で改心して、学園きっての女ったらしとして君臨したほどに心が強かったのだな。見直したぞスミス君」

 私の話を聞いたソードが遠い目をした。

「……まーな、確かにやつは心が強かったよ。魔族への差別を恐れて気配を消して隠れて生活してたのに、よりによってお前に発見されて完膚無きまでに心を折られて、なのにすぐ立ち直ってお前の腹違いの妹を参考にしてソッコー馴染むなんてすげーよな。俺だって無理そうだもん」

 ソードとスミス君の思い出話に花を咲かせつつ、泣いてるっぽい魔族の男をよしよしとなでて慰めた。


 子供みたいに泣く魔族の男。

 しかたないから豆乳ミルクセーキ、ちょっぴりブランデー入りをあげて泣きやませる。

 魔族の男はミルクセーキを飲みながらポツポツ語った。

 どうやら彼は、魔王国からこの国にちょっかいかけにきた魔族の者だそうだ。


 ――魔族の勇者は、元々『勇者』として生まれてくる。

 魔王様は誰が勇者として生まれたかがわかり、その者を勇者として指名する。

 指名された者は勇者として育てられ、鍛えられる。

 そして勇者の他、供として選ばれし八名ほどが決死の覚悟で砂漠越えをすることになるのだ。

 当初の計画では王都に潜伏し機を見て襲撃する予定だったのだが、砂漠越えで供の者が皆死に、勇者である自分も死にかけた――ということらしい。


 ソードと私は顔を見合わせた。

 そのあと、ちょっぴりワクワクしながら私は魔族の男に尋ねた。

「するとお前は強いのか? 前回王都を襲った魔族はソードが追っ払うことしか出来なかったくらいに強かったらしいんだから、お前も強いんだろう?」

 魔族の男はしょんぼりとしながら答える。

「…………強いと思っていた。だから、この砂漠も越えられると思っていた。でも、仲間はどんどん倒れていって、俺も倒れた。お前たちに助けられなかったら死んでいた」

 私は魔族の男に手をひらひらと振った。

「そこは気にするな! せっかく助けてやったんだから、お前が戦えそうな場所まで運んでやろう! ……そうだ! 王都まで運んでやろう! 是非! ドラゴンを召喚して王都を襲え! そうして私がお前とドラゴンを倒したら、ソードと同じSランクに上がれるぞ! ヒャッホー!」

 最後、飛び上がってガッツポーズしたらソードが手で額を打ち、魔族の男がまた泣いた。

「……お前、かわいそうでしょうが。追い打ちをかけないの!」

 ソードに拳固を落とされた。いたい。

 私はむくれた顔をソードに向ける。

「……だって、王都を襲うつもりだったんだろう? なら、本懐を遂げさせてやろうという優しい心遣いじゃあないか。当然人間と戦うことになるのは覚悟しているだろうし、よもや生き残れるとも思っていまい。人間を嫌ってるんだから、憂いなく思う存分戦えるだろうが。私は別に魔族を嫌ってるわけではないが、泣き虫の甘ったれは嫌いだ! うむ! お互いに嫌い合っているから、存分に戦えるな! いたい!」

 ソードにまた拳固を落とされた。


 私はメソメソ泣いてる魔族の男をもう一度よしよしとなでて、クッキーサンドアイスも出して泣きやませる。

「ホラ、これも食べて良いから泣きやめ。……お前は図体だけ大きい子供のようなやつだな、まったく。……魔族とは随分打たれ弱い生き物なのだなぁ。肉体が強くても精神力が全然弱いじゃないか。――ソード、お前も前回の魔族と戦ったときは、むしろ悪口を言って精神攻撃した方が倒せたぞ? きっと、ちょっと虐めただけでメソメソ泣き出して、泣きやませるのに苦労したぞ?」

「俺、そんな苦労はしたくない。だったら戦った方が楽!」

 ソードがキッパリと嫌がった。

 そしてソードが私をゆび差しつつ、同情している表情で魔族の男を見ながら慰めた。

「わかるだろ? これがこの国にいる世界最強の生物だ。どんな武器でも勝てないし、魔術で倒すのも無理。ドラゴンも相手にならないし精神攻撃も得意っていう、死角ナシの恐ろしい生き物がこの国にいるんだよ。……とりあえず、その報告を持っていったん魔王国に引き返せ。このまま王都に連れてってやってもいいけどな、間違いなく勝てないし、インドラに虐められて泣かされるぞ? そんなん嫌だろ?」

 ひどい言い様だー。

 ソードの言葉に魔族の男は小さくうなずいて、黙々とアイスを食べ続けた。

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