第213話 〈閑話〉スカーレットと自慢の魔導具たち 二

 スカーレットは静かに続けた。

「……ですが、経緯と出処でどころを聞いて諦めましたわ」

「ふん! 腰抜けが! 私なら、そんなことで諦めん!」

 エリアス王子は言い切ったが、ジーニアスはスカーレットに警戒しだした。


 ――ジーニアスは休み中実家に帰省したが、待ち構えていた両親の怒りは大変なものだった。

 終業式でのいざこざは全部伝わり、よりにもよっていさめるべき立場にいるジーニアスが、斜陽のスプリンコート伯爵家の令嬢に籠絡され公爵令嬢を犯罪者に仕立て上げようとするなどと、考えられない大失態を行ったのだ。

 散々罵倒され、殴られ、再度徹底的に教育と説教をされた。

 エリアス王子が使い物にならないと判断されたときは見限るようにも命じられている。

 そして、使えるか否かは『公爵令嬢が婚約者である』か否か、にかかっているのだ。

 ショートガーデ公爵家がエリアス王子との婚姻を破談にした場合、エリアス王子は王位に就けない。

 その場合はジーニアスも、王子の側近をやめることになる。

 だから、不本意であろうとも、スカーレットを嫌っていようとも、彼女とエリアス王子の結婚を推し進めなければならないのだ。

「エリアス王子。王位に就いているならまだしも、まだ王子は継承者の段階です。公爵家からの同意がなければ召し上げられませんし、それに、王が諦めたものを王子が献上させた、となれば、批判が集まります」

 エリアス王子は今度はジーニアスをにらんだ。

 休みが明けてから、ジーニアスは腰巾着ではなくなり、スカーレットに匹敵するほどに口やかましくなった。

 それもエリアス王子をイライラさせていた。

 皆が自分を敬っていない、と感じている。

「ふん! お前は私が言うとおりにすればいい。スカーレットからアレを献上させろ。婚約者の物は当然、私の物だろう?」

 瞬間、ジーニアスはインドラが言った言葉を思い出した。

『与えられた物はそれが人であろうとも、自分の所有物だと思い、自由に出来ると思っている』

 ……だが、そうであっても、それが王なのだ。

 そう、それこそが王の器なのだ、きっとそうなのだ。

 自分の思うとおりになるのは、王になる者なのだから当たり前なのだ。

 ジーニアスは言い聞かせる。


 だが。


「いいえ? 違いますわよ?」

 ニッコリ、とスカーレットが笑って否定した。

「私の物は私の物ですわ。エリアス王子、貴男の物ではありませんし、婚約者だからって、別に私、貴男の物ではありませんのよ?」

 笑顔でバッサリ斬り捨てた。

「単に、将来婚姻を結ぶ契約を周りがしただけのことですの。私たち自身がしたわけでもありませんわよね? 『婚約者なんて名ばかり』とはエリアス王子も言ったではありませんか。名だけのものに、たからないでいただきたいわ」

 ……あぁ、これだからこの女は嫌いなのだ、とエリアス王子もジーニアスも思った。

 この点で二人の意見は一致する。

「父が王に伝えた言葉を、私もエリアス王子に伝えますわ」

 スカーレットは、どんな反応をするかしらと笑顔で二人を見た。

『このゴーレムは、インドラ殿が作られました。――ええ、ご存じ、英雄【迅雷白牙】のパートナー、インドラ殿です。娘とよしみを結びまして、娘のために作って貸したものなのです。私どもはインドラ殿に借りているだけですので、あれの持ち主はインドラ殿になります。実際、インドラ殿の許可が無ければ、あのゴーレムには触ることも出来ません。触った途端に防犯魔術が作動し、許可無く触った者を撃退するのです。ですので、道中は盗賊や魔物から身を守るのに苦労はしませんでした。なにせ、触っただけでバタバタと倒れていくのですから。……そういった事情がありますので、もしもこのゴーレムを献上する場合は、まず、インドラ殿にお伺いを立てねばなりませぬが、どうなさいますか?』

 エリアス王子とジーニアスの顔が一瞬にしてこわ張ったのを、スカーレットは面白そうに見やった。

「これが、父が王に伝えた言葉で、側近が悲鳴を上げていさめる前に王は諦めたそうですわ。『彼女に無理を言って王宮を破壊されては困るな』と笑い、聞かなかったことにしてくれ、そう言ったそうですの。――さて、エリアス王子、どうなさいますの? 私はあのゴーレムは『借りている』だけですのよ。あぁいったマシン……コホン、ゴーレムはメンテナンスが大変なのですが、それはインドラ様がやってくださるので、私はむしろ借りているだけの方が良いのですけど。そもそもインドラ様にしかメンテナンス出来ないでしょうしね」

 エリアス王子とジーニアスが、がく然となった。

 自失した後、ジーニアスが聞いた。

「…………インドラ、とは、あのインドラか?」

「えぇ、あのインドラ様ですわ。あの方は、変わった性格をしておられますけれど天才的な頭脳の持ち主なのです。……それに、天才的な頭脳の方って、変人……コホン、変わった性格の方が多いって話ですものね」

 二人を見て、スカーレットは笑顔で伝えた。

「ですから、あのゴーレムの持ち主は、インドラ様ですの。バケーションで彼女の屋敷に父とお邪魔しまして、おねだりして作っていただきましたのよ?」

「えっ? 平民の家に行ったのか?」

 ジーニアスが驚いて聞いた。スカーレットは不思議そうにジーニアスを見る。

「平民とは申しましても、元貴族の、しかも王都のダンジョンを攻略した大富豪ではないですか。屋敷の住人も元伯爵家や元公爵家の使用人たちばかりで完全に貴族のお屋敷に遊びに行くのと変わりませんでしたし、屋敷自体が我が屋敷に匹敵する……以上の素晴らしく快適なお屋敷でしたわ……ハァ……。今度ウチを建て直すときは、絶対! インドラ様におねだりして、プロデュースしていただこうと父と話し合いましたの! インドラ様は、繰り返しますけど、天才ですのよ? 存在がチートですの!」

 スカーレットが力説した。

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