第209話 すねてごめんなさい

 ベッドまで連れてって、必死に弁解。

「……俺だって、つーか、俺が一番、お前の料理をうまいって思ってる」

「…………うん」

「でも、お前は…………アマトに食わせたいんだろ? 俺よかアマトがうまいって言ってりゃ満足だろ?」

 あ、ちょっと子供じみてるか?


「…………そんなこと、思ってない。お前に食べてもらいたい。いつだって、そう思って作ってる。料理は、笑顔にしたいから、おいしいって思ってほしいから、作るんだ。どんな料理人だって、そう思って作る」

「うん、そうだよな。わかってる。わかってた。でも、お前の料理は、俺が一番の理解者だってうぬぼれてたんだ。だから…………」

 アマトがああ言って、俺よりテンション高く言って、ショックだった。

 俺が一番だと思ってたから。

 インドラが照れて喜んだのもよりショックだった。


 インドラがうつむいたまま答える。

「……アマト氏は、元々の故郷があり、無理やり連れて来られた人物だ。だから、懐かしいだろうと思う、故郷の料理を作っている。おいしいと思うのは、その懐かしいと思う思い出も加味されてる。お前はそうじゃないから……」


 そっか。

 俺は、お前の腕を純粋に評価してたのに、そこですねたから、突っぱねて食べなかったからショックを受けたのか。

「ごめん……。本当に、お前の料理はうまいと思うし、好きなんだ。……そうだよな、アイツは、アマトは、無理やりここに連れて来られて、お前しか故郷の料理を作るやつがいないんだもんな。お前もその懐かしい味を再現しようとしてただけか。…………ごめんな。俺…………なんかちょっと、アマトに負けた感じがして、悔しかったんだよ」


 インドラがまた顔を上げた。

 意味がわからないって表情をしてる。

 …………あー、そういや、俺が泣いてすがったときも、こんな顔をしていたな。

 俺って、ホント駄目だな。

 コイツを悲しませてばっかだよ…………。

「俺が一番、お前の料理を食べて、お前の料理をうまいって思ってるって思ってた。他の誰にも負けないし、俺が一番思ってるって思ってた。……だから、アマトに先を越されて、お前が俺がうまいって思えないっていう感じで言ってたから、カチンときただけだ。俺は……いつだって、お前の料理をうまいって思って食ってるんだ」

「…………うん」


 顔を伏せて、俺の胸に埋めた。

 ……なんか、子供っぽいな。

 こういうときは、本当、年相応でかわいい。

 優しく頭をなでたら、インドラが話し始めた。

「私も、お前においしいって思われたいと思っていた。アマト氏は……だけじゃなくスカーレット嬢も思い出の料理があって、この世界では再現しづらいから共有しようと思って作っただけだ。もちろん、アマト氏も私やスカーレット嬢に懐かしいと思う物があったら紹介したいだろうし、スカーレット嬢もそうだ。でも、それだけだ」


 ……そっか。それだけなのか。

「……ごめんな。お前のそんな思いも察してやれなくて」

「いいんだ。お前が一番と言っておきながら、他者を優先させてお前がおいしいと思う料理より他の者が懐かしいと思う料理を作る私が悪い」

 いや、ソレ、全然悪くない。

 本当にごめんなさい。


 …………それでよ。

「…………お前に、悔いはあるのか?」

 そっと聞いた。

「残念ながら思い出せない。アマト氏のように徹夜明けでようやく寝ようと思ったらここに来ていたわけでもなし、スカーレット嬢のように、死んだ自覚がありつつ転生したわけでもない。知識とその経験をぼんやりと途切れ途切れに思い出してるのが私なのだ」

 そっか。

 じゃあ、やっぱ、別世界の人格に乗っ取られたワケじゃねーのか。

「…………昔、別世界で付き合った男は、お前の手料理をうまいって言って食ったのか?」

 ふと思いついて聞いた。

 その答えは。

「…………どの男だろう? 別世界の私はそれなりに付き合ったので、いろいろな男に振る舞った」


 あぁソーデスカ!

 どーせ俺は一人としか付きあったことありませんよ悪かったですね!

「聞かなかったことにしろ。そのことを忘れてた」

 不機嫌な声が出ちまったら、また見上げてきた。

 ……泣きやんだかな?

「女にも振る舞った」

「お前って、前世からどっちもイケたのな」


          *


 ――ふと、人の気配がして目が覚めた。

 いつの間に眠ってしまったのだろう。

 寝た記憶も曖昧だ。

 目を開けようとする直前に、側に居たぬくもりが跳ね起きた。

「ちょ、待て。なんもしてねーぞ? 昨日、インドラが来て、話し込んでうっかりそのまま寝込んだだけだ」

 ソードの声だ。

 いつも当たり前にあった温もりなので、気にもしてなかった。


 目を開け、殺気を感じて顔を上げると、鬼の形相のメイドが仁王立ちしてた。

「……だから、なんなんです? インドラ様に添い寝して、それで済むと思っているのですか?」

 ってコワイ感じで言った。


 ……うーむ。

 昨夜の記憶は曖昧だが、悲しかった記憶がある。

 そして、まだ眠い。

「……クララ。うっかりうたた寝した。まだ眠い。寝たい」

 駄々だだをこねるように言ったら、クララの殺気がサッと消えた。

「あぁ、インドラお嬢様。こんな変なところでうたた寝してはダメですよ? お部屋で寝ましょうね?」

「うん。でも眠い」

「しょうがないお嬢様ですねぇ。お運びいたしますよ」

 クララが抱っこしてくれた。


 ……重くないのかな?

 乙女の体重は羽より軽いのかな?

「……クララは酒臭くない。ハーブのいい匂いがする」

「それはそうですとも」

「酒臭くて悪かったな!」

 叫び声が聞こえたけど、眠かったので、遠くに聞いた。

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