少女冒険~ミルクと少年編

第55話 アレから出る白い液体がほしいよ

 次に訪れた町で、見かけたものに驚愕した。

「…………えっ⁇」

 目を擦って、もう一度。

「…………えっ⁇」

 ソードがけげんな顔をする。

「おい、どーした?」

「……あ、あれ……」

 ぷるぷる震える指を差したその先に。


 ミルクが、あった。


「あぁ、ミルクか」

 ソードが何の気なしに言ったのにキレた。

「お前ぇえええ! 知ってたのになぜ教えないんだぁあああ!」

 胸倉つかんでユッサユッサ揺すってやった。

「ま、待て、ギブ、無理、死んじゃう」

「私がどれだけミルクを欲していたと思っているんだぁあああ!」

 確かにね、豆でなんとか出来ちゃうし、必須ではないのよ。

 でもね、やっぱり、ミルクがあるとね、特にバターとかはね、風味が違うの、風味なの。

 風味でポトンと落とすとね、風味が出るの。

 あとね、生クリームとかも使いたいときが、たまにあるの。

「いや、知ってる、けど、どうしようもない。

 ここの名物、ここ以外、ない」

「原材料の動物がいるだろ! それを手に入れる! 今こそSランク冒険者の威光を魅せよ! 自称『偉い人』じゃないことを示せ!」

「ヒドイ」

 ここで使わなきゃ何時使うんだよ!

 使わなくていいときに使ってんじゃねーよ!

 ハァ、とため息をついて喉をさすりながら歩いた。

「……お前が興奮するってことは、うまいもんが作れるって事か? 飲んだことあるけど、まぁ、うまいとは思うけど、でも、そこまで欲しがる程じゃ……」

「今は豆で代用しているが、香りが違う。とりあえず飲んでみよう、何しろ【牛乳】ではなさそうだからな」


 ソードとミルクスタンドに行き、買って飲んでみた。

「……ふむ、ふむふむ!」

「うまいか?」

「知っている味とはちと異なるが、これはこれでヨシ! よーし、手に入れるぞー。さぁさぁ、Sランクを振りかざせ!」

 ソードが頭をかいた。

「……商人ギルドか? でも足下見られそうなんだよなぁ、やだなぁ」

 呆れたような顔で見ていたスタンドの青年が声をかけてきた。

「……もしかして、【迅雷白牙】様ですか?」

「は?」

 聞き返したのは私で、ソードは瞬間顔を背けた。

「……すまない、私は、たまに単語を聞き逃すことがあってな。今、なんと仰られた?」

「え? ですから、【迅雷白牙】様、と……。……ですよね?」

 がく然としてソードを見た。

「…………なんだ? その、こっぱずかしいネーミング。何? 迅雷? 白牙? 意味不明だし、何? 【血みどろ魔女】の方がまだかっこよくね? つーか、痛々しすぎて涙出てきた、ツライ」

「……お前にそこまで言われてる俺が涙出てくるわ!」

 互いに涙目。

「……お前、そんな恥ずかしい二つ名つけてるのか⁉ やめろ! 一緒に町を歩けないぞ!」

「俺がつけたわけじゃねー! どーしろっつーんだよ!」

 やだこの人、右目が疼いたり右手が疼いたりしないよね?

「…………確認するが、身体のどこかが疼くとつぶやいたり、聞こえない幻聴が聞こえるとかつぶやいたりしないよな?」

「何今度は狂人扱いしてるの?」

 しないらしい、よかった。

「……らしいのだ、そういうネーミングを持つ者は、『右目に封印されし邪気眼が疼く……』などとつぶやくらしいのだ」

「いや、封印しても自分の体にはしないし。それこそ、いつ爆発するかわからないような魔導具持ってるみたいだろ、危険だろが」

 あ、封印自体はしたことあるんだ?

 さすがファンタジー!

「あ、今、ちょっとだけお前を見直した」

「どこでだよ」

「〝封印〟は、別世界で憧れのワードだぞ?」

「もーいい、ワケがわからなくなった」

 プイッとソードが顔を背けた。

 後、スタンドの青年に

「俺、パーティ組んだんだ。これからはオールラウンダーズで覚えてくれ」

 朗らかに言った。

「は、ハイ‼ ……っていうことは、もしや、そちらの少年が……」

 ソードがプッと笑った。

 その後私の頭をぐりぐりなでくりながら紹介した。

「そうだ、この少年が俺のパートナーだ。パーティ名通り、コイツもオールラウンダーだよ。あと、ゴーレムな」

「初めまして! ボクは、リョーク!」

「初めまして! ボクはソードさん専用のリョークだよ!」

 ……この挨拶を聞くとムカッとする。

 なぜにソードのリョークは定型ではないのだろう?


「一応、弁解していいか?」

「なんの」

「二つ名の。俺は、スピードには自信があるの、一応世界最速、だった。……お前ってやつが出てきて名前返上だけどよ。で、〝迅雷〟は、雷の如く速い、って意味。あと、俺、基本雷魔術使うから。雷魔術って、基本、何にでも効くからさ。後、残りの白牙は……、白は多分髪の色からきてるんだろ、牙は、一撃で倒すから、牙の如く鋭い攻撃、って意味だろ」

 何、四字熟語の解説か?

「わかったわかった。意味はある、と。聞いたときは脳が翻訳を拒否したレベルだったが、解説を聞いたらなんとなくは納得した。そして、私は無名でいこうと決意した」

 ソードがニヤ~っと嫌な笑いを浮かべた。

「俺と一緒に活躍して、逃れられると思うか? さぞかし痛々しい二つ名がつくだろうなぁ。今から楽しみだぜ」

 耳を塞いだ。

 きーこーえーなーいーーー!


 スタンドの青年は、ソードのファンだそうだ。

「弟はもっとファンで、冒険者を目指してるんです!」

 って……。

 ソードを見たら、顔面つかまれた。

「むむむむむーーーっ!」

 しゃべれない!

「お前は、俺の噂を知らないからだろうけど、そんな目で見るな!」

 どんな目だ。

 青年、スタンドほうり出して弟呼びに行ったし。

「良かったな、人気があるじゃないか。

 ああいったやつと仲良くなればいいんだぞ?」

 ようやく顔面つかむのを止めてくれたので、話せた。

「いや、ちょっと……。ファンって意味わかんないし」

 いいじゃないか、アイドルでもなし、ファンと仲良くなっても。

 向こうは何らかしらの偶像崇拝をしてるだろうが、それをぶち壊したら仲良くなれるぞ。


 弟を連れてきた。

 おう、いかにも『冒険者のコスプレ』っぽい子が来たぞ!

「見た目はかなり冒険者だな!」

「お前に比べたらな」

 ソードがツッコんできた。

「私の場合、防具に意味が無いと言ったのはお前じゃないか」

「俺もお前も、普通の敵じゃマッパでも傷すらつけられない。傷をつけられる敵の場合は防具に意味が無い。なら、動きを阻害するような防具を着けるより動きやすい服装を心がけた方がいい。これだって、丈夫は丈夫だ」

 何ちゃらの革を使ったスーツ&マントな!

 しかも、メイド嬢たちが「せっかくですからちゃんと仕立てましょう!」と装飾過剰にしてくれた。

 見た目は全く冒険者に見えないな!

「わぁ、ホントに【迅雷白牙】だ! スゲー!」

「こら、〝様〟をつけろ」

 はしゃぐ弟に拳固を食らわす青年。

「いいって、〝様〟ってガラでもねーし」

 ソードが投げやりになってる。

 なんか嫌そうだな。

「お前、いいじゃないか。少年からすればお前はヒーローなんだろう。らしく相手をしてやれ」

「お前なぁ、それでうっかり冒険者目指して、下手して死んだら……」

 ジロリとにらんだ。

「それはその少年の生き様だ。お前に責任はないと、何度言えばわかる? 逆に、お前に憧れて目指し冒険者として大成するかもしれない、その可能性も考えろ。あとな、虚像を偽れと言ってるワケじゃない。優しく相手をしてやれと言ってるんだ」

「……わかったよ」

 さて。

 ソードに少年は任せ、私は青年と話そう。

「ちょうどいい、出来る範囲でいいので教えてもらいたいことがある」

「えっ、俺に?」

 うなずいた。

 そして、ミルクがほしい、自分用のみで、できれば定期的にほしい、この町でしか取れないし売ってないらしいが、どうにかならないか、と言った。

 青年、考え込む。

「えーとですね、ミルクは、チャージカウという魔物から取れるんです」

 チャージカウ? ってことは牛?

「山奥に棲んでいて、結構臆病な魔物です。それに、ちょっと凶暴です。下手につつくと突進されて殺されます。ただ、食欲に忠実で、餌をあげると夢中になって食べます。そのとき、ミルクを放出するんです。それをタンクに詰めて、下山して瓶に詰め替えて売ってます。……確かに日持ちしませんし、どれくらいの距離かわかりませんが、一日くらいたっちゃうと飲むとお腹壊すかも……」

 だーよねー。

 ……しかし、わかった。

 飼育されてるのかと思いきや、野生だったとは。

「その魔物、捕まえて持って帰ったら怒られるか?」

「えっ? ど、どうなんでしょう? 一応、ここでしか生息してない魔物で有名で、襲われてうっかり殺しても怒られはしませんが、冒険者ギルドでも商人ギルドでも買取は絶対にしてくれませんよ?」

 よし。うっかり殺したことにして、二~三匹持って帰ろう。

「ソード! 方針が決まったぞ!」

「ちょっと止めてよ。一応冒険者ギルドと商人ギルドに話を通すから、勝手に動かないでよ」

 ソードに止められた。

 ……しょうがない、私も別世界で社会人を経験した身、円滑なやり取りは下準備と根回し、というのは知っている。

 自分で飼育するのくらい持ってってもいーじゃん、どーせこの世界に保護動物とかいう法律ないでしょ? とは思ったけど。

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