第51話 教会の建造物ってこう、素敵だと思いませんか?(金ピカを除く)

 ダンジョンに行く前に、教会に寄った。

 一瓶だけ買って、作れそうなら作れば良いし、無理そうなら出来る範囲でやっつけとけ、ってことで落ち着いた。

「教会といえば建造物だが。やはり見所があるのか?」

「え? お前、そんなのに興味あるの?」

「なくもないな。芸術は感性を豊かにする。文化は人であるという証明だ。料理もまた然り。目で見て楽しみ、薫りを嗅いで楽しみ、舌で味わって楽しむ」

 別世界の私って、料理は得意だったんだけど盛り付けや色彩に拘らなかったんだよね。

 でも、おいしそうな料理は、目で見ても楽しいとは思ってた。

 今の私は、一応フォトジェニックな料理を目指してる。

 味が今ひとつの分、視覚要素も加えようかと考えたのだ。

「そんなこと吐いてると、お貴族サマって気がするな」

 ソードが私をまじまじと見て言った。

「うん? まぁ、貴族もそうかもしれないが…………。ま、そうだな。弱者を犠牲にして芸術や文化は成り立つのかもな。富がなければ芸術は生まれない」

 別世界でも、富を多く持つ者が芸術を生ませたものねー。


 案内された教会は……

「新しいな」

 歴史も芸術も感じさせなかった。

 一言で言えば『品がない』。

 金をかけているのだろうけど、ザ、成金趣味って感じの、一言で言えば金がめったやたらに使われてるのだ。

 しかもピッカピカに光る金。

「……以前も感じたが、この世界の人間の感性と私の感性は合わない」

「いや、俺も趣味じゃねーよ」

 うん、落ち着かないよね。

「私が別世界で綺麗だと思った教会は……。硝子に色をつけ、色硝子をつなぎ合わせて窓を作るんだ。様々な色をつなぎ合わせ、美しい宗教画に仕上げ、それを日の当たる窓に設置すると、それはそれは美しい。その貼り合わせる手法は、天井や壁でも使える。小さなタイルを貼り合わせて一面に絵を描いたりすると、見応えがあるぞ」

「聞いてるだけで気が遠くなりそうな作業だよな」

「作業自体もそうだが、色彩感覚がないと無理だろう。だからこそ芸術だ。せめて、色彩豊かな壁画や精緻な室内装飾などがあればな。そういったものが見られるかと思ったんだが…………」

 ガッカリ。

「お前のいた世界って、すっげーな。確実にここよか大分先に進んでるって気がするわ」

「魔術がないからかな。魔術を使わず己の手作業のみで行う芸術は、魔術に頼っている人間には及びもつかないほどの技を魅せるぞ? まぁ、でも、一番の芸術は、自然造形かな」

 人間の手作業も好きだけど、ハッとするような景色を見るのも好き。


 ……と、ソードと芸術談義をしていたら、誰か寄ってきた。

「貴方がた。冒険者とお見受けします。ダンジョンに向かうのであれば、私も同行して差し上げましょう」

 …………。

 ん?

 何ですと?

 えーっと……また誤変換したかな?

 寄ってきた人を見た。

 私と同い年くらいか? の、私に負けず劣らずのチッパイの女の子だ。

 私が知ってるのよりも豪華なカソックを着てる。

 色も派手だ。ピンクに紫って……さらに金糸の刺繍がされてるし。コスプレか?

 ソードを見た。が、ソードは彼女をガン無視です。

 しかも顔に「お前も無視しろ」って書いてあるけど。

 でも……。

 もう一度彼女を見た。

「聞こえなかったのかしら? もう一度言いましょう。ダンジョンに、私が自ら同行して差し上げましょう。さぁ、ついてらっしゃい」

 …………言ってる意味がわからない。

 困ったな。

 私はバイリンガルのはずなんだけど、別世界の記憶を取り戻し、さらにソードと会うまでほとんど会話してこなかった。

 そのせいなのか、別世界の言語の方が得意で、たまにこの世界の人間が話す言葉が理解出来ないときがある。

 ソードに助けを求めた。

「実はな、ソード。私は別世界での言語の方が得意なのだ。この世界ではお前に会うまでほとんど会話を交わしてこなかったから、たまにこの世界の人間が何を言ってるのかわからないことがあるんだ」

 ソードが噴き出した。

 笑い出す。

「……それで、私は彼女の言ってることが理解出来ないのだが……。ソード、彼女はなんと言ってるんだ?」

 チッパイ女子はため息をついて首を振った。

「下賎の者には私の言葉は理解が難しいようでしたか……。身なりはそこそこ良いようなので期待したのですが」

 あ、ソードがピキッと青筋立てたぞ?

「どうどう。お前、怒りっぽいぞ? 酒を飲むからだ」

「何でも酒のせいにするなよ。お前こそ、元お貴族サマがあんなこと言われて何とも思わねーのかよ?」

「まぁ、聖職者の言葉ではない、というのは理解出来るな。私の知識にある聖職者と同じならば、と付け加えておく。……貴族なのではないのか? 貴族はこんなもんだろう?」

 チッパイ女子、怯んだ。

「…………コホン。私は、セイラと申します。……そうでしたか、貴族の出でいらっしゃいましたか。それで、の身なりなのですね。ところで、ここには聖水を買いに来たのでしょう? ならば、私が同行すれば聖水がいらなくなりますよ。ですから、同行して差し上げましょう、と言っているのです」

 ……半分くらいは理解出来た。

 間違いじゃなければいいけど。

「そうか、名乗られたならば私も名乗らなくてはな。私はインドラと言う。聖水を買いに来たのは確かだ。土産に一つほしくなったのでな。貴女を土産の代わりにするわけにもいかないから、同行は遠慮させていただく」

 ソードを見た。

「……で、合ってるよな?」

 頭をなでられた。

「合ってる合ってる。お前はホントに冷静で頼もしいよなー。これで魔物と人間を同列に扱うことがなくなればなー」

「お前がおかしい。私は『大切なもの』と『それ以外』とを区別しているだけだ。お前と魔物とを同列に扱っているわけではない」

 ソードだって、リョークがゴーレムとわかっていようが壊されたら壊した人間を破壊すると思うぞ?

「…………あの? 聞き違いでしたかしら? 聖水を『土産』と申されました?」

「聞き違いではない。そう言った」

 チッパイ女子改めセイラ、プルプル震えたと思ったら、真っ赤になって怒った。

「……そ、そのような、聖水を、土産物と一緒にするなどと、ぶ、無礼にも、ほどがあります!」

 …………また、言ってる意味がわからない。

「ソード、またわからないんだ。私は結構教育を受けた気がするんだが、やはり幼少時に会話をしてこなかったのがいけないのだろうか」

 泣きそうになって聞いたら、ソードがぐりんぐりん頭をなで繰り回した。

 頭がぐりんぐりん回る。

「うん、今のはな、お前が煽ったから、怒ったらしいぞー? 聖水は、正しい用途で使いましょう、っつってるんだぞー?」

 へぇ。

「どう使おうと知ったことじゃないだろう? 第一、買っている人間が実際どう使ってるかなんて全員について回って結果を調べているわけではあるまい。第一、土産はそう悪い使い方ではないはずだ。『トイレの臭い消しには聖水を振りかけるのが一番よく効くんだ!』とか言い出してないぞ?」

 ソードがゲラゲラ笑った。

 チッパイセイラ、ますます震えてる。

「ぶ、侮辱です! ゆ、許しませんよ、改心するまで許しません!」

「なんだ、知らないのか? 貴族の間では流行ってるんだぞ?」

 って言ったら絶句して固まった。

「…………うそ…………」

「もうバレたか」

「?!!?!」

 ソードが腕を組んで感心したように私を見た。

「お前の煽りスキル、ホントすげーな」


 そんな罰当たりなやつには聖水を売らない、と言われたのでサクッと諦めて教会を出た。

 ら、追いかけてきた。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! なんで買わずに出るのですか!?」

 ……なんかこの子と会話出来るスキルがない気がする。

「売らないと、お前自身が言わなかったか?」

 うっ、とうめいた。

「そ、そうですが、それでどうして買わないで出るのですか」

 だんだんと首を傾けた。

 意味がわからないから。

「……売ってないものは、買えないのが常識なのだが、教会の常識は違うのか?」

 また、うっとうめいた。

「も、もちろん違います!」

 その後言い切った。

 違うのか!

「売っていないものは、改心すると約束し、心を籠めて頭を下げ謝罪し、私の足元にすがり乞うのです。そうすれば手に入ることもあるでしょう」

「いや、そんなことさせられるくらいならいらない」

 即座にお断り。

「じゃあ、そこそこ面白かったし、行くか。見るべきものはなかったが、珍獣がいたな」

「珍獣扱いかよ」

「チッパイの珍じゅ……いや違う、爽やかな胸の女子だったな!」

 ソードが誤魔化すように咽せた。

 その後聞かなかったフリをした。

「さて、行くか。そもそも聖水いらねーしよ。お前もワクワク感とやらを楽しむなら、簡単に倒せるアイテムなんざ邪道だろ」

「もちろん、私は無課金攻略タイプだからな!」

 さて、どんなんだろーなー。

 わくわく。

 って、セイラ、追いかけてきたし。

「ちょっと!? 今、チッパイの珍獣とか言った!? チッパイ!?」

「気のせいだ。……あぁ、私とソードは威張っている人間は嫌いだ。神の威光を笠に着て権力を振りかざそうとしても通用しないどころか嫌悪する人間がいることを覚えておけ」

 逆上しかけたところに水をぶっかけた、つもりだ。

 ソードは声を出さずに笑う。

 セイラはがく然としていた。

「そ、そ、そんな、こと…………」

「もしも違うと言うのなら、これから言うことを実行しろ。――神と神に対して祈りを捧げ膝をつく人間との間に立つな。そのさらに後ろの下座で、祈りを捧げる人間に向かって膝をつき、祈りを捧げろ。神にすがる人間に、金も信仰心も求めず手を貸し、それを誇りも驕りもするな。神を信じず祈りを捧げない人間に、何も求めず、神の名を騙って強要をするな。――お前は真逆を行っているだろう? それこそが、『神の威光を笠に着ている』ということだ」

 うん、良いこと言った。

 ……と思ったら、セイラ、泣き出した。

「あーあ、言い過ぎだっつーの。また相手の心を折ったよ」

「え? 私、良いこと言った」

「確かにその通り、だけどな。今までチヤホヤされてた人間は「あなた、威張ってますよ」なんて言われたことないんだよ」

 言われたことないからといって泣くことはないと思う。

 …………まぁ、いいや。

 知らない人だもの。

 いきなり話し掛けてついてってやるとか言われてもねー。

 寄生ハンターじゃあるまいし。

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