あなたを輝かすための
ポンポコピ~子(笑)
あなたを輝かすための
赤、青、黄を混ぜれば灰色になる。単純な三色を混ぜれば、間違いなく灰色になる。
「しみたら言ってね」
皮膚の、全く毛の生えていない部分へ灰色を塗りつける。水を多く含んだ筆のおかげか、溝の深い部分にも色が乗った。
真奈には生まれつきあざがある。顔の右半分を覆うそれを、彼女は前髪で隠していた。あざに銀色を塗り付けて、コンテスト用写真を撮りたいと言ったのは明日香だった。えせ美術部の私とえせ写真部の明日香との共同制作にかり出された、あわれな真奈ちゃん。
部員が五人しかいない美術部は、うち四人が幽霊部員だ。放課後はいつも、顧問が鍵閉めに来るまでひとり作業する。今回は皮膚に塗るので、小学生の時に使っていた水彩絵の具を選んだ。しかし肝心の銀色が児童用絵具セットには無く、私たちは灰色で妥協した。
真奈は筆をどれだけ滑らせても、先端で溝を弄っても固く目を閉じ動かない。この瞬間だけ、彼女を自由にできる事に気づき、部室の古びた空気を呑む。黒々とした睫毛より、薄い瞼の奥にある瞳のほうが漆黒なことを、知っている。彼女が生涯気にしているあざも、チョコキャラメルみたいで旨そう。明日香は何も分かっちゃいないんだ。甘い菓子色が、無機質な粘土色で蓋されるさまを、一番近くで見つめる。
十七時二十五分の美術室に、西日が降り注ぐ。灰色のはずなのに、水を多く含んだ絵の具は凹凸の多いあざの上で、艶めいたように見えた。自分の内奥から、熱気が込み上げる。これは感涙の合図だ。終わったの、真奈の小さな口が動く。眼に膜が張っているのを気取られたくない。
「うん、まだ乾いてないから目え閉じたままにしてて。明日香呼んでくるね」
部室を出ていくふりをして内部にある準備室に入った。イーゼル置き場の陰でポケットティッシュを取り出し、目頭を押さえる。涙を拭いたら、明日香を呼びに行くつもりだった。
「えせ美術部、やってるか」
部室入り口から声がした。あすちゃん、と呼ぶ真奈の声が少し高く感じる。今出ていっただの、入れ違いになっただの会話が単語になって聞こえてくる。出ていくに行けず、準備室の隙から二人を覗いた。
「いいじゃん、こうして見るとほんとに銀色みたい。前髪、ピンで留めてた方がかわいいや」
彼女は、私が慎重に探る真奈との距離をいとも簡単に詰めてしまう。
「ありがとう。そのままにしてって言われたけど、もう目開けてもいいかな」
「確認してあげようか」
あざの部分である、目の上、こめかみ、頬の下側に、明日香がそっと唇をおとす。身体の表面が急速に冷えゆくのを感じた。
「ありゃ、ついちゃった。目の周りは乾いてるから、開けていいんじゃない」
リップグロスがたっぷりつけられた唇に、灰色が移っている。一方真奈の頬は色が剥げ、グロスの油分が唇のかたちについていた。
「あっ、くちびるおそろいね」
「撮るよ」
明日香の眼の代わりであるレンズが、確実に色をとらえる。フラッシュの中、あざはしろがねに光る。その奥で、私の一番欲しかった色が煌めいた。明日香は分かっていたのだ。
作業台にあるアクリルガッシュの中に、銀色がある。それをひったくるように取ると口を開け、チューブをしぼった。甘みとも苦みともつかない、もったりした味が口蓋まで支配する。油くささに耐えられず、準備室備え付けの水道に二、三度吐き出す。粘性の高い唾液は唇にとどまり糸を引いた。絵の具が詰まった爪の先、掃除たわし、落ちない接着剤のかす、唾液中の銀色、銀色、銀色がスライド写真のように襲ってくる。口に塩味が垂れ、汚ならしく混ざった。
準備室に保管していた、えせ真奈のスケッチと瞳が合った。
あなたを輝かすための ポンポコピ~子(笑) @honyanomori
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