(4)個別試験(灯)
灯がAランク試験を受けると宣言したことで集まった視線。
現代日本であれば個人情報保護法はどうしたと言われそうな風景なのだが、残念ながらここは異世界でそんな法律などどの国にも存在しない。
ただ今回の場合は試験の結果如何に関わらず、『Aランク試験を受けられる条件を満たしている』という情報が伝わるだけである一定の抑止力が発生することになる。
例えば、どこかのお馬鹿さんが女性である灯たちに目をつけて絡んでくる、といったことだ。
とはいえ、そう言った有象無象を蹴散らす効果はあるのだが、逆に面倒ごとが増えるといったことも起こりえる。
一番わかりやすいのは貴族に目をつけられて、強引な手段に訴えられるといったところだろう。
もっとも冒険者のAランクともなれば、国家に情報が行くのは間違いなく噂レベルで抑えたところでどうこうできるようなものではないのだが。
いずれにしても灯たちがAランク試験を受けるということは、既にこの場にいる者たちから情報が拡散することは間違いないだろう。
周囲の疑わしい視線や訝しがるような視線、その他諸々の感情が混ざった様々な視線を向けられていることに気付きながら灯は、確認しますといって席を離れていた受付嬢が戻ってきたので会話を続けた。
「――どうでしたか?」
「確認が取れました。確かに受験資格を所持しているようです。こちらで試験を受けられるということでよろしいですか?」
「そうですね。そのつもりでここまで来たので」
「そうでしたか。他のお二方も同じでしょうか?」
そう言って視線をさまよわせた受付嬢に、忍と詩織が灯の後ろから手を軽く上げつつアピールをしていた。
「畏まりました。こちらが――シノブ様で、もう一方がシオリ様ですね」
「はい。間違いありません」
受付嬢の確認に、灯はそう答えつつ頷いた。
「――それでは試験についての説明ですが、まずは個人での能力を見ます。その後パーティでの能力を見るのですが……他のメンバーは参加されますか?」
「試験に関係ない仲間も参加できるのですか?」
「勿論です。普段の連携などもありますから。ただあくまでも試験なので、ギルドから金銭が出るということはありません。そこで問題になることもありますので……」
「なるほど。そういうことですか。ええと……」
意味を理解した灯が視線をアリシアへと向けると、すぐにアリシアは頷き返してきた。
金銭が無くても参加するという意味だ。
「問題ないようです」
「そうですか。それでしたらパーティでの参加ということで手配いたします。あとは試験を行う日ですが、こちらはまた後日の連絡となります」
「どれくらい待つことになりますか?」
「そこまでお待たせいたしません。遅くても明日中にはご連絡できるはずです」
「わかりました」
受付嬢と試験に関して行った会話はこれくらいで、あとは細々とした注意点を伝えられた。
そのすべてに了承をすると晴れて、Aランク試験を受けるための手続きが開始されることになる。
捉え方によっては脳筋集団ともいえる冒険者ギルドだが、さすがにAランク以上となるとジムに関した面でもしっかりとした対応をしているようだった。
逆にいえば、不正をやりづらくしているともいえるのだろう。
これでいったんAランク試験に関する話は終わりとなり、あとはギルドからの連絡を待つことになる。
それまでの数日間、時間がもったいないということでミヤコの冒険者ギルドで出ている依頼を受けることにした。
といっても遠征まではせずに、近場で気軽に受けられる依頼に絞っておいた。
ちなみに東堂は灯たちの試験結果が早く知りたいということで、しばらくの間ミヤコで店を出していた。
流石に文字通りの都だけあって、様々な食材が集まっていてラーメン作りの勉強にもなっていると笑顔で語っていた。
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ミヤコ周辺に出現する魔物を倒しつつ依頼もこなしつつという時間を過ごしていると、ギルドから指定された日がやってきた。
灯が受付嬢から話を聞いてから一週間が経っていたが、ここまでそれなりに時間がかかったのには理由がある。
Aランク試験には個別の実技試験があるのだが、その試験相手を待つのにそれだけの時間がかかってしまったのだ。
その相手というのが、Sランクパーティだと聞いた時にはさすがの灯たちも驚く羽目になった。
ギルドのランク昇格試験は、格上を相手にして戦力を見るのでそのこと自体は驚くようなことではないのだが、通常のAランク試験ではAランクパーティ所属の冒険者が相手をすることになっている。
ただしこれはあくまでも通常の対応であって、別にSランクのメンバーが相手をすることになっても問題はない。
冒険者ギルドのAランクは冒険者全体でいえば選ばれた者たちしかなれないとはいえ、試験を受けるだけとなればそれなりの数をこなさなければならない。
そんな試験に、ギルドの戦力の要であるSランクを当てるようなことはしないのだ。
ところが今回それが成立したのは、冒険者ギルドの依頼に対してとあるSランクパーティが立候補してきたのだ。
そのSランクパーティ『豊穣の縁』は、たまたまミヤコの傍にある町で活動をしていたところ灯たち――というよりも『隠者の弟子』が試験を受けるという話を聞きつけて、では自分たちが試験をしようとギルドに提案したそうだ。
ギルドとしては滅多にないことで驚いたが、ルール上に問題はなく特に断る理由もないことから一も二もなく頷いたというわけだ。
もっとも裏を突けば、隠者である伸広の弟子たちの現時点での実力をはっきりと知りたいという思惑があるのは間違いない。
そんなわけでSランクパーティに目をつけられた灯は……いつもと変わらない調子で職員の相手をしていた。
「――では、私が今使える最大の魔法を使えばいいのですか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
ニコニコ笑いながらそう言ってきたギルド職員の視線は、既に灯の前方に立っている女性に向けられていた。
本来であれば訓練用の案山子なり的なりに当てればいいのだろうが、わざわざその役目を買って出てきたと思われた。
とはいえ灯としても何の理由もないのに人に向かって魔法をぶつけるというのには若干の抵抗がある。
というわけで少し考えた灯がひねり出した答えは、次のような作業だった。
「
何やら呪文らしきものを唱えてぶつぶつと言い始めた灯に対して、当事者であるギルド職員や相手をしている女性は勿論のこと観客たちもまたキョトンとなっていた。
彼らは現在活動している冒険者の中でもトップファイブに位置していると言われている女性――ミサを相手に、灯がどの程度までやれるのかを見られると期待していたのだ。
それが意味不明な呪文を唱えて、何やら考え事のようなことをしている。
戸惑うなというほうが無理だろう。
そんな周囲の困惑をよそに五分ほど悩む表情を見せていた灯は、突然明るい表情になって言った。
「それじゃあ、行きますね。
「そ、そんな…………まさか……」
灯の言葉になんじゃそらという表情をする観客に対して、一部の者とミサは信じられないという表情をしていた。
魔法を行使することができる彼女(彼)らには、灯が何をしたのか理解したうえで、だからこそそんな顔になっているのであった。
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