(3)交渉にならない交渉

 真偽の判定ができる技能を持っている神官が来るまでの間、会談は一時的にストップするのではなく、これまで通りに続いていた。

 ひとまず真偽が必要なのは『目の前にあるものが本当に賢者の石であるのか否か』だけだ。

 それが来るまでは、とりあえず『賢者の石』が本物であることを前提として話を進めることになったのである。

 

「真偽官はすぐに来る。――それで、一つ確認したいのだが、お前たちはこれを教会に献上しにしたということでいいのか?」

 誰が聞いても呆れるようなことを言ってきたのは、騎士団総長のフレデリックだった。

「……一応言わせてもらいますが、そんなわけはありません。それから余計なやり取りは時間の無駄ですので、やめてもらってもいいでしょうか?」

「無駄とはなんだ!」

「総長、お止めなさい」

 突然激高して立ち上がりかけたフレデリックを止めたのは、中央に座っているゴーチェだった。

 フレデリックはゴーチェの言葉に浮かしかけた腰をすぐに下ろしたが、それを見ていたアリシアは内心でため息をついていた。

 折角釘を刺したのにそれこそ無駄に終わってしまったな、と。

 

 そのアリシアの内心を分かっているのかいないのか、ゴーチェが笑みを浮かべながら話を続け――ようとしたところで、聞こえるか聞こえないかぐらいのギリギリの話し声が聞こえてきた。

「――ねえねえ。この茶番っていつまで続くのかな?」

「そう言ってやるな。向こうは必要だと思っているんだろう」

「そうなの? でもアリシア様に見抜かれている時点で無意味だってわかっていると思うんだけれど?」

「真偽官が来るまで時間を稼ぎたいのか、あるいは総長とやらが脳筋だと思われたいのか……どっちにしても、確かに無駄なやり取りだな」

「そうだよねー」

 忍と詩織によって繰り広げられているその会話は、教会組にも聞こえている。

 声は落とされているのだが、目の前で話がされている以上は聞こえていないはずがないのだ。

 

 それを分かった上で、忍と詩織はこの会話を行っていた。

 敢えて無知を装って行われているこの会話は、当然ながら事前に決めておいたものである。

 恐らく教会側が先のようなやり取りをするであろうと予想していたアリシアが、灯たちに敢えてそういう会話を行うように指示を出していたのである。

 話し合い時点で席がどうなるかは不明だったので三人に話をしていたのだが、灯は席が分かれてしまったので忍と詩織で行っているというわけだ。

 

 果たしてその効果があったのかといえば――、

「貴様ら……」

 二人にやり玉に上げられていた張本人が、胡乱気な視線を向けてきた。

 このタイミングで、これまで黙っていたアマダ大教主がその総長を止めた。

「総長、もうおやめなさい。これ以上は本当に時間の無駄になります」

 その言葉によってフレデリックは言葉を止めたが、今度は射貫くような視線を忍と詩織に向けていた。

 

「フレデリック殿。一応言っておきますが、古代龍を相手に出来る存在に守られていると理解している者たちに威圧をしても無駄だと思いますよ?」

 笑いをこらえるようにそう言ったのは、総大教主から視線を外さないままでいたアリシアだ。

「なっ……!? 古代龍、だと!?」

 通常であれば眉唾物だと笑って済ませるような話なのだが、『賢者の石』なんてものが現実に出てきている以上はそう簡単に笑い飛ばすことなどできない。

 

 そう考えたのはフレデリックだけではなく他の二人も同じだったようで、教会側の三人の視線は伸広へと向いていた。

「……本当に、彼が?」

「疑念に思われるのでしたら、折角ですのでそれも併せて真偽を問うてみてはいかがでしょうか。こちらは一向に構いません」

 平然とそう言い切るアリシアを見て、教会側の三人は完全に黙り込んだ。

 

 世界最強の存在と言われている古代龍を相手に圧倒できるというのは、常識的に考えればあり得ない話ではある。

 だがアリシアが「真偽を問う」ことをしてもいいということは、初めからばれるような嘘はついていないと同義といっても過言ではない。

 こんなところでわざわざそんな嘘を吐けば、そもそもの目的である『賢者の石』の扱いについても交渉が不利になりかねないからだ。

 逆にいえば、アリシアは古代龍を圧倒できる戦力を持っている状態で、教会との交渉を行っているともいえる。

 勿論それは教会側にとってはいいことではなく、教会の持つ力を当てにすることはできないということを意味している。

 サボーニ教の力は騎士団の持つ武力だけではないのだが、それでも当てにできるはずの力が大幅に削られることは間違いない。

 

 古代龍は、たった一体で大陸全体を滅ぼすほどの力があると言われる存在だ。

 そんな存在に勝てる人種などいるはずがない――というのが一般的な常識だが、その常識をぶち破るのが伸広なのだ。

 そんな力を持つ相手に、武力で直接なり間接的なり対抗しようとする愚か者はこの世界には一人としていない。

 普通であれば鼻で笑ってやり過ごすような話なのだが、ここでアリシアが言った言葉が効いてくる。

 

「騎士団の武力を背景に話を有利に進めようとした結果、何も得られずにただ利用されただけで終わった――なんてことが無いように願います」

 ニコリと笑いながら言ったアリシアだったが、その内容は教会側にとっては完全に脅しだった。

 これで教会が持つ手札の一つは、完全に封じられたことになる。

 勿論、世界一巨大な組織ともいわれるサボーニ教であるだけに、使える手札は色々ある――はずだった。

 だが、それらの手札は国家やその他の組織を相手に使えるようなものだけで、要するに今目の前で交渉している相手アリシアたちにはほとんど効果のないものばかりだった。

 

 アリシアの言葉を聞きながら最高責任者ゴーチェは、そう瞬時に判断した。

「そうですね。できうるなら、その力がこちらに向かないように願います」

「おや。面白いことを仰いますね。そんなむやみやたらに暴力をふるう者を、私が選ぶとでも?」

「……これは確かに。失言だったようですね。謝罪いたします」

「謝罪はいりませんよ。それよりも、いい加減本題に入りませんか?」

「確かに、それがよろしいようですね」

 下手に交渉事をすれば藪蛇を突きかねないと理解したゴーチェは、両側からの視線を感じながらも素直に頷くのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 交渉の前哨戦をほぼ脅し(?)で乗り切ったアリシアは、ゴーチェの気が変わらないうちに細かい内容の確認を詰めていった。

 交渉をできるだけ進めようとするアリシアに対してサポート役であるアマダが待ったをかけようとしたが、それはほとんど役に立たなかった。

 理由は単純で、交渉を遅らせる気がないのであればすぐに真偽官を呼べばいいとアリシアが主張したためだ。

 教会側には真偽官を呼ぶのをわざと遅らせてできる限り事前に交渉を優位にしようという思惑もあったのだが、それを見事に外して見せたのだ。

 もっとも真偽官は、何時間も遅れてこの場に来たわけではない。

 アリシアの提示した条件が教会側にとっても比較的悪いものではなかったので、真偽官が来るまえにほとんどの交渉を終えてしまったのだ。

 

 そして一番の肝である『賢者の石』が本物であるかどうかは、見事に限りなく本物であると証明された。

 真偽官はあくまでも事の真偽を見抜くだけであって、目の前にある物の本質を見抜くわけではない。

 それゆえに「限りなく本物」という結論になったのである。

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