(6)ダンジョンマスターの用事
「――あらあら。そこまで驚いてくれるなんて、こちらもわざわざ用意した甲斐があったかしら?」
侵入者であるはずの灯たちを歓迎する様子を見せるカルラに、伸広を除いた当人たちは驚いていた。
アリシアは直接カルラと対面したことはないのでわからなかったが、他の三人は以前の様子とは違っている様子に戸惑いも混ざっている。
「こちらを驚かせるために、予定を早めて第十層で迎え入れたのかい?」
「あら。ダンジョンマスターである以上は、侵入者を驚かせるのは必須のスキルだと思わない?」
「間違っているとはいわないが、撃退目的のものとは大幅にずれている気がするけれど?」
「それはそうよ。こちらで歓迎する者たちを、退治するために驚かせるわけじゃないもの」
当然でしょうとニコリと笑うカルラに、伸広はため息をついて見せた。
ある意味では和気あいあいと話をしている伸広とカルラに対して、残りのメンバーは周囲の様子を確認するのに大忙しだった。
アリシアを除けば城に入れる機会なんてものはほとんどなかったので部屋そのものが珍しいということもあったが、それ以上にカルラの周囲に存在している家令たちに視線が向いている。
最初に一行を迎えに来たザオクもそうだったが、部屋の扉を開けたりカルラの傍に控えているメイドたちも見た目とは裏腹に一目で実力者だとわかる雰囲気を醸し出しているのだ。
下手をすればメイド一人に対して全員(伸広を除く)で仕掛けても、返り討ちに合うのではないかというほどだ。
一言で言ってしまえば蛇に睨まれた蛙状態になっているわけだが、そんな灯たちに気付いた伸広が苦笑しながらフォローしてきた。
「あ~。この状況に慣れろとは言わないけれど、少なくとも向こうから仕掛けてくることは絶対にないからその点は安心してもいいよ」
「絶対と言い切れる理由を聞いても?」
さすがに胡乱気な視線を向けて聞いてきたアリシアに、伸広が説明――しようとしたとことでカルラが笑いながら言った。
「少しでも乱暴的な方向で手を出せば下手をすれば全滅させられると分かっているのに手を出すほど、ここにいる皆は馬鹿じゃないってことね」
伸広に対してウインクをしながらそんなことを言ってきたカルラを見れば、誰が誰に全滅させられるかは言われなくてもすぐに理解できた。
自分に視線が集まっていると分かった伸広は、ため息交じりに応じた。
「はあ。そんな簡単にダンジョンを潰したりは……いや、確かにここのメンバーに手を出されればそれもあり得るかな?」
「あらあら、あなたがそんなことを言い出すなんて、やっぱり正式に招待して正解ね」
途中で意見を変えた伸広の意図を察したアスラが、笑いながら自分の周囲にいる者たちへと視線を向けた。
それだけでカルラの言いたいことを理解したのか、彼女の傍に控えていたメイドの一人が部屋から出ていく。
部屋を出て行ったメイドはメッセンジャー的役割で、カルラの意図を城で働いている者たちに伝える役割を持っている。
具体的な言葉は交わされていなかったが、何らかの方法で伝える方法があるのだろうということくらいは、伸広以外の面々にも理解できた。
ダンジョンがただの暴力だけで成り立っているわけではないと見せつけられた灯たちだったが、当人たちは比較的冷静にその事実を受け止めていた。
理由は単純で、一度会ったことのあるカルラがそんな単純な方法で強大なダンジョンを治めているわけがないと考えているからである。
とはいえ、カルラがなぜこのタイミングでこの場に自分たちを呼んだかについては、伸広を除いて今のところよくわかっていない。
一つのダンジョンを支配するダンジョンマスターがわざわざこんな呼び出し方をするのだから、何か目的があるのだと思うのは当然のことだろう。
灯たちのそんな雰囲気を感じ取った伸広が、少し困った表情になりながらカルラを見た。
「まだ疑いは晴れていないようだけれど?」
「あら。私だけのせい? ダンジョンに入る前にきちんと説明をしなかったあなたも悪いのではなくて?」
「それはそうだけれど……はあ。まあいいか。皆に言っておくけれど、カルラがこんな大げさな方法で召び出したことに警戒しているみたいだけれど、特に変な意味はないからね?」
伸広からそう言われたアリシアが、胡乱気な視線を向けた。
「そうは言われても……では何故、ダンジョンマスターがわざわざ
「いや、ほらだって。前に会った時に、一度は必ず会いに来ると約束したじゃないか」
あっけらかんと伸広がそう言うと、灯たちは一瞬何のことかとキョトンとした表情になった。
そして、一瞬遅れて過去に伸広とカルラとの間に交わされた約束のことを思い出した。
「いや、あの……もしかしなくとも、あの約束のためにここまで呼び出された?」
多少唖然とした表情になって言った忍に、伸広とカルラは同時に頷いた。
「「むしろ、それ以外に理由がない」」
「え? そう、か? ……いや、確かに……?」
「忍、忍。流されてる流されてる」
首をひねりながら納得しかけた忍に、隣にいた詩織が肩をポンポンしながら正気に戻るように促した。
いくら以前の約束があるからと言って、ダンジョンマスターがこんな場所まで冒険者を召び出すことを常識だと思うのは普通であるとはいえない。
それこそ、人知の及ばない強者の間で『魔帝』と呼ばれている伸広だからこその結果だろう。
とはいえ何も言わずにこんな場所に連れてこられた灯たちにとっては、何の慰めにもならないのだが。
ここで忍と詩織の様子を苦笑して見ていたアリシアが、視線を伸広とカルラに問いかけた。
「私たちがこの場に呼ばれた理由は理解しました。ですが、私たちはお二人のお話が終わるまでこの場で待っていればよろしいのでしょうか?」
アリシアがここまで丁寧な態度に出ているのは、カルラが五大と言われているダンジョンのダンジョンマスターだからだ。
たとえアリシアが伸広と同じパーティの一員だとしても、彼女自身が伸広と同じ強さであるわけではないのだ。
そんなアリシアに、カルラは首を左右に振った。
「いくら伸広が目的だからといっても、招いたお客様を放置するような無作法はしないわ。――ザオク、しばらくの間彼女たちの相手をしてくれる?」
「お望みとあらば」
「言っておくけれど、ダンジョンの糧にしてしまうのはなしよ? 多少の怪我はすぐに直せるからいいけれど、後遺症の残るようなものも駄目ね」
「……多少手間取るでしょうが、できる限り頑張ります」
「あら。できる限りだと本気でこのダンジョンがつぶされかねないのだけれど、良いのね?」
一度、念を押すように確認してきたカルラを見たザオクだったが、その視線を伸広に向けてから大きく頷いた。
「予想外の事故が起こらないように、万全の態勢を整えて行います」
「あら。ここまで言ってあなたに通じないなんて、珍しいわね。――例のあれを使ってもいいと言っているのよ」
そのカルラの言葉を聞いたザオクは、それこそお化けを見たような表情になってから一礼をした。
「これは失礼をいたしました。そういうことでしたら全力で対応いたします」
「うん。その辺は好きにしていいわ。――それじゃあ、そちらは任せるわね」
そう言ってきたカルラにもう一度礼を返したザオクは、灯たちに向かって「こちらへ」と促してきた。
話の流れから特訓的な何かが始まるということは理解できた灯たちだったが、このまま流れに身を任せていいのか判断がつかずに視線を伸広へと向けた。
「彼が相手をしてくれるのであればいい訓練になると思うから、思いっきり揉まれてくるといいよ」
ニコリと笑って言われたその伸広のセリフが決め手となったのか、灯たちは素直にザオクの案内する場所へとついて行くことになる。
ちなみに、ザオクとの訓練の結果は散々だったということだけはここに記しておく。
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