(10)巻き込まれ決定

 自分が言った『伝言』を聞いたときに伸広が見せた反応を、ジスランは笑みの仮面で覆い隠しながらしっかりと観察していた。

 ジスランは自身が伝えた伝言が誰からのものであるかは、具体的には聞いていない。

 それでも呼び出しをされた場所やその言葉を自分に伝えてきた相手から考えて、『やんごとなきお方』からだということは想像がついている。

 だからこそジスランは、伸広たちに挨拶をする前に自分以外のすべての職員に部屋に入ってこないようにと告げたのだ。

 そのうえで伸広の反応を見ていたわけだが……正直にいえばよくわからないというのが感想だった。

 女性四人に囲まれているたった一人の男という意味では、軟弱ものと捉える者も多くいるだろう。

 だが、ギルドマスターになるだけの実力があるジスランの見立てでは、直接見た伸広はそんな次元にいるような者ではなく、それこそ『やんごとなきお方』の伝言を受けるにふさわしいとまで見抜いていた。

 ただしジスランが推測だけで当てられたのはそこまでで、それ以上のことはわからなかったのである。

 

 ジスランがそんなことを考えている一方で、伸広はそのことを理解しつつ気にすることなく話しかけた。

「一応確認ですが、時間の指定などは聞いていますか?」

「……は? いいえ。ギルドに到着次第伝えるように言われているだけで、それ以外は特には……」

「そうですか。となると……まあ、さっさと向かったほうがいいか」

 伸広がさっさとそう結論を出すと、アリシアたちが驚いた表情になった。

 それもそのはずで、普段の伸広はできる限り面倒ごとから避けようとする考えで動いている。

 それが、今回に限っては自ら面倒ごとになりそうな場所へ向かおうとしているのだ。

 逆にいえば、これから向かう先に面倒ごとを避けられない相手がいるということになる。

 この場合のいう面倒ごとを避けられない相手というのは、自力で神域に入ってこられる相手という意味だ。

 

 女性組四人はすぐにそのことに気付いて驚いたのだが、もちろんわざわざそのことを口にすることはない。

 たださすがに表情を隠すことはできなかったので、ジスランには気付かれている。

 そのことを意識したうえで、敢えてアリシアが一瞬ジスランに視線を向けながら聞いた。

「………………いいのかしら?」

「うん……? ああ、ギルドマスターのことね。別に構わないよ。どうせだから、巻き込んでしまったほうがいいんじゃないかな?」

「あ~。なるほど。納得したわ」

 伸広が言いたいことを一瞬で理解したアリシアは、そう答えながらどこか哀れんだような視線をジスランへと向けた。

 

 ただ美人なだけではなく一定以上の教育を受けた(要するに貴族のこと)ような雰囲気を持っているアリシアからそんな視線を向けられたジスランは、何やら背中に冷たいものが流れるのを感じる。

「あの~……どういう意味でしょうか?」

「あまり詳しいことは私の口からは言わない方がいいでしょう」

 ジスランに向かってニコリと笑みを浮かべた伸広は、さらに続けて言った。

「一応勘違いなさらなように言っておきますが、伝言係に使われた時点で既に巻き込まれていると思ってください。どうせ向こうもそのつもりでしょうから」

「…………すさまじく嫌な予感がするのですが……」

 ついつい隠すこそなく本心を呟いたジスランに、伸広は真面目な顔になって頷いた。

「その予感は間違いなく当たっているでしょうね。――そんなことはともかく、今後の話をしましょうか。といっても貴方にしてもらうことは一つなのですが」

「は、はい。きちんと皆様をお連れするように言われております」

 ようやく先のことについて話を触れた伸広に、ジスランは振り回されていることを自覚しつつも頷き返した。

 自分に伝言を伝えるように言ってきた相手がどの立ち位置にいる存在なのかわからない以上、ここで変に追及してもまずいと判断したのだ。

 

「そうですか。それでは、まず先行してギルドマスターが馬車で向かってください。向かう場所は祭湖の神社でよろしいですか?」

「え、ええ。場所はそこでいいのですが……い、いや! 一緒に行ってもらわなくては……!」

「それなんですが、むしろ私たちは徒歩で向かった方がよろしいかと思います。ギルドマスターは先ぶれも兼ねて馬車で」

「ど、どういうことですか?」

「いや。もうお気づきでしょうが、この件はやんごとなきお方が関わっています。であれば、できる限り周りに悟られないように動いたほうがいいのでは?」

「い、いや、しかし……それは…………」

 伸広の提案に一度は否定しかけたジスランだったが、すぐに考え込むようになった。

 

 確かにわざわざギルドマスターという立場の人間を使ってまで『伝言』という形で情報を伝えるようにしていた。

 そこにはある程度以上の秘匿するという意図を感じる。

 というよりも、ジスラン自身伝言を受け取る段階でできる限り情報を拡散しないようにというお願いをされていた。

 だからこそ伸広たちとの話し合いは自分一人で行うことにして、今の状況が出来上がっている。

 そういう理由があるからこそ、ジスランは伸広の言ったことが的を得ているということを理解できたのだ。

 

 いい感じで手のひらの上で踊らされているという嫌な感覚はあるが、それでも自分にとっては伸広の提案が最善だと理解できたジスランは、一度ため息を吐いてから言った。

「――確かに、そのほうが良いようですね。ですが、これ以上私が巻き込まれることは……」

「ない……と言いたいところですが、残念ながら今回の首謀者がそれを許してくれるかですね。すべては」

「……できればそういう脅しは勘弁してほしいのですが……?」

「脅しで済めばいいのですがね。何分、例の伝言からも分かるかと思いますが、面白がって色々と仕掛けてくる方ですからねえ……」

 そう言った伸広は、小さくため息を吐いてから同情的な視線をジスランへと向けた。

 その視線を受けたジスランは、伸広のことを探ろうとしていたことを彼方へと追いやりこれから来るであろう厄介ごとらしきことに意識を向けるのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 ジスランとの話し合いを終えた伸広たちは、提案したとおりに歩きで目的地である神社へと向かっていた。

 伸広がジスランの用意した馬車に乗るのを拒否したのは、普通に観光(あるいはお参り)目的で向かう者たちと同じ目的であることを示すためだ。

 もっとも伸広の予想では神社のある場所のさらに奥、一般の者たちでは入ることができない場所に行くことになるので、どこまで目立たずに行けるかは不明だが。

 とはいえ、冒険者ギルドの用意した馬車でギルドマスターと一緒に乗って向かうよりははるかにましのはずである。

 

「あれでよかったの?」

「うん? 何が?」

 向かう途中で声を落としながら聞いてきたアリシアに、伸広も敢えてそちらのほうを見ないようにしながら聞き返した。

「わざわざ厄介ごとだと分かっているのに向かうことになったこと」

「ああ。それね。いつも通り拠点に逃げられるんだったらいいんだけれど、残念ながらそうもいかない相手みたいだからね」

 予想はできたことだが、はっきり伸広の言葉で口にされるとアリシアとしてもため息を吐くことくらいしかできない。

 

 そんなアリシアに、伸広は敢えて明るい笑顔になりながら続けて言った。

「まあ、面倒ごとであることには間違いないけれど、こっちのリターンも大きいからいいんじゃないかな? その辺のさじ加減は向こうのほうがよくわかっていると思うよ」

「……そうなの? それならまあ、いいのかしらね?」

 アリシアはそう言いながら視線を灯たちへと向けた。

 だがジスランとの話し合いで一言も発しなかった灯たちは、ここでも曖昧に笑みを浮かべることしかできないのであった。

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