(5)五大のダンジョンマスター
ザドスの呼び出しにより冒険者ギルドの執務室に現れたカルラ。
その反応は見事に三種類に別れていた。
召び出した当人であるザドスは特に変わらず、初めて見るオーラフは「誰?」という顔をして、残り一人のアルカノは完全に表情をなくしていた。
アルカノの顔がそんなことになっているのは、カルラがどういう存在であるか正確に理解しているからだ。
オーラフが知らないのがむしろ当然で、彼女の本性を知らなければただの吸血族(鬼)の一人にしか見えないのだ。
アルカノがカルラのことを知っているのは、総長になった時点で前総長からその存在を教えられたのと、実際に一度戦って見事に返り討ちにあったからだ。
「……おい、ザドス。何故この場に彼女を呼んだ?」
「ですから使いたくない手だと言ったではありませんか。ただ、今回に限っていえば、間違っていないと確信しておりますが」
「そういうことね。それに、そもそも弱者が強者に対して何を偉そうな態度をとっているのかしらね? 確かあなたが言った言葉だったはずよ?」
「…………グムッ。――――――申し訳ありませんでした。レディ・カルラ」
「そうそう。最初からそういう態度をとっておけばいいのに」
しっかりと上位の存在に対してするような礼をとったアルカノに、カルラはそれが当然とばかりに頷いた。
アルカノがここまでの態度をカルラに対してとるのは、一度彼女と戦闘をして完膚なきまで負かされているからだ。
ちなみにその戦闘は、アルカノがカルラをダンジョンマスターと認識して戦っているので本気の戦いだったのだが、カルラは命の危機を感じることなくあしらうことができていた。
アルカノとカルラの間には、それほどの差があるのだ。
当時のアルカノは今ほどの実力はなかったのだが、それでもまだまだ及ばないという自覚はきちんと認識している。
だからこそアルカノは、ほとんどの者が見たことがないような神妙な態度をとっているのだ。
カルラの本性を知らないオーラフは、内心で驚きつつも口を挟むようなことはしない。
総長と副総長、二人が揃って畏まるような相手など自分如きが変に意見しても余計面倒になることを理解しているのだ。
そんなオーラフをチラリと見ただけで終わらせたカルラは、小さく息を吐いてから言った。
「――まあ、いいわ。それよりも、わざわざこんなところまで来た目的を果たしましょうか。といっても、どちらかといえば今の私はただのメッセンジャーなのだけれどね」
「……メッセンジャー?」
意味が分からずに首を傾げるアルカノに、カルラは小さくコクリと頷いた。
「そうよ。――まず、一人目。『蛮力』からね」
カルラが『蛮力』と言った瞬間、アルカノは先ほどと同じように表情を無くして、ザドスはピクリと右眉を動かした。
「――『おいこら、小僧。奴に挑むんだったらまずはこの俺とやってからにしろや。まあ、やったとして命が残っている保証はできないが』だって」
「「………………」」
「次は二人目の『獣王』からよ。
『身の程知らずの小物が。己の分を弁えたらどうだ?』だって。
――まだあるわ。次は『陰影』から。
『歴史上最後の総長となるのを待っています。あとは我々がどうにかするので心配せずに逝ってください』って。もう冒険者ギルドがなくなるのを織り込んでいるのかしらね、彼は。
――最後に『凍土』からよ。
『そんなに凍りたい?』だって」
少しだけ楽しそうに笑みを浮かべながら言うカルラだったが、他の三人は完全に言葉を失っていた。
それもそのはずだろう。
カルラが出した四人の名前――というよりも呼称――は、彼らが住んでいる大陸にあるダンジョンのダンジョンマスターの有名すぎる名だったからだ。
人の力では絶対に敵わないと言われている彼らの名を知らない冒険者は一人としていないはずだ。
彼らは基本的にダンジョン内で活動していて、ほとんど表に出てくることはないと言われている。
ダンジョンマスターの目的はあくまでも自身の生活圏であるダンジョンの拡大であり、わざわざ外部に出てきてまでくることはない。
例外なのは今彼らの目の前にいるカルラ――『夢幻』のダンジョンマスターくらいだろう。
ちなみに『陰影』はダンジョンの外にとある組織を作っているが、当人が表に出てくることはないと考えられている。
いずれにしても、ダンジョンに来るもの以外との接触をほとんどしないはずのダンジョンマスターから間接的とはいえ言葉が聞けるというのは、例外中の例外と言える。
もっとも、今現在アルカノが聞かされている内容は、彼にとっては全く嬉しくないものなのだが。
完全に色を失って話を聞いているアルカノに、カルラは楽しそうな表情にまま続けて言った。
「それにしてもすごいわね。五大マスターのうち四人から一斉にラブコールをもらえるなんて。私も初めての経験よ?」
どの言葉をとっても行き着く先は自らの死だと理解できているアルカノとしては、全く笑うことなどできない。
これが他人であれば笑い倒すくらいの器の大きさを持っているアルカノだが、さすがに自身に起こる未来で確実にそうなると分かっていれば笑っていることなどできない。
自らの我を押し通そうとすれば確実に待っている未来を想像して黙り込むアルカノを横目で見つつ、ここでザドスが口を挟んできた。
「一つ、よろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「あなたご自身の言葉をまだ聞いておりませんが? 『夢幻』のカルラ様」
ザドスがその呼称を呼ぶと、もはや置物と化していたオーラフがはっきり息をのむ様子が見て取れた。
『夢幻』はこの大陸における最大・最強のダンジョンマスターであり、支配しているダンジョンは一つではなく複数あると言われている。
その姿を見た者は誰もおらず性別すらも分からないとされている。
実際には吸血鬼の女性で、今彼らの目の前にいるカルラがそのダンジョンマスター当人である。
付け加えると『夢幻』が複数のダンジョンを管理しているというのは間違ってはおらず、以前灯たちが攻略をしていたグロスターダンジョンも紛れもなく彼女の支配するダンジョンの一つである。
「――私? そうねえ。特に考えてはいなかったけれど……敢えて言うならこんなところかしら?
『せっかくあの人から会いに来てくれようとしているのに、水を差すような真似は止めてくれない?』――とかはどう?」
どう? ――と可愛らしく聞かれても、その本質は邪魔をすると消すと同じ意味だと分かるザドスとしては、うかつに答えを返すことなどできない。
直接自分に関わることだけにザドス以上にその意味を理解できているアルカノとしては、もはや言葉を発するどころではなかった。
「私や他の人たちが言ったことをどう捉えるはあなた次第よ。でもまあ、折角冒険者ギルドとはそれなりの関係を築けているのだからあなたの『うっかり』が発動しないことを祈っているわ。――少し長くなったけれど、私からは以上よ。それじゃあね」
もうこれ以上の問いもないだろうと判断したのか、カルラは最後にそれだけを言って転移魔法を使ってその場から姿を消した。
そして、カルラが姿を消してから数秒ほど経ってからその場に残っていた三人からそれぞれため息が漏れていた。
実はカルラが自身の言葉としてアルカノに向けて言った瞬間、その場に強烈な圧力が発生していたのだ。
捉え方によって殺気や威圧だと言われるその圧力は、普通に息をするのも難しくなるほどの力があった。
そんな圧力にさらされることになった三人が、それから解放されてようやく安堵することができたというわけだ。
蛇に睨まれた蛙の状態から解放されてようやく落ち着くことができたザドスは、同じようにどうにか落ち着くことができた様子のアルカノに釘をさすように言った。
「総長。言っておきますが、少しでも余計な真似をすれば容赦なく切りますからね?」
「…………わかっている。逆に、ここまでされて自分勝手に動くことができる者がいたらこの場に連れてくるといい。喜んで後任として任命するぞ、俺は」
自嘲気味に苦笑しながらそう言ったアルカノだったが、それを笑う者は誰一人としてこの場にはいないのであった。
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