(21)二組の差

 魔法を扱う者であれば知っていて当然というテンションで話しているカルラだが、魔帝という存在や言葉は一般的なものではない。

 少なくともヒューマンが運営している国家で魔帝と口にしても不思議な顔をされるだけで終わるだろう。

「それにしても、魔帝の存在が人の世界では失伝したというのは知っていたけれど、ここまで完全に忘れ去れるものかしらね?」

 少しだけ面白そうな顔になって言ったカルラに、伸広はため息を返した。

「何を言いたいのかわかるけれど、完全に勘違いだよ。少なくともそのことに関して、僕自身が動いたことは一度もない」

「そう……? ……確かにそれもそうかしらね。あなたの場合は、引きこもっていればいつか解決すると考える方ですもの」

 そう言いながら再びクスクス笑いだしたカミラに、伸広は顔をしかめた。

 その顔は、認めたくはないが認めざるを得ないという顔だった。

 

 これまでの伸広とカルラの会話で、灯たちはもとよりほとんど交流のない志保や夏目も二人がそれなりに親しい間柄ということがわかった。

 ただし、ダンジョンマスターである吸血鬼と一部で魔帝と呼ばれている人の魔法使いがそこまで親しい理由というのが分からない。

 どちらの存在も人の尺度ではありえないほどの長さで生きているので、どこかで交わる可能性はあるのだろうが仲良くなる理由も不明だ。

 とはいえ、この二人に直接この場でそのことを聞けるような勇気のある者は、残念ながらこの場にはいなかった。

 

 当事者である二人を除いた者たちの戸惑いを余所に、伸広とカルラの会話は続いている。

「…………ハア。それで? 君はいつまでこっちにいるんだ?」

「あら。お邪魔扱いかしら? でも、急なことだったのでいつまでもいられないことは確かね。とはいえ、このままだといつまたあなたに会えるかもわかったものじゃないし……」

 カルラのその言葉を聞いて、彼女が何を望んでいるかを理解した伸広はため息をつきつつ返す。

「わかった。いつか必ずきちんと話し合える場を設けよう。それで、いいんだよね?」

 伸広のその答えを聞いたカルラは、言葉で返答することなくその美貌で極上の笑顔を返してきた。

 今の伸広の返答をただのこの場の誤魔化しだとカミラが考えていないのは、こういうときにそういうことをするような人間ではないと理解しているからだ。

 

「そういうことであるならば、早々に退散しましょう。――連絡待っていますよ」

「……この件が落ち着いたら必ず」

 その伸広の返答を聞いてすぐに、来た時とは逆に音もなくカミラの姿がその場から消えた。

 どこに行くとは言っていなかったので推測でしかないが、おそらくダンジョンに戻ったのだろう。

 

 カミラの姿が見えなくなると、その場にいた全員が一度大きくため息をついた。

 それらのため息はそれぞれ色々な意味が込められていたが、一つ共通していたのは大きな台風のような存在が去ったことによる安堵のものだ。

 そして、その安堵からいち早く回復した灯がふと思い出したように聞いてきた。

「あの……師匠? この場合は、第二十一層以降に行ったということになるのでしょうか?」

「うん……? いや、全然関係ないよ。そもそも勘違いしているみたいだけれど、彼女は確かにあのダンジョンのダンジョンマスターだけれど、常に第二十一層以降に侵入した冒険者の相手をしているわけじゃないからね」


「ということは……?」

 伸広の言葉からあることに気付いた忍が、確認するための視線を向けた。

「彼女は彼女自身が強いということもあるけれど、ダンジョンを管理している配下たちが普通ではないくらいに強いんだよ。それこそ、どこかのダンジョンマスターをやっていてもおかしくないくらいに」

 伸広が警戒しすぎるくらいに警戒していた理由が判明して、灯たちは納得の表情になっていた。

 それと同時に、今後もグロスターダンジョンの第二十一層以降に足を踏み入れることはやめておこうといくことも改めて決意できた。

 

「師匠。彼女ともう一度会うことを約束したのは……」

「あの場合は仕方ないことだし……ああ、別に君たちのせいじゃないから気にしなくてもいいよ。召喚者である彼女たちがあそこに侵入した時点で、興味を持たれるのはわかっていたからね。どちらにしても止めることはできなかった、かな? ……もう一度会うことになったのは予定外だったけれど」

「だとするとカルラさんは興味があるということ?」

「そうなるだろうね。彼女本人も記憶持ちで向こうから来たんだし。いわば転生組だよ」


 忍との会話で爆弾を落とした伸広に、それまで黙って聞いていた女性陣は揃ってポカンという顔になった。

「しし、師匠……! 聞いていないですよ! そんなこと言っちゃってもいいんですか!?」

「あれ? 言ってなかったっけ? 別にここで言ってしまうこと自体には問題ないよ。彼女自身も特にそのことを隠しているわけじゃないし」

 伸広がさらりとそう答えると、他の面々は揃ってげんなりとした。

 

 ダンジョンマスター(吸血鬼)をやっている実力者の一人が異世界(地球)の転生者であるということは、彼女たちにとってはそれほどまでに意外な事実だった。

 何がどうなってそんな立場になったのか、非常に興味があることだが、個人情報が関わるだけにここで聞いていいものか気になるところだ。

 灯たちがそんなことを考えていると、ここで話題に間ができたと考えたのか、それまで黙って話を聞いていた志保が口を開いた。


「――あの、ちょっとだけ質問いい?」

「何?」

「あなたはどうやってその事実を知ったの?」

「そうだね。それこそ秘密――と言ってもいいんだけれど、別に隠すようなことじゃないかな。実は記憶持ち転生者とか異世界召喚者とかは、調べる方法が幾つかあるんだよ。一番手っ取り早いのは、やっぱり神様に直接聞くことじゃないかな? 手順さえ守ればわりと簡単に教えてもらえるよ」

 神様というパワーワードの出現に、灯たち三人はなるほどと頷き、志保と夏目は何を言っているんだという顔になる。

 

 この両者の差は、普段から女神の転生体であるアリシアと触れているかどうかの差だ。

 この世界の常識という意味では志保と夏目の反応のほうが正しいのだが、この場においては二人のほうが置いてきぼりになっている。

 そしてその事実に気付いた志保が、忍に向かって言った。

「――ちょっと、何を落ち着いているの! 神様って本気だと思うの!?」

「…………なるほど。これが一般的な反応か。私たちもいい意味でずれてきているんだな」

「同感ねー。ずれを修正する必要はないと思うけれど、きちんと普通の常識を知っておくというのは必要だね」

「そうね」

 忍の志保に対する返しに、詩織と灯もそれぞれ同意する。

 普段から女神の転生体が傍にいるという状況が、どれほど自分たちにとっては利があるかということをきちんと理解できているので、無理にそのずれを修正しようという気にはならないというのが灯たちの現在の総意なのだ。

 

 そんな彼女たちの反応に、志保はしばらく口を半開きにしながら眺めていたが、やがて小さくため息をついて言った。

「――――そう。あなたたちは、そうなのね」

 そんな意味不明なことを言ってきた志保に、忍は首を傾げてから問い――かけようとしてできなかった。

 何故なら忍が疑問を口にするよりも先に、志保が夏目に「行くわよ」と声をかけて動き出してしまったのだ。

「志保?」

「……私たちはもうここにあるダンジョンの攻略はしないと決めた。きっと国元に戻ることになる。そうすればどうなるか……わからないあなたではないでしょう?」

 去り際にそんな言葉を残した志保に、忍はかけることばが見つけられなかった。

 

 結局、志保が最後に言葉通りにシンジョウグループが町から去ったと灯たちが聞いたのは三日後のことであった。

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