(11)罰則なしの規則
とりあえずアリシアからの情報を待つということで解散になったが、サポート君からの通信を切った灯はこれからが本番とばかりに詩織と忍を見た。
ちなみに、サポート君は四六時中つなぎっぱなしというわけではなく、基本的にはダンジョンにいるときだけ繋げられるようになっている。
平常時は女子だけでしたい会話もあるだろうと気遣った伸広が最初からつけていた機能である。
「さあ。それでは、行きましょう」
「……はい? いや、どこへだ?」
「どこって、ギルドに決まっているでしょう。まさか、このまま本気で待ちの状態になるつもりだったの?」
呆れたように言った灯に対して、詩織と忍は気まずそうにお互いを見た。
その様子に、灯は小さくため息をついた。
「まあ……今回のことがなければ気付けなかった私も大きなことは言えないと思うけれどね。何故、師匠はあれだけ情報を隠していると思う?」
「何故って……知らないほうが良いからでは?」
「勿論、それもあると思う。だけれど私は、恐らくそれだけじゃないとさっきの話を聞いていて思ったわ」
「……詳しく」
「詳しくもなにも、一から十まで師匠の言われたとおりに、言われただけの情報で動き回っていたらただの操り人形じゃない。師匠は、きちんと自分たちでも情報を得るようにしなさいと言っているのよ。……きっと」
灯のその言葉に、詩織と忍は納得の表情になった。
何の情報もなしにただただ危険地帯に突っ込むだけの冒険者は、その多くが志半ばでその活動を終えることになっている。
勿論、ほとんどの情報を得られずに、というよりもその情報を得るために現地に赴くこともあるだろう。
ただし、そういう場合は現地に行って少しずつ情報を得ていくことがほとんどである。
というわけで灯たちは、依頼を受ける前も後も最低限の情報を得ることは、それだけで生還率がかなり上がるだろうと繰り返し伸広から言われていた。
灯からその点を指摘された形になった忍は、ここで姿勢を正してから灯と詩織に向かって頭を下げた。
「すまなかった。志保が何かをやらかしそうだと考えたら、つい感情的になってしまっていた」
「別に謝らなくてもいいわよ。私も似たような状況になったら同じようなことになったかもしれないし。それに、忍にしたらここまで感情で動くのも珍しいんじゃない?」
あえて揶揄うような口調で言った灯に、忍は何とも言えない表情になった。
その顔は、自覚があるだけに否定することができないといった感じだ。
「フフ。忍がそんな顔をするのも珍しいわね。――とにかく、ギルドに行きましょう?」
「……ギルド? 志保たちは来たばかりで、あまり情報はないと思うぞ?」
「違うわよ。彼女たちのことは、アリシア様が調べているのでしょう? だったら私たちが調べるのは、そもそもの問題になっている場所のことよ」
「……ああ、なるほど」
本当に現在進行形で頭が回っていないのだと実感と共に理解できた忍は、自分への嘆息と共に頷きを返す。
既に忍の言うことを予想できていた詩織は、少しだけ微笑んで忍を見ているのであった。
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灯たちは、宿での話し合いを早々に切り上げて冒険者ギルドへと向かった。
灯の胸元に下がっているサポート君は相変わらずだが、伸広との通信は切れている。
ダンジョンの情報を独自に得ようとしていることを隠そうとしているわけではなく、単に町の中で不測の事態が起こるわけではないだろうと考えてのことだ。
四六時中繋ぎっぱなしだと伸広の方が落ち着かないだろうという考えもある。
ギルドへとついた灯たちは、さっそく受付嬢のところに向かいダンジョンの情報が欲しいとお願いした。
冒険者がダンジョンの細かい情報を欲しがることは珍しくないのか、その受付嬢は慣れた様子でカウンターとは別の小部屋に灯たちを案内した。
そして、お互いに席に落ち着いたところで、まずは受付嬢から口を開いた。
「――それでは、ダンジョンの詳しい情報をお聞きになりたいということでよろしいですか?」
「「「はい」」」
「そうですか。ただ、情報と一口に言っても魔物の情報から採れる素材まで多岐にわたるのですが、どの情報がお知りになりたいのでしょう?」
「今のところ私たちが知りたい情報は一つだけだ。『何故、グロスターダンジョンは第二十一層以降の攻略が禁止されているのか』だ」
忍の問いに、受付嬢はなるほどと呟いてから一度だけ頷いた。
「…………まず、その問いに答える前にこちらから一つ質問してもよろしいですか?」
思ってもみなかった話の流れに、灯たちは同時に顔を見合わせた。
「それは構わないが、特別な事情があるのか?」
「特別……というわけではありませんが、いきなり質問を返すと怒りだす方々もいらっしゃるので、その前置きですね」
「ということは、この質問をする者は結構いるということか」
「そういうことになります。それでは質問ですが、そもそもギルドがそんな規則を設けて自由が売りの冒険者がまともに守るとお思いですか?」
「いや、それは……それこそ破った者はギルドから追放などの罰則があれば……」
「グロスターダンジョンの入場規制に関しては、特に罰則などは設けられておりません」
受付嬢から返ってきたその答えに、灯たちは一様に不思議そうな顔になった。
罰則のない規則など、それこそ受付嬢の言葉ではないが、律儀に守る冒険者のほうが少なくてもおかしくはない。
だが、少なくとも灯たちがダンジョン傍にいた冒険者たちから仕入れた情報では、その規則を破っている者はほとんどいないように思えた。
だからこそ灯たちは、素直に伸広の言うことを守るつもりでこれまでの行動をしていたのである。
となると、その罰則なしの規則で自由が売りの冒険者が何故律儀にその規則を守っているのかが不思議なところだ。
逆に言えば、罰則などなくともグロスターダンジョンの第二十一層以降には潜っては何かがあると、冒険者たちは経験もしくは成敗冒険者の体験から知っているということになる。
灯たちがそう予想を立てていると、受付嬢はそれを裏付けるようなことを言ってきた。
「冒険者たちにとって罰則なしの規則などあってないようなもの。残念ながらそう考える冒険者が多くいるのも事実です。そして、実際過去に何度も我こそはとギルドに隠れてチャレンジした冒険者は出ています。ですが、ダンジョンから帰ってきた冒険者たちは何があったのかは一様に口を閉ざしていますが」
「……階層に関する話もないのか?」
「そうですね。少なくとも私は聞いたことはありません。他の受付の者たちも同じでしょう。ギルドマスターや国の上層部まで行けばわかりませんが」
そこから予想できるのは、血気盛んな冒険者がそれぞれ口を閉ざすだけの何かかあのダンジョンにはあるということだ。
「ダンジョンから無事に帰ってきているのに、口を閉ざしているというのが分からないな」
「一応言っておきますが、一儲けできる素材などがあるから黙っているという線はありません。そもそもそんな素材が出回れば、噂話として耳に入ってきますから」
「どこか遠くで売りさばいたとしても、か?」
「そうですね。冒険者ギルドは各地にあるので、そこから情報として入ってくるはずです。ですが、そんな情報もなしに実際に潜った冒険者たちは口を閉ざしているというわけです」
冒険者ギルドが禁止されている場所に行った者がそう簡単に口を割るとは思えないが、それでも彼らの口の堅さは普通ではありえないほどだという。
過去からのそうした流れを受けて、ギルドとしては罰則なしの規則を設けているだけで、第二十一層以降に潜ったと思われる冒険者から無理に話を聞こうとすることもなくなっているらしい。
改めて聞けば不思議過ぎる話に、灯たちも首を傾げざるを得ない。
そして、結局のところギルドも大した情報を持っているわけではないということが分かったことで、灯たちは受付嬢との話を終えるのであった。
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