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 クリームや紅茶で汚れた両手で顔を覆い、「酷いわっ!」と――まるで宣伝するかのように大きな声で叫んで、そのままわぁっと泣き出す。


(……おみごと)


 これは、どこからどう見ても『レティーツィアに酷いことをされたマリナ』だ。そうとしか見えない。――なるほど。そうきたか。


 レティーツィアは、わんわん泣くマリナを見つめて、そっと小さく息をついた。


(おそらく、リヒト殿下の気を引くため……よね?)


 アニエルタニス学園では、月一回――あるいは二回、土曜の午後にお茶会が行われる。

 その主催者はアニエルタニス学園だったり世界六国だったりと、その時によって違うけれど、今回の主催はシュトラール皇国。そして、会場の責任者はリヒト殿下だ。


(つまり、何かトラブルがあれば、必ず殿下のお耳に入る……)


 リヒトが一向に彼女に興味を持たず、それどころか鬱陶しがって徐々に敬遠しはじめたため、最近マリナはリヒトにろくに近づけていないと聞いている。

 このあたりで二人がかかわらざるをえない状況を作り、それをきっかけとして大きく事態を動かそうとしたのだろう。


(シュトラール皇国主催のお茶会で、リヒト殿下の婚約者が庶民に嫌がらせをしたとなれば、リヒト殿下自身が事態の収拾に動かなくてはならなくなるものね)


 よく考えたものだと感心する。


(さて、どうしようか……)


 否定したところで、やったやらないの水掛け論になることは目に見えている。


 それでは、リヒトに迷惑がかかるだけで、結局何も変わらないのではないか。


 それならば、一度ぐらい悪役令嬢らしく悪役をやったほうが、マリナの狙いどおり、二人が急接近するいいきっかけとなるかもしれない。


(それでいろいろと軌道修正されて、シナリオどおりものごとが運ぶようになってくれたら、それ以上のことはないような……)


 リヒトの幸せを考えるのであれば、ここは積極的にマリナに協力してもいいのかもしれない。レティーツィアとしては、リヒトが心の底から好いた人と結ばれて幸せになった上で、自身の破滅を防げればいいのだから。


(一度や二度の嫌がらせぐらいで、『生涯のお預け』をくらったりはしないだろうし……)


 少々評判が落ちるぐらい、どうってことない。

 そうなったところで、将来的に婚約破棄をするなら、リヒトに迷惑がかかることもない。


「…………」


 マリナの大きな泣き声に、中庭にいた生徒たちがなんだなんだと集まってくる。

 レティーツィアは立ち尽くしたまま、素早く地面に視線を走らせた。

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