第32話 揺りかご
「ではその膜から出てこられて初めて、人化ができるようになるのですか?」
『いいや、休眠の前に、一回は出来るようにはしておくのじゃ』
コントロールが難しいので、今までアンドレアの前で変化したことはなかったが、すでに成功しているらしい。
「まぁ、そうだったんですの」
『うむ。ただし、あの子らの年齢では変われたとしてもちょびっとだけじゃったがの。一生懸命練習しておったが、一瞬で幼竜体に戻ってしまうという不完全なもの……披露したくなかったのじゃろう』
「それでも、人化された幼いお姿も拝見したかったです! 残念ですわ……」
ラグナディーンが人化した姿は、素晴らしく神々しい美しさなので、絶対に可愛いという核心があった。
『そなたには完全体になってから、見てもらいたかったのであろうのぅ』
「まあ、それは光栄ですわ。楽しみです」
休眠から目覚めれば、人化の術が定着している。
一緒に脱皮も済ませてしまうため竜体も一回り大きくなり、竜族の成人を迎えるのだという……。
『繭を見てみるか?』
「まあ、よろしいんですの?」
『そなたなら構わぬ。我が子らもそうであろうしの』
「では是非お願いいたしますっ」
『よいだろう、妾が案内しよう』
そう言うと、目の前の大きな竜体がするりと人に変化した。
瞬きするほどの時間でなされた変化の術の後、そこには記憶にある通りの、神々しい美貌のラグナディーンが立っていた。
光り輝く黄金の瞳に陶器のように白く透明感のある肌、深い海のような美しい色合いの長く豊かな髪は、光を織り込んだかのように艶やかだった。
この世の美を集めて作ったらこうなるという見本のような人外の美しさを持つ麗しい貴婦人…… 番を持つ竜族であることを示す額の神紋がよりいっそう神聖さを醸し出していた。
一見怜悧で近寄りがたい雰囲気を放つ美貌なのだが、その眼差しには深い慈しみと限りない愛情があった。
じっと見つめられると敬愛する気持ちが自然と溢れ出て、心が温かくなる。
「どちらのお姿も優美で美しゅうございます。また拝見できて大変嬉しく思いますわ」
「ふん……そうかの」
つれない素振りでプイと視線を外されてしまったけれど、愛し子の心からの賛辞にソワソワと目が落ちつきかなげに動き、喜んでくれているのが分かる。
そんな仕草も可愛らしくて素敵だった。
「一の君がことのほか、そなたに会いたがっておったよ。そなたが会いに来ないのならば、自分が行けば良いと一生懸命人化の術を試しておったのじゃ」
「まあ、光栄ですこと。
歩きながらそんな話を聞かされると、一緒に遊ぼうと後をついて回っていた、コロコロとした可愛らしいお姿を思い出して懐かしくなる。
たった一月ほどお会いできなかっただけなのに……畏れ多くも幼馴染みのように想っている方々の事なので、アンドレアも思い入れが強いのだ。
そうして滑るように進んでいくラグナディーンに案内されて着いた部屋には、五つの水の膜が不規則に浮かんでいた。
「我が子らを守る揺りかごよ」
その、空中に浮かぶ水の膜が、幼竜達の身体全体をすっぽりと覆い隠していたのだった……。
水の膜は透明ではなく中の様子を窺い知ることはできなかったが、卵型の大きな繭がドクンドクンと脈打っているのが見て取れた。生命の波動を感じることができてホッとする。
休眠という聞き慣れない竜族の習性には驚いたものの、ラグナディーンによると飲まず食わずの状態が続いても休眠期間中は大丈夫なのだという。
「この繭の中で成長して人型が定着すれば、羽化されて成竜となられるのですね……」
「そうじゃ。なに、もう半月過ぎたからのう、いつ目覚めてもおかしくはない時期になっておる」
「では、あと少しで一の君様達にお会いできるのですね」
それを聞いたアンドレアが嬉しげに尋ねると、神竜は少し切なげに、子竜たちの入った繭を眺めながら言った。
「うむ、成竜になった我が子らに会えるのは喜ばしいことじゃ。しかしのう……今度はすぐ、伴侶探しの旅に出てしまうからの……」
「まあ……でも、すぐと言っても少しは時間はあるのでしょう?」
「いいや。羽化したその日のうちに巣立ってしまうのじゃ」
「そんなに早く……それではお別れする時間が無いに等しいではありませんか」
「……人間のそなたにはそう感じるであろうのう。じゃが、それが竜というものなのじゃ。それほど己の半身を求める気持ちが強いのよ。妾もそうであったからよく分かる」
成る程、それが竜の本能と言われれば仕方がないのだが、別れがすぐそこまで来ていると知らされても、突然のこと過ぎて気持ちが追いつかない……。
「……寂しく、なりますわね」
「なに、また半身を連れて戻ってくるのじゃ。それまでの間、暫し待てばよいだけのことよ」
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