第3話 昼間の三日月 貧乏の匂い

貧乏の匂いというのがある。

貧乏の匂いの正体、それは、化学薬品から造られた匂い。高級ブランドの化粧水を品よく身だしなみに漂わせるものではない。香りではない、匂いである。貧乏臭いというのもある。

 貧乏は、なぜ、人を少し脅かす、そして威嚇的な服をきて、マナー悪く電車など、公共の場にいるのであろうか?事故を起すような、人の迷惑になるような、人を傷付けるかもしれないような、自転車の乗り方をするのだろうか? 

 そう、貧乏人には人の迷惑、という概念はない。人に親切にするという概念もない。自分の行く手を邪魔するような奴はやっつける、自分にむかってくる、自分を恐れない奴が悪い、と思っている。強い勝ったもん勝ち。人が自分に気を使ってくれている、マナーを守るということも想像すらできない。

 親から代々、道徳というものを知らない。弱ければやられる。大切なことは、カッコいいと思われたい、尊敬されたい、自分がすごい奴と思われたい、などであろう。自分が一番、他人のことなど関係ない。自分は自分らしく自然であればいい。道徳のある者は、唯我独尊ゆいがどくそん。道徳を全く知らぬ者は、自分は自分。自分の勝手。俺様が優先。自分の価値感、責任、理想を相手に押し付ける、そして自分の思い通り、期待した通りに行かないと怒る。

 手の届かないものは、自分の意識の中にない。幼い頃から自分の要求は理不尽に却下され続けてきたのである。

 美宇は、男に会うために、まだ売らずに残していた大学時代のブランド品に身を包み、免税店で、買い込んでいた、まだ売り払っていない香水を耳たぶの後ろに、ほのかに香らせた。男にれてしまったかもしれないと思った。兎に角、男に会いたいのだ。抱かれたいのだ。二人は何から何まで、よく合うのである。考え方、SEXの仕方、好きな音楽等々、ずーっと一緒に居たいのである。

 しかし、二人には別々の生き方がある。男はどうも、投資コンサルタントのような仕事をしているらしい。そして、男が独身であるのは確かなようだ。

 美宇とは時間が合わない。先日の出会いがあまりにも奇跡的偶然きせきてきぐうぜんなのであった。

 美宇は、彼から玄関のパスワードを聞いており、彼のいない時、部屋に入ることになる。何もしないのも悪いので、掃除と、夕飯の準備はしておく。材料や必要な物は、男が、部屋のテーブルに置いてあるお金を使う。時給五千円分の働きは、どうやっても出来ない。中々会えない。不思議と欲求不満のような感じになっているのだ。SEX自体は、夫が、毎晩のように、迫ってくる。しかし、どうでも良いというか、面倒なだけなのである。男の身体に抱かれてから、夫では全く物足りない状態。しつこいだけなのである。

 美宇は男に会いたくて仕方がない。

 美宇は、何気なく冷蔵庫をテェックし、生ごみをチェックしている。彼は毎回、ちゃんと美宇の料理を食べてくれているようだ。すこし探偵めいた推理観察ではある。必ずこのテーブルで食べると分かる。そして、今日、美宇は、テーブルの食事の片隅にメモを残す。

 今度の日曜、十一時に近くの河岸公園に行きませんか?そこに公園に子供と行ってます。美宇 その後に大好きなあなたへ、と書きそうになったのを止めた。ストーカーとしてとらえられそうなので。

 美宇は、バギーカーに子供を乗せて、十時には湾岸のマンション近くの公園に来ていた。

 公園を見回し、適当なベンチを探した。そこで、座って待っていようと思った。 男は、先に着ていた。公園のベンチに座っていた。美宇は興奮した。こんな幸せな感覚は、いつ以来であろうか?学生時代?

知らずに彼の方に小走りにバギーを押しながら走っていた。

遅くなりました。といいながら、小首をかしげた。男も苦笑いをしている。

二人とも待ち合わせの時間よりかなり早めなのであるから。

彼の座るベンチの空スペース側にバギーを置いて、座った。彼はバギーの中の赤ん坊をみつめている。子煩悩なのである。優しい顔になっている。美宇はこんな幸せな時間は、止まって欲しいものだと思った。彼と会えない間、彼?は誰といるのだろう?その時彼は何をしているのだろう?と考えてしまう。

 そして、美宇は、彼に、ついに聞いてしまった。

 絶対に聞くべきではなかったのである。

あの~、結婚とか、一緒に暮らしていらっしゃる人とかはいらっしゃるのですか?

 男は、視線を天に向けてしばらく考え込み、暗い目をして静かに語り始めた。

以前は、家庭がありました。妻も、娘も私が殺しました。

聞くべきではなかったのだ。深い海の底に落ちていくような感じがした。二人とも、一気に深い、深い闇の海の底。これから、どうすればよいのか?どう、男と接すればよいのであろか?美宇は、うつむくしかなかった。あまりにも唐突で衝撃的で、なにも思いつかない。男は静かにさらに語り始めた。

私ね、こうみえて、結構優秀なトレーダで、ずーっと忙しくて、世界の投資家相手にコンサルと、お金の運用をしてきました。家庭なんて、ないようなものです。全財産、毎月の給料さえ、自分の口座に投資していた。妻が、娘の進学や教育やでお金が全然工面できなくなっていて、ノイローゼになっているのさえ気が付かなかったんですよ。明るく、社交的な妻は、娘の関係の親たちとの付き合いや、娘にひもじいおもいをさせないようにと、懸命に努力してました。私には何も言わずにです。私は何も気づいてあげられなかった。何かあれば、相談してくれると思っていました。妻は、私に気兼ねばかりして、怒られると思って何も言えなかった。そして、母子無理心中をしてしまった。私が殺してしまったんです。少しでも、わずかでも耳を傾ける時間があれば、相談してくれれば何とかなったものを・・・

 男の頬を涙が伝う。美宇は、ハンカチでそれをそっと拭いてやった。やはり聞くべきではなかったのだ。どうしてよいか?どうするべきなのか?分からない。美宇は、思う。どうしてよいか?どうするべきなのか?分からない。分かろうとして無理に結論を出すと、まちがった考えにおちる。じたばたしても事態はかわらないのである。

 そして、悩んでいるうちは、意識の焦点がつい不安なことひとつにしぼられがちになる。そこばかり気になってどんどん苦しくなる。意識をひろげてものをみて、今のそのままをみる。この男と生きていこう。二人、半分づつでも生きていこう。目立たなくても、薄っすらでも、昼間の三日月のように。そして、いつか、二人は輝くであろう。


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