第10話:朝日
「・・・なんでいつも最後はああなるんだ。」
何故1日の終わりに決まって俺弄りがあるのだろう。スパッと「お疲れ様でした」と帰れることがほぼ無い。毎日コハルだったりヨギリだったりが余計な事を言い始める。そしてその結果、全員に遊ばれる羽目になる。
「さっさと帰ろ・・・。」
胡蝶を出て歓楽街を歩く。早朝の歓楽街は水を打ったように静まり返っており、どこか物寂しい。夜のあの賑わいが嘘のようだ。
猥雑な雰囲気漂う歓楽街を抜け、レストランや酒場が軒を連ねる飲食街の方へと歩みを進める。食事を取ってから家に帰るのが俺の仕事終わりの日課。まあこの時間なので、軽食しか提供されていないのだが。
見通しのいい通りに出ると、朝日を遮る物がなくなる。夜の街で生きる俺にとってその光はとても眩しく、目に染みる。仕事柄どうしようもない事ではあるが、やはりこの時間に帰るというのは何時になっても慣れない。街が目覚めるこの時間、大勢の人が活気に満ちた顔で仕事へ向かう中、眩しい朝日に照らされながら疲れ顔で1人家に帰るというのはどうも切ない。
「今日は何食べようかな・・・。」
そんな事を考えながらだらしなく歩いていると、背後から声を掛けられる。
「ハルさん、ハルさん。」
振り返ると、そこにはコハルが女神のような微笑みを浮かべながら立っていた。しかしうちの嬢が外で声を掛けてくるなんて珍しい。何か問題でもあったのだろうか。
「コハルさんじゃないですか、どうしたんです?」
「たまにはハルさんとお食事でもと思いましたの。駄目ですか?」
これは・・・アマネが余計な事でも言ったのかと疑ってしまいたくなるタイミングだ。嬢に誘われたら付き合わなくはないと昨晩アマネに言ったばかりだ。
だがそれはないと直ぐに思い直す。アマネはあんな性格だが、2人の時にした会話を周囲に言いふらすような女ではない。
「そうなんですか・・・うーん、どうしましょうね。」
俺の事を誘ってきた真意はさておき、コハルを連れて街を歩くのは如何なものか。胡蝶のナンバー2ともなれば相当な有名人。そんな彼女と出掛けてよからぬ噂が立つのはよろしくない。今こうして話しているのも誰かに見られたらどうしようと心配で気が気ではないくらいだ。
「ふふ、その辺りは大丈夫ですわよ?私のことはその辺りにいる普通の女にしか見えていませんもの。それに今の私は私服で髪型も変えてますわ。」
俺が気にしていた事を的確に言い当て、しかも対処までしているとは・・・さすがコハル。
「認識阻害系の魔法?」
「ええ、そうですわ。ちなみにハルさんにもかけてあります。なので私達が胡蝶の関係者だとは誰にもわかりませんわ。」
いつの間に俺に魔法をかけたのだろう。しかしどうやら逃げ道はなさそうだ。俺が断るのに使うであろう理由を全て潰してくる。
「それにしてもコハルさんの私服、久々に見ました。その髪型も可愛いですね。」
「ふふ、褒めて頂けて嬉しいですわ。」
コハルは白いワンピースにベージュのブーツを履いており、彼女の桃色の髪と水色の瞳にとてもよく合っている。普段は娼館の中でしか顔を合わさないので、コハルのこういう私服姿は新鮮だ。仕事中は背中に流している美しいロングヘアも、今は後ろで束ねており、娼婦の時の彼女とは雰囲気がまるで違う。娼館ではドレスを着た美人で妖艶なお姉さんのコハル。だが今は可愛らしい20歳前後の女の子といった感じだ。
「あ、コハルさんってところで幾つなんです?」
コハルの本当の年齢を俺は知らない。20歳前後と言ったが、それはあくまで見た目の話だ。コハルはエルフ族なので、鬼人族のアマネのように数百歳の可能性は十分にある。
「・・・ハルさん?女性に年齢を聞いてはいけませんよ?」
あ、コハルの目が笑ってない。めっちゃ怖い。
しかしこの反応を見るに、アマネと似たような感じなのだろう。ちなみに狐人族のヨギリの年齢もはっきりとは知らない。ただ「次にそんなこと聞いたら折檻したる!覚悟しいや!」ともの凄い剣幕で以前言われた事がある。という事はあれもきっと化け狐なのだろう。
「余計な事を考えてますわね?お説教しますわよ?」
「はい、すいませんでした。」
怖い。ただただ怖い。
「それでハルさん、ご一緒しただけるんですの?」
まあ偶にはこんな美人と食事するのも悪くないだろう。それにこうしてコハルがわざわざ誘って来たのだ、何か大事な話でもあるに違いない。
「わかりました、ご一緒させて頂きます。」
「断られないでよかったですわ。それでは早速行きましょう。お店は私に決めさせてくださいませね?」
どうやらコハルは行きたい店があるらしい。エスコートしなければいけないのかと思ったが、その必要はなさそうだ。
「わかりました、ではコハルさんについていきますね。」
「・・・あとその口調、もうよろしいのでは?今は仕事中ではありませんのよ?」
不機嫌そうな顔をするコハル。
確かにコハルの言う通りだ。仕事中ではないのだからこの話し方をする必要はない。しかし俺の丁寧口調は何故こんなにも評判がよくないのだろう。コハルだけでなく、アマネにもヨギリにも止めろと毎日のように言われる。
「・・・わかった。じゃあコハル、飯に行くか。」
「はいっ!」
口調を崩した途端、満面の笑みを浮かべるコハル。
――俺の丁寧口調はやはり本当に評判がよくない。
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