第8トイレ 8だけにね

「ぶわあああああああん!!!!」


コーラを買って部室に戻ってきたら、そこそこの年齢の大人が、大声で泣きじゃくっていました。

なんてラノベのタイトルみたいに長い状況。綾ちゃんが、その泣いている大人の頭を優しく撫でている。一見すると、どっちが大人なのかわからないくらいだ。


それに比べると、横であわあわしているだけの運ちゃんは、まだ子供だなぁなんて思うけど。


……えっと。

このそこそこ長いモノローグの間に、あのそこそこの年齢の大人の名前を思い出さないと。

いや無理だな。諦めた。そのうち思い出すわ。うん。


「先生。こんなところで泣かないでくださいよ。部室の湿度が上がります」

「ぶるわあああん!!針岡くうううん!!!」

「ア○ゴさんの声優さんのものまねみたいになってますけど。大丈夫ですか?えっと綾ちゃん。何があったのこれ」

「運ちゃんに訊いた方がいいわよ?」

「運ちゃん、なにがあったの?」

「あわ、あわわあわ」

「綾ちゃん?」

「ごめんごめん。運ちゃんがあわあわしてるのが面白かったから、あわあわタイムを意図的に作り出しただけよ」

「性格の悪さマイレージで車が買えそうだね」


あわあわ運ちゃんと、めそめそ先生。どっちから落ち着かせようか迷ったけど、先生の方は綾ちゃんが面倒見てくれてるので、俺は運ちゃんの方に行こうか。


「あのさ、運ちゃん。あわあわするなら、せめて立ってからにしたら?あんまり椅子に座りながらあわあわしている人、俺見たことないんだけど」

「あわ、あわわ。わわわ」

「ダメだこりゃ。ほら運ちゃんコーラ飲んで」

「んぐぅ、んぐっ、ふぅ……」

「落ち着いた?」

「あわわあわっわっわわ」

「しまった。あわあわしてる子に、あわあわしてるジュースを飲ませたから。あわが二倍になってしまった」

「そんなことあるわけないじゃないですか」

「お、治ったね」


コーラをそのまま手渡してみる。ゴクゴクと、真夏、家に帰ってきたばかりの小学生みたいな豪快な飲み方を見せてきたので、思わず、手を洗ってからにしなさいよ!なんて注意をしそうになってしまった。


「……ゲップが出そうです」

「お疲れ様。さて、状況を説明してくれるかな」

「いきなり阿岸先生が教室に入ってきて、そのまま綾ちゃんさんに抱き着いたかと思うと、泣きだしたんです。びっくりして、思わずあわあわしてしまいました」

「そうそう。阿岸先生だ」

「え?」

「いや何でもないこっちの話。そっか。じゃあいつも通りだから、安心していいよ」

「いつも通り……?」


阿岸先生が、合コンで失敗したとか、合コンで失敗したとか、合コンで失敗したとかで、この部室に飛び込んできて泣くのは、もはや恒例行事と言えるくらい。

そのたびに慰めてる綾ちゃんの身にもなってほしいけど、「この人たまにお食事券くれるから、憎めないのよね……」という、先生を思いやる清く正しい気持ちによって、この関係は成立している。


「ぶおおおおお」

「泣き方のレパートリーを見せてきてるところ悪いんですけど、先生。今日はどんな合コンで失敗したんですか?」

「合コンって決めつけないでよ!」

「合コンじゃないんですか?」

「オンライン合コンだよ!!!」

「なんですかその地雷臭だけで作り上げた合コンは」


そもそもまだ放課後になってから、一時間も経ってないのに、もうすでに一つ合コンを失敗させてきたのか?この人は。すごいな。トイレより合コン行ってそう。


「オンラインで、顔を晒さずに合コンするの!」

「そんなのどこでやってたんですか。まさか職員室ってことはないだろうし」

「視聴覚室だよ」

「うわぁ。確かに誰も使わないことで有名な特別教室ですけど」

「あそこのパソコンが一番性能が良いの!今回は声だけで判断されるわけだから、気合入れて、のどあめもたくさん食べてきたのに……」

「舐めるものですよあれは」


先生が死んだ目でバリバリ飴を噛んでるところを想像したら、めちゃくちゃ背筋がゾッとした。ホラーじゃん。


「聖ちゃん。これを見てあげて」

「なにこれ。水筒だね」

「この中には、のど飴を溶かして作った、阿岸先生特製のドリンクが入ってるらしいわよ。ちょっと飲んでみたら?」

「いや、あのね」

「ダメダメ!そんなことしたら、先生と針岡くんが、間接キッスすることになっちゃうじゃない!ダメよ教師と生徒で間接キッスなんて、先生こうふ……、とにかくダメ!」

「あの、で、オンライン合コンは、何がダメだったんですか?」

「参加者が全員女の子だったの!」

「酷い企画倒れですね」

「びいいいいいい!!!」

「ちょっと聖ちゃん?先生が泣いちゃったじゃないの。な~かした~な~かした」

「やめてよその小学生みたいな煽り。いいからコーラ飲んだら?」

「ありがとう」


しかし先生も、よくまぁこんなに泣けるなぁと思う。逆に関心……ん?


腕を誰かに引っ張られているなぁと思ったら、運ちゃんだった。いや、運ちゃんしかありえないけど。


「どうしたの?」

「……あの」


運ちゃんは、コーラを両手で握ったまま、頬を赤くして俯いている。一体どうしたのだろうか。


「え、おしっこ行きたいの?」

「デリカシーの欠片も無いですね!おしっこはさっき済ませてきました!」

「それを報告する必要もないけどね」

「……と、とにかく、違いますから」

「なに?」

「せ、聖ちゃんさんは、間接キッスで、ドキドキするのでしょうか」

「どうかなぁ」


俺の意識する異性と言うと、綾ちゃんなんだけど。

綾ちゃんとは昔から一緒だし、今更それくらいでドキドキなんてことはない。


「何でそんなこと訊くの?」

「……私と、間接キッス、しませんか?」

「おっと」

「聖ちゃん。先生は私が抑えてるから、その間に済ませなさい」

「ちょっと!神川さん離して!目の前で生徒が淫らな行為に手を染めようとしているのを、絶対見逃せない!生徒を正しい方向に導くのが、教師の仕事なの!」

「オンライン合コンとかやってる人に言われたくないんですけど……」

「ぶんんんあんんあんいあいん!!!!!」

「こら聖ちゃん。先生に正論言っちゃダメって、いつも注意してるでしょ?」

「あの」


またしても、運ちゃんが服を引っ張てきた。

頼むからその、ちょっと照れた感じでこっちを見つめるのやめてくれないかな。マジで可愛いから。


「私が、コーラを飲みます。そしたら、次は聖ちゃんさんが飲んでください」

「いや、もう運ちゃんそれ飲んだでしょ?今すぐ俺が飲めばよくない?」

「お、女の子には準備が必要なんです!」


運ちゃんが、コーラを飲み始めた。

ゴクゴクと、砂漠に湧いたオアシスの水を貪るかのように。


そして、やがて飲み終わると、空になったペットボトルを、手渡された。


「どうぞ。好きにしてください」

「運ちゃん。これに俺が口をつける理由がなくなったんですけど」

「……しまった」

「学習能力、Fランクね」

「綾ちゃんそれはもう記入してあるよ」

「びえええん!!!」

「うわ、運ちゃんも泣くのかよ……」


こうして、オカルト研究部の部室からは、二つの泣き声が響くことになり。


……後日、放課後聞こえる不気味な鳴き声として、高校の七不思議に追加されたらしい。それはもう八不思議じゃない?なんてツッコミを添えて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る