第185話 エピローグ3


「火竜鏢よ!焼き尽くせ!」


 上空の機械種へ向けて火竜鏢を投擲する。


 灼熱の炎を彗星のごとくたなびかせながら、機械種の胸の辺りに吸い込まれるように・・・




 ガキン!



「え、嘘!」



 火竜鏢は相手に突き刺さることなく弾かれて、フラフラと俺の手に戻ってくる。

 本来であれば突き刺さった相手を炎上させるはずなのだが。



 馬鹿な!


 ・・・いや、しまった。空間障壁か!


 上位の機械種なら、その能力を持っていても不思議ではない。

 



 火竜鏢を七宝袋へ収納し、代わりに降魔杵を呼び出す。


 重力であれば多少なりとも空間に影響は与えられたはず・・・


 右手に降魔杵を構えて、上空の機械種へ狙いを定める。

 

 相手は悠然とした態度で俺の攻撃を待ち構えている。

 その表情は自分が傷つく等考えられないといったような自信に満ちていた。



 クソッ!

 それはコイツを喰らってからしろ!




「降魔杵よ!押し潰せ!」



 降魔杵を機械種目がけて投げつける。


 一直線に上空の機械種へと直撃するが・・・




 ガキン!




 これまた、何の打撃も与えることができずに弾かれてしまう。



 なぜ!

 超重力が発生したはず。

 現にアイツの真下の地面は重力を受けて陥没しているのに。


 いかに空間障壁と言えど、その身体全体にかかる重力は避けられないはずだ。




「ふはははははは。無駄だよ。いかなる攻撃も我には無力。あらゆる力は私の前では向きを変え、我を傷つけることは無い」



 力の向きを変える?

 ベクトル操作か?

 クッ、どこかで聞いたような能力を使いやがって!


 しかし、本当にベクトル操作だとすれば厄介だな。

 物理や炎はもちろん、重力や電撃さえも届かない可能性がある。

 効きそうなのは概念系か。禁術であればおそらく通用すると思うが・・・


 または、空間系・・・倚天の剣ならイケるかもしれない。


 しかし、ここから飛び上がって切りつけるのはちょっと難易度が高い。

 届かない距離ではないが、一撃で仕留めないと、さらに上に逃げられたらどうしようもなくなってしまう。

 さらに倚天の剣には剣の技量を上昇させる能力は無いから、素人の剣術でどれだけ命中させることができるかどうか不安だ。


 どこかで決定的な隙を見つけなくては・・・






「ふむ。そろそろこちらの番かな」


 上空の機械種は、俺を見下ろしながら、その手を俺に向けてくる。


 何をしてくるつもりだ。

 レーザーか?それとも砲撃か?


 おそらく俺の身体には通用しないと思うが、直撃を受けるのも面白くは無い。

 光速のレーザーを避けるのは現実的ではないが、砲撃くらいなら華麗に躱したいところなんだが。



 こちらに向ける手のひらを見つめ、何が飛んできても避けることができるよう体勢を整えていたところへ・・・





 俺の視界が白で埋め尽くされた。




 いや、俺の眼球の表面の水分が一瞬で凍り付いたというべきか。

 眼だけではない。俺の体の表面にびっしりと霜が張り付いている。


 こ、これは冷却攻撃。


 吸い込む空気が、氷を直接飲み込んだように冷たく感じる。

 もちろん体感だけのことで、実際は零下マイナス何百度といった極冷気なのだろうが。


 体を動かすとバリバリと表面の氷が砕ける音が聞こえる。


 ええい!氷を剥がすのが面倒だ。


 さっきは役に立てなかった火竜鏢を呼び出して、俺の身を炎で包ませて溶かすことにする。


 この炎は俺の身を焼くことは無い。

 火竜鏢の本気の炎ならともかく、単に暖を取る為の炎だ。

 そこまでの出力は出していないからな。


 



 

「ほう、冷気も効かぬか。では、これはどうだ!」


 上空の機械種から繰り出される次なる攻撃は、黒い霧のようなものを吹きつけてくる・・・


 なんだこれは?

 単なる目くらましか?


 俺に吹き付けられて黒い霧は、10秒程俺に纏わりついて消えていく。


 ・・・特に何の影響もないようだが?



「ふむ。やはり毒は効かぬようだな。ダンジョンの時は神経毒であったが、溶血毒ならどうかと思ったが」


 おい、何てモノを吹き付けてきやがる!

 多分効いてはいないと思うけど・・・念のため、解毒丹を飲んでおこう。

 

 

「どのような理屈で毒を無効化しているのか、興味はあるが・・・では、次だ」


 

 そう言って、上空の機械種は前と同じように手を俺にかざす。


 その手から何かが発生しているようには見えないが・・・



 


「ふむ。これも効いていないか?ますます生物なのかどうか分からなくなってくるな」


「ちょっと聞いていいか?さっきのは何だったの?」


 手をあげて上空の機械種へ質問してみる。


 不可視の攻撃なんてちょっと怖い。

 何かを俺に放っているんだと思うんだが。


「ただの放射線だ。生物なら一瞬で全身の細胞が癌化するはずなんだが」


「コラ!何てモノをぶつけてくるんだよ!いくらなんでもそれはないだろうが!」


 だ、大丈夫なのか?俺?

 被ばくしていない?

 放射線って結構残ったりするって・・・


 ひいいいいいいい!!!


 コイツ、ヤバい!


 さっさと片づけないと、もっとエゲツナイ技を使ってくるかも?


 何か対応手段を考えねば・・・







 アオオオオオオオオオオオオォォォォン!!!




 俺が頭を巡らせようとした時、大音量で荒野に響く狼の遠吠え。


 思わず、聞こえてきた方向へ眼を向けると、遥か向こうの先に見える巨大な狼の姿。


 距離があるからおよそでしかわからないが、小さく見ても高さ20mはありそうだ。

 まるで狼に形をしたビルがそびえ立っているかのよう。



「巨大狼の機械種・・・それにしても大きすぎる」



 超重量級の機械種に違いない。

 俺が未来視で見た物の中でも1,2を争う大きさだ。


 しかし、一体なぜあれ程の大きさの機械種が現れた?





「ほう、大分苦戦していたのだな。アレを呼び出すまで追いつめられていたのか?」


 上空の機械種は、誰に向けてという訳でもない独り言をぽつりと呟く。


 ひょっとして、あの紫髪の機械種が呼び出したのか?

 ヨシツネのヤツ、大丈夫か?2対1になってしまっているぞ。


 早くコイツを倒さなくては・・・

 それにはせめてコイツの名前を見つける必要がある。


 何か手がかりは無いか?


 

 コイツの姿形は、男性、白髪、白い肌、高貴な雰囲気、美青年。

 能力は多彩だ。ベクトル操作、冷気、毒、放射線。そこから絞り込むのは難しい。

 しかし、最初に眩い光とともに現れた。権能とも言っていたから、太陽、火、若しくは光を司る神の可能性が高い。

 

 そして、あの紫髪の機械種と近しい関係にある。


 ここから割り出される存在は・・・



 駄目だ。絞り切れない。

 太陽神や火の神や光の神なんて、いくらでもいるぞ。

 せめて神話体系だけでも分からないと・・・




 アオオオオオオオオオオオオン!!




 またも狼の遠吠えが響き渡る。


 俺がダンジョンであった巨狼よりも遥かにデカい。

 どうも俺は狼型機械種に縁があるようだ。


 ウルフ、ダイヤウルフ、ヘルハウンド。

 そして、ダンジョンで出会った巨狼。

 狼系の上位モンスターであれば、あれはオルトロスといったところか。

 これが三つ首ならケルベロスであっただろう。


 では、あのオルトロスよりデカい狼は一体何のモンスターなのか?


 オルトロスより上位の狼系モンスターなんて、フェンリルくらいしか・・・






 フェンリル!!! 

 みんな大好きモフモフ!

 ネット小説のお供モンスターNo.1!


 いや、違う。

 北欧神話に出てくる主神を食い殺した巨大な灰色狼。

 ゲームでも狼系モンスターの中でも最上位クラス。


 もし、あの巨大な狼がフェンリルだとすれば・・・


 

 フェンリルは終末の獣と呼ばれ、北欧神話におけるトリックスター的存在である狡知と奸計に長けた神、ロキの息子だという。


 アレがフェンリルだとすれば、それを呼び出したというあの紫髪に機械種はロキの関係者、若しくはロキそのものではないだろうか。


 あの人をおちょくった様なフザケタ態度。

 道化師のような服装。

 

 北欧神話でも狂言回し的な役割を持っていたロキ。

 狡猾で悪戯好き、トラブルメーカーとして、物語を引っ掻き回す男神。

 

 あの紫髪の機械種の言動を見るに、やはりロキの名を与えられた機械種である可能性が高い。

 

 だとすれば、この白髪の機械種は同じ北欧神話の神の一柱だと考えられる。



 そして、北欧神話において、コイツに該当しそうなのは・・・光の神とされる2柱のどちらか。

 バルドルか、それともヘイムダルか。

 どちらも名前の意味に『白』が含まれている。


 ・・・いかなる攻撃も効かないという点から、おそらくバルドルだろう。


 俺の火竜鏢も降魔杵も跳ね返した能力は、バルドルが持つ誰にも傷つけられないという能力を模したものか。


 


 名前さえ分かれば、こちらのものだ。禁術で無敵能力を禁じてしまえば・・・



 ・・・いや、難しいな。


 まず、禁じようとする能力の名前が分からない。

 この術は対象の正確な名前が必須となる。

 『無敵能力』とか、『誰にも傷つけられない能力』とか、曖昧過ぎる。

 向こうが、この能力は『○○○○○だ』とでも言ってくれたら別だが、それを期待するのは無謀だろう。


 さらに、バルドルという名前の綴りがそれで正しいのかどうかも不明。

 元々古代ノルド語の名前だし、書籍によっても『バルデル』、『バルドゥール』、『ベルデル』と呼び方も多岐に渡っている。



 さて、どうするか?

 ダメ元で禁術を試してみるか、それとも別の手段を探してみるか。

 せっかく名前も分かったのだし、何か対抗策が見つかるかも・・・


 


 バルドル・・・

 北欧神話の主神、オーディンの息子。

 そして、誰にも傷つけられない能力を与えられ、その唯一の例外となったヤドリギの矢により死亡した神。


 つまりバルドルの弱点はヤドリギの矢ということだ。

 しかし、これはあくまで神話での話で、その名を受け継いだだけの機械種がそこまで反映しているとは限らない。


 そもそもヤドリギなんて持っていないし・・・

 部屋にも置いていないだろうし、仙術での無から作り上げるのは難しい。

 何か近しいモノから変化させるなら大分難易度は低くなるのだけれど。




 その時、俺の目に入ったのは、ヨシツネにより切り飛ばされたロキの右手・・・の中にある赤いバラ。


 

 上を見上げると、機械種バルドルはまだ向こうの戦闘を注意を向けている。

 

 この隙に倚天の剣で切りかかってもよいのだが・・・

 



 そっと移動して、身を屈めて赤いバラを拾い上げる。

 ロキがそうしていたように指の間に挟んで、目の前に持ってくる。


 確か漫画で赤いバラを矢のようにして飛ばす技があったような・・・


 ならばこれを使って・・・


 ダメ元で試してみるか。




 腰の辺りの仙骨からエネルギーを吸い上げて、指先を通じて赤いバラへと注ぐ。


 唱えるのは、普段全く役に立たない仙術・・・五行の術。



「木行を以って命ずる。バラよ。ヤドリギとなれ!」


 

 俺の指に挟んだバラが一瞬のうちに、緑の葉をもったヤドリギへと変化。


 そして、指で挟んだヤドリギを、上空の機械種バルドルに向けて。



「続けて木行を以って命ずる。ヤドリギよ。矢となって敵を貫け!」



 俺の命を受けたヤドリギはその身を矢と変えて、上空の機械種バルドルに向かって飛んでいく。



 バルドルはチラッと俺を横目で見ただけで、特に行動を起こそうとしない。

 それだけ自分の無敵能力に自信を持っているのだろう。




 カツンッ




 固いものに当たったような音とともに、ヤドリギの矢がバルドルの身体の表面で弾かれる。




 そして、そのまま地面に落下していき・・・





「がああああああああ!!!!貴様!何をした!!」





 ヤドリギの矢が地面に落ちると同時に、機械種バルドルが叫び声を上げた。





「ああああああ、なぜだ?自壊プログラムが発動した!何を、何をしたんだ!貴様!!」




 上空の機械種バルドルは、自分の身体を抱え、苦しむように悶えている。

 そして、その身に入る無数のヒビ。


 ボロボロと表面が剥がれ、砂のように細分化されながら崩れていく。




 やがて、上空に留まる能力も失い、地面へ落下。


 その時すでに、その体は砂の塊のようになっていた。



 






 まさか、これほどの効果を出すなんて、思いもよらなかった。


 これは機械種バルドルの弱点を突いたということだろう。

 

 神の名を冠した機械種は、能力と同時にその弱点も背負っているということか。


 しかし、残骸も残さず塵になるなんて・・・






 俺は地面に落ちた砂の塊へと近づく。


 そして見つけたのは・・・


 砂の中に埋もれていた、赤よりも赤い、緋の色をした丸い石。


 それはソフトボールくらいの大きさ。

 紅姫である機械種カーリーから取り出した紅石と比べてかなり小さいけれど、内に秘められたエネルギーはそれ以上に感じる。


 透明な水晶にあふれ出る鮮血を閉じ込めたような色合い。

 ぐるぐると渦を巻き、中で小宇宙でも形成しているような模様。



 紅色をした石が紅石というのであれば、これはきっと緋の色をした、緋石というべきものだろう。



 おそらくは紅石以上の価値を持つもの。


 これを手にした俺は、人類で何番目なのだろうか?

 そもそも俺より前に手に入れたヤツはいたのだろうか?


 なぜかそんな言葉が俺の頭の中に浮かんできた。


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