第156話 無力
「えっと・・・白の契約に基づき・・・、汝に契約の履行を求める。従属せよ・・・」
途切れ途切れになりがちだが、何とか文言を唱え、ラビットとの従属契約を結ぶテルネ。
テルネが座るベットの上に置いたラビットの目が青く輝く。
「よし、これで成功だ。このラビットはテルネの物だよ」
「あ、ありがとう・・・ございます、ヒロさん・・・」
テルネが顔を赤面させながら、俺に礼を言ってくる。
ほんのり上気した顔は、男性と2人きりでいることへの緊張感のせいなのか、それとも病弱体質による発熱のせいなのかは分からない。
でも、あまり体調は良くなさそうなのは間違いない。
元々生気の薄い雰囲気がさらに薄くなっていて、存在感まで減らしているかのように感じられる。
この様子だと、数年は持つのかどうかといったところではないだろうか。
いや、そうはさせない。その為に俺がここに居るんだから。
「もう皆は・・・ラビットちゃんとの契約を終わらせたのですか?」
遠慮がちのテルネの質問。
多分、自分が依怙贔屓されていないのか気になっているのだろう。
「ああ、もう皆終わらせたよ。カランは出張中だから、帰ってきてからになるけど」
「じゃあ、下はラビットちゃんでいっぱいなんですね・・・凄い」
「今日の夕食は食堂で食べてみるかい?皆連れてくるだろうと思うし・・・あ、そうだ。今日の夕食はブレッドブロックっていう物が出るから、楽しみにしておいて」
ちょっと一悶着あったものの、最終的にはチームトルネラに置いてくれることとなった。
ブレッドブロックなら原価的にはシリアルブロックとほぼ変わらないけど、美味しさはその上のライスブロックに匹敵する。
皆の食事ランクが一つアップすると言えば分かりやすい。
「はい・・・、体の調子が良くなったら、食堂に出てみます」
ほんの少し表情を陰らせて答えるテルネ。
その様子から食堂に出るのは難しそうだ。
しまったな。逆に落ち込ませてしまったかも。
そんな主人の落ち込んだ様子を見て、従属したばかりのラビットが鼻をフンフン言わせながらテルネに近づいてくる。
おお、なんと気の利くラビットだ。ちょうど良い。利用させてもらう。
「ほら、撫でてごらん。もうテルネの従属している機械種なんだから」
「はい・・・、こうですか?」
テルネはその手は恐る恐る伸ばして、ラビットの顔を撫で擦る。
「ちょっと・・・冷たいかな。あ、でもスベスベしてます」
「まあ、金属だからね。プラスチックぽい部分もあるけど」
「顔を・・・くっつけると、冷たくて気持ちがいいです」
頬ずりするかのように顔をぺったりとラビットの顔にくつけている。
やはり熱があるのだろう。
早めに用事を済ませた方が良さそうだ。
「テルネ、もう一つお土産があるんだ。シュガードロップみたいなものなんだけど・・・」
胸ポケットから、前にナルに渡した「低糖フルーツキャンディ(甘さ控えめ)」を召喚する。
そして、同時に仙丹を作り出す。
「はい、あーんしてごらん。とっても甘いよー」
「あ、あの、ヒロさん?」
キャンディーをつまんで迫る俺に、戸惑うテルネ。
あれ?キャンディーと一緒に仙丹を口に放り込む作戦だったが、ちょっと甘かったか?
しかし、ここまできたらやり切るしか・・・
「ほら、前にナルにもあげたことがあるんだよ。とっても美味しいって言ったんだ。絶対テルネも気に入るって」
ここは強気に行くしかない。
多分テルネなら押し切れるはず。
「え、えっと・・・」
テルネの目は、俺が差し出しているキャンディーと、俺の顔を行ったり来たり。
しばらく悩んでいるようだったが・・・
俺の強い視線を見て、抵抗を諦めたのか、口を小さく開けるテルネ。
おちょぼ口というのだろうか。小さいから狙って放り込むのは難しい。
つまんで口の中に入れるしかないなあ。
まあ、流石にこのくらいの少女にエロチックさは感じない。
ナルみたいに不意打ちで指を舐ってくることもないだろうし。
小鳥に餌付けする親鳥のように、ひょいっとキャンディーと仙丹を押し込む。
「あ・・・、あ、甘い!」
初めにちょっと違和感があったようだが、初めて味わうキャンディーの甘さにそれどこれではない様子。
「凄い・・・甘い、はあ・・・」
その甘さにテルネは蕩けるような顔。
ふにゃっとしたような表情のテルネは、より幼く見えて可愛さが引き立つ。
サラヤがお姫様みたいと表現したのも分かるなあ。
一つ一つの挙動が洗練されていて、調和がとれている感じ。
それがお淑やかな雰囲気と相まって、上品に振る舞っているように見える。
おそらく体が弱いことが、そのゆっくりとした動作を産んでいるだろうけど。
これから元気になって、違う雰囲気を纏ったテルネも見られるはずだ。
それまではこの少女の幸せそうな顔を眺めておこう。
「ありがとうございます・・・こんな美味しいものを頂いて・・・。こんなに甘いのは生まれて初めてでした」
消え入りそうな小さい声だが、はっきりと俺への礼の言葉を述べる。
頬を赤く染めた顔、活動感が感じられない細い身体、そのまま消えてしまいそうな雰囲気。
その様子は、さっきまでのテルネと比べれば、少しは元気になったような気もするけれど・・・
え、なんで!
仙丹を丸ごと与えたのに、この程度の効果なのか?
もっと劇的に元気になると思っていたんだが・・・
効果が出るのに時間がかかるのだろうか?
予想外の結果に、少し戸惑いを隠せない。
しかし、今まで仙丹を使用してきた時はすぐに効果を発揮していた。
今回だけ時間がかかっているというのは、ちょっとおかしい・・・
考えたくはないが、もしかして・・・
今まで仙丹で治してきたのは外傷だけだ。
デップ達の傷も、ジュードの傷も、俺の自傷も・・・
ひょっとして、俺の仙丹は病気を癒すことができないのか?
それでは、俺ではテルネを元気にしてやることができないのか!
「あの・・・ヒロさん。こんな素敵な物を頂いて・・・私からは、こんなものしか返せなくて・・・」
俺が内心パニックっているのを知らず、テルネは布のようなを俺に差し出してくる。
それは、深緑色と灰色のストライプが入ったハンカチ。
俺が希望したテルネからの贈り物。
「あ、ありがとう。テルネ。素敵なデザインだね。嬉しいよ」
それだけ返事をするのがやっとだった。
自分の予想が外れていたことに対するショックは大きい。
仙丹でも治せないとなると、もう俺には治療手段が思いつかない。
もっと時間をかければ、病気を癒せるような術を開発することができるかもしれないが・・・
俺が出ていくと決めた日までもう1日ちょっとしかない。
どう考えても時間が足りないのは明白だ。
街を出ていくのを延期するか?
別に絶対期限通り出ていかないといけないということは無い。
少なくともチームトルネラの皆は、延期を歓迎してくれるはずだ。
・・・いや、俺はアデット達に雪姫から依頼を受けて中央へ行くという話をした。
明日にはもう車を用意してくれているだろう。
俺が中央へ行くのを延期するというのであれば、それだけの理由を説明しないといけない。
雪姫から請け負った紅石を運ぶという依頼を延期するような理由・・・
そんなのあるわけがない。
今度はあのアデットを誤魔化し切れるとは思えない。
それに雪姫がいなくなったことでの影響も不明だ。
下手をすると教会から調査団みたいなものが派遣されてくる可能性だってある。
到底そんなリスクを負う訳にはいかない。
では、やはりテルネの病気を治さずに出ていくしかないのか・・・
「ヒロさん・・・何か悩まれているのですか?ひょっとして・・・私のことですか?」
イカン!顔の出てしまったか?
せめてテルネの前だけでは平然としておかないと。
「別に悩んでいるわけじゃないよ。ちょっと考え事を・・・」
「・・・この街を出ていかれるのですね。ヒロさんは・・・」
え、なぜ?
誰かがテルネに教えたのか?
「ヒロさんの目が・・・、ここを出て行った男の人達と同じような目をしていたから・・・」
そう言って、儚げに微笑むテルネ。
それは全てを諦めてきた少女の笑み。
このチームいた人達の中には、テルネを可愛がっていた人もいたのだろう。
そんな人達をテルネは見送ってきた。
また、その中にはまた会いに来るからと言って、出て行った人もいるのかもしれない。
でも、誰一人帰ってきた人はいないだろう。
無理もない。スラムから出たばかりの何のコネもない少年が、凱旋して帰ってくるなど在りえない。よほどの幸運が舞い降りない限り。
「ヒロさんには・・・たくさんのものを頂きました。このラビットも、信じられないくらいの甘いものも・・・、夢を見ている時間も・・・。私には何も返せるものが無いのに・・・」
「・・・テルネ」
「もう十分です・・・私は幸せでした。だから私のことで気に病むのは・・・やめてください」
ああ、なんで俺は年端もいかに少女にこんなことを言わせているんだろう。
でも俺にはどうしようもない。
たとえここに残ったって、テルネを救える術が見つかるとは限らない。
俺はチートスキルを過信し過ぎていたのか?
紅姫を葬り、紅石を手に入れて、ヨシツネを従属させ、朱妃とやり合って。
先ほどまで自分の力は国に匹敵するとか思っていたのに。
なのに少女一人救えないのか!
拳を握りしめ、何一つ気の利いた言葉も返せない俺に、テルネは別れの言葉を口にする。
「ヒロさん・・・今までありがとうございました。旅のご無事を・・・お祈りいたします」
テルネの部屋を出る。
結局、俺はそれ以上彼女にかける言葉も思いつくことは無かった。
ぼんやりと辺りを見回せば、そこは普段、男性禁足となっている3階通路。
本来なら3階は女の園として、姦しい女性陣がたむろっているはずだが、今はロビーに集まっているせいか、静まり返っている。
皆が駐車場で機械種の従属を見物していた時も。
食堂でミートブロックが振る舞われた時も。
彼女はこの部屋で一人きりだったのだろう。
それを俺の力で何とかできると思っていた。
しかし、現実はそう甘くは無かったようだ。
「そうだよな。全てが上手くいくわけがない。何か一つ手に入れたら、何か一つを取り零すんだ。今までそんな人生だったじゃないか。それが当たり前なんだ」
こんな厭世的なセリフを口に出して言うと、落ち着きを感じてしまう自分がいる。
良くないことだと分かっているんだけど・・・
ふと、手に持ったテルネからのプレゼントであるハンカチが目に入る。
深緑と灰色のストライプという渋めデザインは、落ち着いた感じで実に俺好みだ。
それに手触りも良い。このスラムで手に入れたにしては、かなり高級な布を使ってくれたのではなかろうか。
そして、このハンカチから感じる・・・
あ、これは・・・
新しい宝貝の気配。
いや、まて、ここでは・・・
慌てて周りを見渡すが、当然誰もいない。
・・・まあ、ここでもいいか。
さっきの男子部屋と違って、下から誰かが上がってきたらすぐに分かるし。
仙骨からのエネルギーをハンカチに注ぎ、内にこもる思いと混ぜ合わせて形にしてく。
そして、腹の底からせり上がってくる新しい宝貝の名。
「宝貝 混天綾」
不思議とテルネから貰ったハンカチの形状は全く変化していない。
発光も、煙も、音も発生することは無く、ただ在り方だけが変化した。
混天綾は、ピアンテのペンダントからできた九竜神火罩と同じく、太乙真人が作り出した7尺の赤い布の宝貝だ。しかし、実際の使用するのは太乙真人の弟子である哪吒。彼はこれを身に纏い、戦場を駆け抜けている。
その能力は封神演義においてはあまり詳しく書かれていないが、他の伝承では水を操る能力があると言われている。
混天綾を広げてみると、その大きさ形は45cmくらいの正方形。
正しく標準的なハンカチと言える。
じっと混天綾を見つめていると、じんわりとこちらに伝わってくる宝貝の意思。
それは流れる小川のように涼やかで、穏やかな印象。
なるほど。これは水だけじゃなく流体操作に特化した宝貝のようだ。
気流を操作して空気膜を作り出し、炎やレーザーを散らすことができる。
自体の防御力もかなりものがあるようで、銃弾くらいなら衝撃すら通さない。
大きさも望めば家くらいを包む程大きくなるらしい。
防御用の宝貝といったところか。
これは良い物だ。俺自身の身体は無敵だが、これから旅をする上で、装備や用具も増えていくはず。それに車のことだってある。そういったものを外敵から守るにはもってこいの宝貝になるだろう。
ありがとう、テルネ。これは素敵なプレゼントだ。
そんな君の身体を俺は治すことができなかったけど・・・
申し訳なさが俺の心に溢れてくる。
ピチョン
小川の水が一瞬跳ねて、俺を元気づけようとするような波動が伝わる。
励ましてくれているのか?
ピチョン
ハンカチの作り主と似て、優しい気質のようだ。
思わず俺の顔に微かな笑みが浮かぶ。
なんだろう。この小川のせせらぎに身を任せているような穏やかな感じ・・・
俺の心の中に溜まっていた、どんよりとした重い物が流されていくような。
そして、代わりに流れ込んでくるのは・・・
パン!
俺は自分の両頬をパチンと叩く。
何を悩んでいたんだ俺は。
今できないなら、見つければ良い事。
街から出ていくまでに見つけられなければ、見つかってからこの街に戻ってくればいい。誰も一度出て行ったら、戻って来れないなんて言ってないぞ。
さっきまで自分の無力さを嘆いていたが、俺はまだまだ成長するはずだ。
今は無理でも、きっと君を治す手段を見つけてみせる。
こんな素敵なプレゼントを俺にくれたんだ。
このお礼は必ず返す。
ピチョン
その波動は、多分、俺に『がんばれー』と言ってくれていたと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます