閑話 アテリナ


「あーあ、また振られちゃったかな」


 去っていくヒロの後ろ姿を見えなくなるまで、見送ったところ。

 思い切ったお誘いをしてみたけど、なんかお茶を濁されて、躱されてしまった。


 せっかく久しぶりに食指が動いたっていうのに、そういう男の人に限って、私に振り向いてくれない。


 まあ、私が自分に興味が無い人ばっかり狙ってしまうから、そうなっちゃうんだけど。


 でも惜しかったな。今回は行けそうだと思ったのに。



 今回の私の気になった相手、ヒロの顔を思い浮かべる。


 顔は普通だったけど、あの誰かに恋をしている目が良かったかな。

 特に兄貴を相手に交渉している時の、ヒロの目に浮かび上がった熱い思い。

 あれは絶対に雪姫って人に片思いしている目だった。

 あの目を私に向けてほしいと思ったのに。



 地面に転がっている石を蹴り飛ばす。

 コロコロと転がっていき、近くの車のタイヤに当たって止まる。



 いきなり外ってシチュエーションが不味かったかな。

 見るからに童貞っぽかったから、いきなり外で始めるのはハード過ぎたか。

 時間が無いって言ってたけど、強引にでも部屋に誘うべきだったかも。


 

「はああああ、何で私って、いつも肝心なところで失敗しちゃうのかなあ」



 大きくため息をつきながら、移動基地車両のドアに手をかける。

 すると、ドアノブに仕込まれた生体電流識別装置が作動してドアが開く。

 


 あ、まだ照明が点いてる。兄貴がまだいるんだ。


 残念。真っ暗だったら、明日にしようと思ったのに。

 でも、誘えなかったら戻って来いって言われてたし。


 はあ、しょうがない。

 気は滅入るけど、報告だけはしとかないと。


 そのままドアを通って、兄貴がいる来賓室へ向かう。







 元々、兄貴が誘いたがっていたのはジュードとかいう男の方だった。

 私がこの街に来てから、偶然を装って会わせようとしていたみたいだけど、私の方が拒否した。


 兄貴が勧める男なんて絶対イヤ!


 そう言ってやったら、兄貴は珍しく憮然とした表情を見せてくれた。

 ちょっとだけ胸がスッとしたのは内緒だ。



 『ヒロ』という名前が兄貴の口から出たのは、一昨日くらいだったと思う。


 これまた珍しく上機嫌で、総会での出来事を私に語ってくれた。


 これで、ちょっとだけ『ヒロ』という人に興味が湧いた。


 自分の実の兄ながら、アデットという人間は自分にも他人にも厳しい。

 口だけならいくらでも褒め言葉を出すけれど、本心から人を褒めたことなんて、数えるくらいだろう。


 兄貴がここまで褒める人ってどんな人だろうと、気になっていたのだ。



 そして、今日の出会い。



 運命と言うには、ちょっとばかりロマンチックさには欠ける出会いだったけど、ヒロ自身については、十分及第点をつけることができた。


 私を視界に入れながら、他の女の人を考えているところ。


 私の胸に興味はあるものの、私の身体には執着しようと思っていないところ。


 そして、今回の勝負でわかった規格外の強さ。


 年下というネックはあるものの、私にとっても稀に見る逸材っていう感じ。



「なのに失敗しちゃたんだよねぇ」


 

 やっぱり年上なのがいけないのかな。

 でもあのくらいの男の子って、ちょっと年上の女の人に憧れとかすると思うんだけど。


 それとも、セクシーさに頼り過ぎたせいかしら。

 いきなりの脱衣は良くなかったかな・・・世の中には着たまま、着けたままというものに惹かれる男の人も多いってドーラも言ってたし・・・




「そっか!パンティーは履いたままの方が興奮したのかも!」


 ゴツン!!


「アイタッ!!!」



「アテリナ、そういうのを口に出すのが、貴方の駄目なところです」



 あ、兄貴。あれ?もう部屋についてた?

 


「こんな様子ではベルファナ副団長には程遠いですね」


「うううううう、いきなりゴツンはないでしょう!いくら任務に失敗したからといって!」


「別に任務にしていませんよ。どこに妹に抱かれて来いという兄がいるのですか?貴方が勝手に盛り上がっていただけです」


「嘘つき!ちょっとは期待していたクセに!」


「まあ、期待していたのは認めましょう。残念ながら期待外れだったようですが」


「違うもん!ちょっと距離感を間違えただけなんだから!次会ったらイチコロだし!」


「では、次の機会を期待しておきますよ。おそらくヒロさんが車を取りに来る時でしょうね」


 あ、そうか。車を渡す約束をしていたっけ。

 なら、その時に熱烈なアプローチといきましょう。

 次はパンティーを履いたままで!



 む、兄貴が私を馬鹿にするようにため息ついた。

 全然私に期待していないでしょう!

 私に隠そうったって無駄なんだから!


「別に隠していませんよ。アテリナに隠しても無駄ですから・・・で、どうでした?ヒロさんについては?」


 ああ、真面目な話ね。

 あんまり好きじゃないな。人を詮索するのは。

 でも、チームの為なんだから仕方がないか。


「概ね嘘は無かったわ。雪姫さんって人を大事に思っているのは間違いなく嘘じゃない。心配していたところは、少し誇張が多かったかな。なんかブレていたような気もするし・・・でも、まるっきり嘘という訳じゃないと思う。まあ、絶大な力を持つ『鐘守』を、スラムの少年が心配するってこと自体がおかしいし」


 ヒロが雪姫さんに片思いをしているのは間違いない。

 でないと、あそこまで熱い思いにはならない。

 だって私はその目から漏れる思いに惹かれたのだから。




 ・・・私は感応士の成り損ない。でも、それは全てにおいて劣っているというわけではない。


 私はヒロに、『機械種の存在を察知できる』と言った。

 でもそれだけじゃない。


 私は人間の感情を見ることができる。

 こちらに向けている感情、そして、薄っすらとだけど、その人が強く発信した言葉・・・・

 これは感応士にだってできないようなこと。


 父の知り合いの感応士によると、感応士は念のようなものを送って機械種に影響を与え、機械種が発信する信号を読み取って、交信を可能とする。

 私の場合は、念を送る能力はほとんど無くて、信号を読み取る能力が飛びぬけて高い。

 だから機械種の晶石を書き換えて従属させることはできないけど、機械種が無条件に発信している波動のようなものを、かなりの精度で察知できるのだ。


 さらに強すぎる受信能力は、人間から漏れだす感情や思いも拾うことができてしまう。


 もちろん無制限というわけにはいかない。

 こちらもある程度集中して見ないといけないし、人間の感情は混沌としているから、読み取りにくい時もある。


 でも、嘘だけは間違えない。

 その人が嘘だと思って話した言葉は、はっきりと嘘だと分かる。



「明確に嘘だった部分は例の『依頼』のところだけだったかな。でも、ヒロがあれを『依頼』と認識してなかったからかもしれない。流石に紅石を運ぶのに依頼料がデートって、ロマンチックだけど、依頼とは言わないんじゃない?普通」


「まあ、それについては同意しますよ。嘘をつく為だけに、あんな物をわざわざ用意するとは思えませんしね」


 兄貴の言葉にちょっとだけ嘲笑めいた感情が混じる。


「あんな物・・・?兄貴、あれほどの大きさの紅石って見たことが無いって言ってたのに」


「ああ、そうですね。アテリナ。例えば、みすぼらしい外見の猟兵が、ピカピカの金でできた銃を持っていたら、どう思います?」


「え、そんなの良くて金メッキか、金色の塗料を塗っているとしか・・・え!じゃあ、あ、あれ偽物なの?」


「私が見たことのある紅石はどれも拳1つか、2つ分程の大きさでした。それも父が金庫の中から取り出して見せてくれたのと、ガルナー団長の部屋に飾っているのを見たくらいです。指一本も触らせてもくれませんでしたよ。それくらい貴重なものと言うことです。常識で考えれば偽物と判断するでしょう」


「ええ!そ、そんな・・・あ、でも、ヒロは嘘をついていないよ。ヒロはアレを紅石って思っていたはず・・・」


「そうですね。だからその偽物を、本物と偽って渡したのは雪姫さんなんでしょう。もし本物であれば、あれほどの大きさの紅石を、名の知れた狩人でも、凄腕の猟兵でもない、ただの腕っぷしが強いスラムの少年に渡すわけがない。おそらくヒロを何かの囮とする為に渡したと思うのが自然です」


「そ、そんな酷い!」


 雪姫さんという人は、そんな酷いことをする人なんだろうか?

 あれだけヒロに思われている癖に!


「まあ、それも私の推測でしかありません。雪姫さんがどのような意図をもってアレを渡したのかは不明です」


 兄貴はもう関係ないとばかりに、椅子に座って残っているコーヒーに口をつけ始めた。


 私はそんな様子の兄貴に腹が立ち、ツカツカと近づいて、ドンとテーブルを叩いてやる。


「兄貴、なんでそれをヒロに言ってあげないの!」


 私を見上げる迷惑そうな兄貴の目。


 兄貴はコーヒーの時間を邪魔されるのが嫌いだから、きちんと答えるまで邪魔してやるから。


 私は不退転の決意を秘めた目で睨み返す。


「ふう、アテリナ。だから私の推測に過ぎないと言っているんです。私が間違えている可能性もあります。そんないい加減なことを、あれだけ意気込んでいるヒロさんに言えるわけないでしょう」


「でも、ちょっとくらい助けてあげたって・・・」


「哀れに思うから、車の提供を持ちかけました。それに一度、依頼をこちらに譲らないかとも聞いてあげています。それを断ったのは向こうですよ」


「で、でも・・・」


「アテリナ。ヒロさんを信じてあげなさい。男がやり切ると言っているんです。それを信じて送り出してやるのがイイ女の証明ですよ」



 ・・・なんか、上手い事誤魔化された気がする。

 口では兄貴に絶対に勝てないし・・・


 次に会った時に、それとなく伝えられないかな。

 でも、ヒロは雪姫さんって人を大事に思っているから、いくら私が言っても信じないかもしれない。

 どうやったら偽物と分かってもらえるのか・・・



 ・・・本当にあれは偽物なのだろうか?

 私は本物を見たことは無いけれど、見た瞬間、あまりの存在感に目を離すことができなかった。

 透き通るような透明感の中に、炎を閉じ込めたようなエネルギーが渦を巻いていて、偽物だなんて欠片も思うことは無かった。



「ねえ、兄貴。もし、あれが本物だったらどうしてたの?」


 

 その瞬間、兄貴はピタリと動きを止め、持ち上げていたコーヒーカップをテーブルに置く。



「・・・・・・その場合でも、特に代わりはありませんよ。車を渡してヒロさんに協力する。恩を売って次の機会を狙う。アテリナの誘惑が成功するのを期待せずに待ちますよ」


「むっ!うーん。ホントみたいに聞こえるけど・・・でも、ちょっと嘘も混じっているような・・・」


 兄貴から感じるのは、複雑で、様々な色がいり混じった混沌している感情。

 自分の感情を完全に制御できるような人は読みにくい。


 普通、自分の感情を読み取られるなんて嫌なはずなのに、兄貴は積極的に読んでこいと言ってくる。なんでも、自分の感情くらい完全に制御できないのが我慢ならないらしい。


 そういった時は遠慮なく指摘してやるのが、私のポジション。

 


「フフッ、敵いませんね。アテリナには。自分を制御できないというのは、改めて自分の未熟さを自覚してしまいますね。これだけで貴方を呼んで良かったと思います」


「1年以上ほったらかしといて、いきなり呼びつけるんだから、なんだと思ったわよ。まだまだベルファナ副団長には教わることも多かったのに」


 兄貴はこの辺境の地で、メンバーを鍛え上げて力を溜める。

 私は後ろ盾である白狼団との繋ぎを強める。


 それが私達兄妹で決めたそれぞれの役目。



「それについては謝罪を。この『魔弾の射手』もあともう少しで仕上がりです。これから一緒に戦場に赴くのですから、早いうちにメンバーと打ち解ける必要があると思いましてね」


「皆に怖がられている兄貴よりも、皆と打ち解けていますよーだ・・・で、アレが本物だったらどうしてたの?誤魔化さないでよ」


 兄貴は都合が悪いとすぐに違う話に持って行こうとする。

 そういう時は、ガンガン回り込んで攻め立ててやるのが私のセオリー。



「・・・ほんの少し、アレが本物で、手に入れることができれば、3段飛ばしで夢に近づくことができると思いました。一瞬、どうやって彼から奪おうかと考えたことも事実です。すぐに諦めましたけどね」


「諦めた?」


「もし、アレが本物なら、それを渡した雪姫さんは、それを渡すに相応しい実力をヒロさんに認めたということです。『鐘守』たる彼女が、教会が欲してやまない紅石を預けるに値する実力者だと」


「そんな実力者を敵には回せない?でも、あの時ヒロは武器を持ってなかったし、兄貴にはあのコートがあるし・・・」


 壁にかけたままの、兄貴のコートに目を向ける。


 ちょうど兄貴が座っている背後にある。

 兄貴であれば、一瞬でそれに飛びつくことが可能だろう。

 そうすれば、あのコートに収納された数々の武器が火を噴く。

 ただでさえ強い兄貴が武器を持てば、いかにヒロだって・・・



「・・・アテリナ。貴方は、あの時のヒロの立場が、ガルナー団長だったら襲いかかりますか?」


 あ、無理だ。

 『魔弾の射手』ごと潰される未来しか見えない。

 どれだけ兄貴が強くても、どれだけメンバーを集めて包囲しても、全身最上級の機械義肢換装済の機人に勝てるわけがない。


「じゃあ、兄貴はヒロが機人だと・・・いや、絶対違う。それなら私が分からないはずがないし、あの上半身は明らかに生身だった」


「まあ、そうですね。でも、最低それくらいの実力者であると想定する必要があるということです」


 うーん。納得できるような、できないような・・・

 でも、それって雪姫っていう人の見る目の問題だったりしない?

 私自身、雪姫さんを見たことが無いから、判断つかないけど。


「つまり兄貴は、雪姫さんが認めたんだから、ガルナー団長に匹敵する実力者に違いないと。だから、奪ってやろうって考えを諦めたってことね」


 ちょっと厭味ったらしい言い方になっちゃったかな。

 でも少し兄貴らしくない理由な気がする。

 もっと違う理由のような気が・・・



「そもそも、人の物を奪おうとなんて、誇り高き猟兵のすることではありません。先ほどの話は、あらゆる可能性を想定しただけにすぎませんよ・・・少しばかり誘惑に駆られてしまったのは事実ですが」


「あらゆる可能性ねえ。結局、雪姫さんの人の見る目と、渡したのが本物か、偽物かってことぐらいじゃないの?」


「もう一つの可能性がありますよ。こちらは荒唐無稽な話になりますが・・・」


 私の言い方に触発されて、言葉を続けようとする兄貴。

 やっぱりちょっとムキになっているのかも。


「あの紅石が本物で、雪姫さんから渡された物ではないというケースです。その場合、彼はあれほどの大きさの紅石をどこかで手に入れてきたことになります。そして、その供給先として最も近いのが、この街のダンジョン。数日のうちにダンジョンを踏破して、最奥にいる紅姫を倒し、紅石を回収した・・・」


 なにそれ?


「ダンジョンの異常発生で一番被害を受けるのが、チームトルネラですからね。その苦境を救うために、ヒロさんがダンジョンへ突入しても不思議では・・・いや、やっぱり不思議なのは間違いありませんが、ヒロさんだとやりかねないと思ってしまうのは、なぜなんでしょうね?」


 それは無いでしょう。

 出来の悪いヒーローサーガじゃないんだから。


「もしそうなら数日のうちに機械種の異常発生が目に見えて減っていくでしょう。そんな都合の良い可能性はゼロに等しいと思いますが」


 うん?そう言えば、今日のダンジョン探索は、機械種の出現が少なかったような・・・きっと偶然よね?

 偶然じゃないとしたら、ダンジョンで私達に会った彼は、紅姫を倒した帰りってなっちゃうし。

 いくら私達の想像を超える超人でも、紅姫を相手にして無傷なんてあるわけない。


「その場合は、雪姫さんがダンジョン踏破に協力したということになるでしょう。まあ、いくら『鐘守』でもダンジョン踏破はどうにもならないでしょうけどね」


 ・・・少しだけ気になるな。その話・・・。ひょっとして?


「・・・そろそろ、夜が更けて来ましたから、これくらいにしましょう。アテリナ、貴方もダンジョン探索で疲れているはずです。早く寝室に戻りなさい」


 これで終わりとばかり、兄貴はコーヒーカップを持って給湯室に返しに行く。




 

 そんな兄貴の後姿を見つめ、別れた時のヒロの背中と重ね合わせる。


 

 そして、頭に浮かぶのは、さっきの兄貴から感じた感情・・・

 

 兄貴、まだまだ感情の制御が足りないよ。

 兄貴がアレを偽物と思い込もうとする感情は、『嫉妬』。


 自分より年下の男が、自分より先にアレを手にしたこと。

 それが本物と認めたくないという一番の理由。


 それを覆い隠す為に、ヒロに親切にしているみたいだけど。




「ホント、男って、ややこしいんだから。べー!」


 見えなくなった兄貴の背中へ、思い切り舌を出してやった。


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