第99話 期限


 先ほど俺が見た、チームトルネラで狩人チームを作って旅をしているような映像は、俺の妄想なのか、それともIFの未来だったのか。


 もし、IFの未来だとすれば気になることが2つある。



 1つは、チームトルネラの全員が居なかった。


 トール、カラン、そしてボス。


 場面に映っていなかっただけなのかもしれないが、他の面々が一堂に会している時でも、この3人の姿を見ることはできなかった。



 カランはバーナー商会の仕事が決まっていたから付いてこなかった可能性がある。

 彼女の性格から、見出してくれた人達への不義理はしたくないとか言って、俺達の誘いを断ったのだろう。


 ボスは何となくあのビルの4階に留まったような気がする。

 初代トルネラの命令を忠実に守って、いつか来るチームトルネラを再興したいという女の子が来るまで、あそこで待ち続けているのではないだろうか。


 では、トールはどうしたのか?

 チームトルネラを離れて彼はどこへ行こうというのか。

 これだけは分からない。

 まあ、俺の妄想の可能性もあるから、深く考えても仕方がないが。




 そして、もう一つ気になること。

 ジュードとデップ達が機械種使いになっていたこと。


 俺が見た映像の中では、確かに戦闘中に従属させていると思わしき機械種へ指示を出していた。

 俺が従属させている機械種を貸し与えているという可能性もあるが、彼等の機械種への扱いは、明らかに借り物ではなかったように思う。


 もし、機械種使いになっているのならば、その原因は何か?

 

 ジュードは昔、機械種使いの才能を試してみたが、才能は無いと判明している。

 デップ達はどうだかわからないが、いくらなんでも3人全員が機械種使いの才能があったというのは出来過ぎだろう。


 では、ジュードとデップ達の共通点は?


 思いつくのは、彼等には俺が仙丹を持って治療をしているということだ。


 ひょっとして、俺の仙丹が彼等に機械種使いの才能を与えてしまったのではないだろうか。


 これは俺の唐突な思い付きでしかない。


 しかし、それが事実かもしれないなら試してみる必要がある。


 俺の見た映像がIFの未来だったのか。

 そして、仙丹は人間に機械種使いの才能を与えてしまうのか。


 それを証明するのは、今、ここでジュードにマスター認証させるのが一番であろう。





「僕がかい?ヒロ、僕には機械種使いの才能は無いんだ。僕がマスター認証しても、すぐにレッドオーダーされちゃうよ」


 ジュードは少し憮然とした表情で返してくる。

 多分、機械種使いの才能が無いって分かった時に大分落ち込んだんだろうな。


「まあ、そう言わずに一度試してみてよ。駄目だったらすぐにこの蒼石でブルーオーダーするから」


「試しても一緒だよ。蒼石が勿体ないだけさ。もういいだろう。早くヒロがマスター認証しなよ」


 なかなかに頑固だな。よっぽどトラウマになっているのかも。

 機械種使いになるのが、スラム脱出の近道だとしたら、ジュードはその道に足をかけることすらできなかった。その失望はいかばかりに大きかったのだろう。


 しかし、これはジュードの為でもあるんだ。何とか説得しないと。


 こういう場合は真向勝負で行った方が良いか。


 俺はジュードの真正面に立ち、目をはっきりと合わせる。

 

「ジュード。俺は今までトンデモナイことをしてきただろう。お前も言っていたじゃないか、『ヒロには驚かされっぱなしだって』。だから今回もお前を驚かせてやるよ。だから俺を信じろ!」


「・・・・・・分かったよ。試してみるさ。でも、失敗しても笑わないでよ」


 俺の力強い言葉に少し気圧され、俺から目線を外しながらも、ジュードは俺の言う通りにしてくれるようだ。でも、返す言葉がジュードにしては珍しく弱々しい。


 気乗りしない足取りでコボルトに向かうジュード。


 これで失敗したら、ジュードに土下座かまして謝ろう。

 しかし、『信じろ!』って言ってからの『ごめんなさい!』って凄くカッコ悪いな。

 でもこれではっきりするんだ。どちらにせよ、確かめるチャンスは今しかないし。


 

 ジュードはマスター認証を待つコボルトの前に立ち、目を合わせる。



 なんだか俺の方も緊張してきたぞ。頼む。成功してくれ。

 どうにも落ち着かなくなって、しゃがみ込んで足元の白兎偏将軍を撫で擦る。


 


「白の契約に基づき、汝に契約の履行を求める。従属せよ」



 ジュードの口から例の文言が紡がれる。


 アイツ、『僕には機械種使いの才能が無いから』なんて言ってやがったが、きっちりと従属させる文言を覚えているじゃないか。きっと忘れないよう夜に練習していたに違いない。


 コボルトの目が青く輝き、マスター認証が成功したことを現す。


 しかし、本題はここからだ。ザイードの話では機械種使いの才能が無いと、僅か1分程で目が青から赤へと交互に点滅するようになり、2、3分で完全にレッドオーダーしてしまうという。

 


 コボルトの前に立つジュードの両手が力一杯握り絞められる。

 俺も白兎を抱き寄せてぎゅっとする。

 白兎はちょっと迷惑そうに身をよじらせる。







 そして・・・10分後







「やった!やった!機械種使いになれた!あ、ああありがとう!ヒロ。やった!やったんだ!これでサラヤを救えるようになる!」



 部屋中にジュードの叫び声が響き渡った。


 両目からボロボロと涙を零しながら狂喜しているジュード。

 ほっと胸を撫で下ろす俺。

 いい加減に放してくれませんかとばかりにプルプルと首を振る白兎。



 これで俺の仙丹の効果が追加された。

 飲ませた相手を機械種使いの才能を与えてしまう。


 これはメリットであり、デメリットでもあるな。

 もちろん、検証は必要だ。ジュード1人だけではサンプルにならない。


 しかし、そういう効果もあるかもしれないということが分かっただけでもかなりの収穫だ。


 また、俺が見た映像がIFの未来だった可能性が高くなった。

 大した情報があったわけではないが、意図的に見えるようになれば、利用価値も上がるだろう。

 地味にショックだったのは、カレーがこの世界の住人には受け入れがたいということだな。



「ヒロ、ヒロ、ありがとう!ありがとう!」


「うわ、鼻水垂らして抱き着いてくんな!」







 


 ダンジョンの外に出る俺達。

 入ってきた時とは人数が違っている。


 俺、ジュード、白兎、そして、ジュードが従属させたコボルト・・・と、その背中に背負わされた損傷の少ないコボルト。


 機械種も人数って数え方でいいのか?

 まあ、どうでもいいけど。


「ああ、せっかくの僕の『グレイズ』が・・・。なんてカッコ悪い・・・」


 ジュードがさっきから自分のコボルトの扱いにブツブツ文句を言っている。

 

 ジュードに名付けられたコボルト『グレイズ』は俺が喉突きで倒したコボルトを背負ってここまで運んでくれた。

 重さ的には問題ないが、同じ体格なので、そのまま背負うと足を引きづるようになってしまう。その為、またビニール紐で、『グレイズ』ごとグルグル巻きにしてやったのだ。


「文句言うな。お前、俺があの格好してた時に散々笑いやがったくせに」


「それはそうだけど、せっかくの『グレイズ』を初めて拠点に連れていく時くらい、カッコ良く見せたいのに・・・」


「それは諦めろ。それよりも、また、サラヤを脅かせてしまうからな。今回はジュードが矢面に立ってくれよ。俺を巻き込まずに」


「まあ、それくらいは・・・・・・ところで、ヒロ。君があと3日で出ていくって話はどうするの?」


「うーん。それは俺から言うよ。他の人から言ってもらうことじゃないしな」


「そっか。わかったよ」







 しばらく会話も無く、ただ拠点への道を進む俺達。


 次にこのダンジョンに来る時があるならば、多分、俺1人だろう。

 もう、ジュードと来ることは無い。


 こうやってダンジョンのから一緒に帰るのも最後だと分かると、少しだけ寂しいという気持ちが湧いてくる。


 そんな俺の気持ちを察したのか、ジュードが俺に話しかけてくる、


「ねえ、ヒロ。僕があのダンジョンに入ったのは8歳の頃なんだ」


「え、そりゃ、早すぎるだろう!まだ、虫取りでも早いくらいじゃないのか、それ」


「まあ、普通じゃないね。でも、その時に僕が居たチームは、それが当たり前だったんだ。僕と同じような年代の子どもが何人もダンジョンに放り込まれて、晶石を取ってくるように言われるのさ。手には棒きれ1本持たされてね」


「それはヒドイな。棒きれ1本じゃあ、リザードを狩るのが精一杯だろう?」


「そのリザードすら倒すのが大変なんだよ。なにせ子供の力だから、倒すのに何度も叩かないといけないし、油断したら囲まれて、足を噛まれてしまう。そうなって倒れ込んだらお終いさ。あっという間に集られてしまって骨も残らない」


「・・・・・・」


「それでも、僕達を引率していた年上の奴は、偉そうに言うんだよ。なぜ、ラットを狩ってこないってね。自分は絶対にダンジョンに入らないくせに。だから僕は、ソイツの鼻を明かしてやろうとして、ラットを狩りに2階へ進んだんだ」


 ジュードは淡々と昔話を語っている。何を俺に話したいのだろうか。


「でも、ラットは棒きれで倒せるわけがない。僕は逃げ回った挙句、追い詰められて、危機一髪ってところで、見つけることができたんだ」


 ん?何となくオチが見えてきたな。


「まあ、ヒロも予想がついたと思うけど、宝箱に入った鉄パイプを見つけたんだ。そして、鉄パイプを使って、運よくラットを倒すことができた。あの時の感動は今でも覚えているよ。この鉄パイプがあれば怖い物なんてないってね」


「それが切っ掛けで鉄パイプ信者になったのか?」


「信者?まあ、似たようなものかな。それで、意気揚々とラットの晶石を持って帰ったら、その引率の奴が僕からそれを取り上げようとしてね。あまりにも腹が立ったから、ソイツの頭を鉄パイプで勝ち割ってやって、その場から逃げ出したんだ」


 おいおい、小さい頃のジュードはひょっとしてかなりバイオレンスな奴だったのか。


 いや、実は今でもその気性が隠れているのかも。イケメンスマイルに隠された暴力性か。これは女性にモテそうな属性だ。


「それから、チームトルネラに拾われて、今に至るってね。ご清聴ありがとう。こんなつまらない話を最後まで聞いてくれて」


「いや、スラムの生活は大変だというのが良く分かったよ。俺も小さい頃にここに来ていたらどうなっていたか」


「ヒロだったら小さい頃でも、今みたいな活躍をしてそうだね」


「それは買いかぶり過ぎだな。俺の小さい頃は・・・」


 おっと、これ以上は余計だな。ジュードが話したからと言って、俺が自分の過去を話す必要はない。

 ジュードには与えすぎてしまっている。これ以上、感情移入してしまったら、俺が決めた期限も覆しそうになってしまう。


 俺が3日以内にと期限を決めたのは、これが限界だと思ったからだ。

 3日くらいだったら、俺の秘密は守られるだろう。

 しかし、それ以上経ってしまうと、情報漏えいのリスクはどんどん上昇していく。


 たとえば、サラヤが大怪我をする。

 そうなれば、俺との約束なんて吹き飛んでしまってジュードは俺にお願いをしてくるだろう。

 サラヤでなくても、他のチームメンバーでも一緒かもしれない。

 

 それで情に絆されて仙丹を使用してしまえば、もう終わりだ。次から次へと同じようなお願いが回ってくるだろう。

 なにせ喧嘩と揉め事の絶えないスラムだ。常に誰かが傷つくリスクを抱えている。

 

 だから3日なんだ。

 俺の情報が守られる期間。

 俺がチームの為にできることをする期間。

 そして、俺がこれ以上チームの面々にのめり込まないギリギリの期間。


 これ以上は俺の自由への足枷にしかならない。


 だからジュード。お前にはこれ以上あげるものはないんだ。





「普通だったな。特に言うべきことも無いくらいに」


「そっか・・・もっと早くに出会ってたら、普通の頃のヒロと出会っていたなら、僕達は相棒でいられたのかな」


「・・・ずっと相棒だろ。別に離れたら相棒じゃあ無くなるわけでもないぞ」


「ヒロ、ありがとう。君と相棒になれたことが人生最大の幸運だったよ」




 まあ、言葉での優しさくらいならあげてやってもいいか。

 

 さあ、これからは駆け足だ。3日間を全力で駆け抜けるぞ。


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