第93話 運搬


 倒したコボルト3体を前に、持って帰るものの選別を行っている俺達。


 肩から斜めに両断されたコボルトが1体。

 右腕と頭が切り離されたコボルトが1体。

 咽喉の部分に穴が開いただけの損傷が最も少ない1体。


 最悪、晶石だけ持って帰ることになるが、できればもう少し収集したい。


「この損傷が少ない奴を持って帰りたいけど」


「晶石だけ持って帰るのは確かに勿体ないけど、全身は無理だと思うよ」


 分かってるさ、ジュード。でも、この首に穴だけ開いた奴ならザイードが直してくれるかもしれないんだ。あとは蒼石さえあればコボルトを従属できる。

 

 七宝袋にはオークの首を飛ばしたのが2体入っているが、これを出したらかなり大事になりそうだし、コボルトがちょうどいい感じなんだけど。


「ハクトだけじゃ物足りないみたいだね。ヒロは」


「白兎は癒し枠だからな。できれば前で盾になってくれそうな機械種が欲しかったんだ」


「そうだね。機械種じゃないと盾役はできないだろうし」


 え、そうか?人間だけのパーティでも盾役、いわゆるタンクの役目をする奴くらいいるだろうに。


 俺の言いたいことが分かったのか、ジュードが俺に諭すように教えてくれる。


「ヒロ、盾役は最も危険な役目だよ。一生残る傷を負うこともあるし、殺される確率だって1番高い。そんな役目を誰が好き好んでするもんか。よっぽど仲の良いパーティだって、動けない程の傷を負った仲間をそのまま放置していくことだってあるんだよ。このスラムではね」


 むう。確かにゲームと違って、怪我をしたら治らないことだってあるし、死んだら生き返れない。そんな状況の中で、盾役になりたがる奴なんていないか・・・いや、美少女がパーティにいたら守ってやりたくなるかも・・・ああ、そもそも狩りに女の子は出てこないな。


 確かに盾役なんて、損ばかりだな。普通に治るような怪我でも、治療魔法の無いこの世界では傷を治すのも時間がかかるし、その間は当然、稼ぎも無くなってしまう。よほど報酬を割り増ししないと割に合わないだろう。


「スラムで人間の盾役がいるとすれば、一番弱い立場の人だろうね。文字通り捨て石としてさ」


「機械種なら替えが効くから大丈夫なのか」


「そうだね。装甲だって取り換えれば済むし、よっぽど破壊されても、頭部分さえ無事だったら何とかなる場合も多いよ。マテリアルはかかってしまうけどね」


 なら、やはり盾役として、このコボルトは持って帰らないと。


「俺が背負うから、俺のナップサック持ってくれない?」


「うーん。それでヒロがいいなら、別にいいけど・・・」


 よっしゃ。コボルト1体ゲット!





 よっこらっせと、コボルトを背負ってみる。


 重さ的には問題ないが、かなり動きが制限されそうだ。

 大きさ的に小学高学年生くらいありそうだなからな。

 当たり前だけど、両手が使えなくなるし・・・いや、ロープがあればなんとかなるか。


 でもロープは無いから、俺の部屋から荷造りに使うビニール紐を召喚しよう。

 あれなら耐荷重も大丈夫なはず。


 一旦、コボルトを降ろして、ナップサックの中から取り出したかのように見せながら、ビニール紐を召喚する。


 そして、コボルトにビニール紐を巻き付けて背負うとしてみるが・・・


「ジュード、手伝って!俺一人では無理っぽい」


「はいはい・・・この紐ってなんなの?見たことない物だね」







 一応コボルトを背負うことはできた。

 ビニール紐でグルグル巻きになっているが。

 

 気色の悪い犬顔の部分が俺の耳辺りにあって非常に気持ち悪い。

 視界にコボルトの鼻先が入ってしまうのが非常にうっとおしく感じてしまう。

 でも、我慢して持って帰らないと獲物にならない。


 なんで俺こんな思いをして、これを持って帰らないといかないのか。

 思わずそんなことを考えてしまう。



 チラリとジュードを横目で見る。

 俺のみっともない姿を見て、肩を震わせて笑っていやがる。

 コイツ、誰のせいでこんなに苦労していると思っているんだ。

 お前がいなければ七宝袋に入れて持って帰れたのに。


 次来るときは一人で来よう。

 



 しかし、この獲物の運搬というのは、収納袋のような物を持っていないと大変だな。

 狩人達は一体どうやって倒した獲物を運んでいるのだろう。


 聞けば熊より大きい重量級の機械種や、ビルくらいの大きさがある超重量級も存在するらしい。


 倒した以上、全身を換金できる機械種を丸ごと持って帰りたいと思うのが普通だろうが、持って帰ろうとすれば、クレーン付きのトラックのようなものが必須となる。


 野外で倒したものならば、それで持ち帰ることができるが、巣やダンジョン内で倒した機械種は一旦外まで運ばないといけない。


 しかも、1回倒しても持って帰ってで往復するのは恐ろしく非効率だから、ある程度はどうしても自分達で運ぶ必要がある。そこで欲張り過ぎれば、進行速度を落とし、戦力をもダウンさせてしまうという落し穴も存在する。


 世の中のネット小説で無限収納が持て囃させているのも分かる気がする。

 獲物の収集・運搬の方法を考えるだけで、どれだけ労力を使ってしまうことか。

 俺は恵まれている方だ。早々に無限収納に近い性能をもつ七宝袋を手に入れることができたのだから。七宝袋に感謝しなくては。


 その時、七宝袋から少し照れたような感情が感じられた。


 お、久しぶりだな。お前から何かを発信してくれるなんて。

 これからもよろしく頼むよ。






 ん?どうした。白兎。


 いつの間にか白兎が近づいてきて、俺の足元をちょんちょんと爪先で突いてくる。


 白兎にしては珍しいアクションだな。なんだろう?

 ああ、俺をまた気遣ってくれているのか?

 本当にお前は優しい奴だ。向こうで笑っている奴とは大違いだ。



 いや、違うのか?


 もしかして、このコボルトを白兎が運びたいのか?

 それはちょっと体格的に難しいな。リヤカーでもあれば引っ張っていけるかもしれないが。

 白い兎の白兎便。

 なかなかいいアイデアだな。


 え、それも違うの?


 

 んん?



 白兎は何かを俺達に知らせたいようで、耳をバタバタさせながら、向こうの通路に視線を飛ばしている。


 そうか、白兎には『警戒(最下級)』のスキルがあったな。それに何か引っかかったのか。


 また、コボルトが来たのか?それとも違う機械種なのか?

 それにしては白兎の緊迫感が薄いような。


 敵対する機械種であれば、白兎はもっと警戒感を露わにして戦闘態勢を取る素振りをみせただろう。

 機械種じゃなくてもっと別の物なのか?




 俺達のやり取りを見て、ジュードが真面目な顔をして近づいてくる。


「ヒロ、ハクトが何かを感じたようだね。行ってみる?」


「この恰好でか?できれば勘弁してほしいけど。せめて、紐でくくる前なら良かったのに」


「あの様子だと機械種じゃないね。他のチームが入ってきているのかもしれない」


「え、そんなことあるのか?ここはチームトルネラ専用じゃあ?」


「そんなことないよ。確かにチームトルネラが一番よく利用しているけどね。このルートは一番人気が無いんだよ。あまり機械種も出てこないし、うま味が少ないから他のチームが利用しないだけさ」


 ジュードは珍しく剣呑な目付きで言葉を続ける、


「でもね。暗黙の了解ってものもあるんだよ。ここ数年はチームトルネラが独占状態といってもいいルートだから、入ってくるならそれ相応の挨拶ってものがあって当然じゃない?それをしないってことは、僕やチームトルネラが舐められているってことだからね」


 口調こそ穏やかだけど、かなり怒ってるな。


 前に黒爪がやった砂さらい場の乗っ取りみたいなものか。

 外で活動中に他のチームと鉢合わせするのはこれで4回目になる。


 最初の1回目は砂さらい場で黒爪を1人殺害。2回目は魔弾の射手。これは一応友好的接触だから情報交換のみで終わったな。3回目はチームブルーワの面々で、不幸な行き違いからほとんど全滅させてしまった。果たして、今回はどうなるやら。


「僕としては、どのチームが入ってきたのかを確認したいかな。黒爪やブルーワのところだったら厄介だし、アデットのところだったらちょっと話し合わないといけない」


 おお、ジュードの目が一層険しくなった。自分の狩場を侵されているんだから当たり前か。


「ヒロはどうする?僕はちょっと様子を見てきたいけど」


「分かったよ。今、紐を切るからちょっと待ってくれ」


 流石にこんな様子のジュードを1人行かすことなんてできない。


 ナイフを取り出して、体に巻き付いているビニール紐を切っていく。


 クソッ、あんなに苦労したのに、水の泡だ。

 悪いけど侵入したチームに容赦はできそうにないな。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る