第54話 未来


 ジュードとは2階の応接間前で別れた。

 降りてきたナルと一緒に4階へ上がり、獲物を倉庫に仕舞ってくるらしい。



 夕食までは少し時間があるので、ロビーを出て、玄関前で少し外の風を当たりに行く。


 日も暮れて、辺りは薄暗くなり、人通りもまばらとなっている。

 ジュードの言うように、歩いているのは20代以下の若者たちだけだ。 



 この街とスラムの仕組みはだいたい把握できたが、当然、俺にできることはない。

 政治学も経済学も専門じゃないし、組織運営や福祉、育児、生活保護なんて詳しくもない。

 元の世界で現代教育を受けたからといって、すでに完成された社会の仕組みを変えられるわけもない。


 俺が何をしたって、サラヤは娼館に行くし、ジュードはサラヤを救うために危険な道を進むだろう……いや、違う。

 俺が全能力を使って、マテリアルを稼ぎ、ジュードとサラヤの為に使えば、この2人は助かる。


 それどころか、もうしばらく時間を貰えれば、破壊力の大きい宝貝を作成し、スラムの敵対チームやバーナー商会ですら殲滅することもできるかもしれない。


 そうして、力づくでスラムを改革し、街を従え、ジュードとサラヤや皆を幸せにして、そして……俺は魔王への道を進む。


 その道の先にあるのはなんだろう。

 ネット小説の俺TUEEEE物語では最終的に大団円のハーレムエンドが多かった気がするが、本当に上手くいくのだろうか?




 ふと、頭によぎるのはそうしたIFルートの未来。

 

 まるで頭の中に映像が流れているかのように鮮明に見える。



 まず、周りが狙われる。デップ達が、テルネが、ザイードが。

 俺単体は最強でも、四六時中守れるわけでもなく、人間の悪意は防ぎようが無い。


 そうして生まれる疑心暗鬼、絶望、裏切り。

 居なくなるトール、倒れるジュード、血まみれのサラヤ。

 

 そして、雨が降りしきる街の中、泣き叫びながら破壊を振りまく俺。

 両手に持った剣と鋏。空には2匹の竜が舞い、街を焼き払っている。


 街の人々が逃げまどい、それを追いかける無数の白い巨獣。

 街を瓦礫と化し、死体があちこちに散乱した地獄絵図を作り出す。



 場面が変われば、俺は軍隊らしき集団と対峙していた。

 俺が指先につまんだ玉璽を空にかざせば、雲の上から光の雨が降り注いで邪魔な奴らを薙ぎ払う。



 また、場面が変わって、人々が病気に死に絶えた街をただ一人で進んでいく俺の姿。



 次に映るのは、何百もの機械種を凍り付かせている場面。

 


 その次に映るのは、気が狂ったような深紅に染められた城壁の前に立つ俺。

 そして、振るわれる雷を纏った鞭。

 



 その次は…… 




「ヒロさーん。そろそろ夕食時間ですよー」



 ナルの声で我に返る。

  


 ああ、もうご飯か。

 また、シリアルブロックを食べなきゃならんのか。



 外に背を向け、ロビーに戻る。



 玄関を通るとき、少しだけ後ろを振り返る。



 いつの間にか、前の通りを歩く人が増えてきている。


 顔の表情はそれぞれだ。

 楽しそうな奴、不機嫌そうな奴、怒っている奴、笑っている奴、泣きそうな顔になっている奴……


 どんな街でも社会でも、幸せな奴と不幸な奴は必ずいる。でもずっとそうとは限らない。

 幸せが原因で不幸になる奴もいるし、不幸を糧にして幸せになる奴もいる。


 俺がジュードとサラヤを力づくで幸せにしても、それが返って二人の幸せを潰してしまうことだってあるかもしれない。


 協力してくれとは言われたが、幸せにしてくれとは言われてないし、別に俺が気張る必要もないんじゃないか。ジュードなら大丈夫だろう。


 やはり二人の未来は2人で作らないと。

 俺は気が向いたら手を貸すというくらいがちょうどいい。


 だからジュードとサラヤの為に、社会を変革するなんてとんでもない。

 だって、俺の座右の銘は『現状維持』と『保留』だから。


 







 夕食前の食堂では、ザイードとデップ達が子供たちに囲まれていた。


 どうやら機械種が完成しそうだという話がもうすでに出回っているのだろう。


 ザイードにはイマリとピアンテが競うように話しかけている。


 一方、デップ達の方が男の子女の子問わず、小さい子らが集まって、鎧虫や挟み虫の狩り方なんかについて質問をしているようだ。



 イマリとピアンテか。

 随分たくましいな。

 ザイードに目をつけたのか。



 元気系少女だけど、同年代の男子に厳しいイマリと、庶民落ちした悪役令嬢っぽくて打算的なピアンテか。

 どちらかというとあまり積極的に見えないザイードにはイマリのようなグイグイ引っ張ってくれそうなタイプが似合っていると思うが。


 でも、なんとなくザイードみたいな女の子慣れしてなさそうなインドア系は、大人しいテルネみたいな子の方が好みなんかじゃないかな。



 女の子2人に挟まれてアタフタしているザイードを微笑ましく思ってみていると、トールが俺の傍に寄ってきて話しかけてくる。



「気になるのかい? ザイードが機械種のマスターになったら、よっぽどのことがない限りは将来は安泰だからね。未来の旦那候補として、2人が目の色を変えても仕方ないよ」


「ザイードがマスターになるのは決まっているのか?」



 てっきりボスと同じようにサラヤがなるのかなとも思っていたが。



「そりゃそうだよ。あれは元々ザイードの持ち込んだものだからね。ザイードがこのチームに所属したのも、あれが完成した時は自分がマスターになることが条件だったから」


「それでチーム的には問題ないの?ボスの威光が弱まるんじゃない」


「はははは、ヒロはボスを甘く見てるね。僕は5年前の大暴れは見ていないけど、それでも、ここに入ってから、ボスが戦ったところを何回か見たことがあるよ。悪いけど、ザイードの機械種では相手にならないだろうね」



 でも、所詮ハーフリングタイプ、ドワーフの機械種だろう。


 同じハーフリングタイプのコボルトと同じくらいの強さだとしたら、以前、ジュードはコボルト相手に7:3とか言っていた。

 

 じゃあ、ジュードはボスよりも強いことになる。


 他にも以前ボスはラビット相手に勝率6:4と言っていた。


 ジュードはラビット相手だったら9:1だそうだ。


 これもジュードの方が強いことを示している。



 そのことトールにぶつけてみると意外な答えが返ってきた。



「ああ、それはボスの意地悪だね。ボスがラビット相手に6:4なんて考えられない。多分、最も勝率が悪い条件のもと、最もコンディションが下がった時の勝率を言ったんじゃないかな」



 なんじゃそりゃ?

 なんでそんな嘘をつく必要があるんだ。



「嘘じゃないさ。ボスは前提条件を言わなかっただけだよ。なんでそんなことを言うかについては、想像つくけど。ボスはいつも自分を頼らないようにするよう仕向けてくるんだ。もう壊れそうだとか、もう動けないからとか言って」



 そう言えば、初めて会った時もそんなことを言っていたな。



「ボスはスキルが高性能だから、機体能力だけじゃ戦闘力は計れないよ」


「スキル? どんなスキルを持っているんだ。確か前に聞いたのは護衛スキルが最下級とか」


「そのスキルは最低限必要なものだからね。次、ボスに会った時に聞いてみるといいよ」



 教えてくれないのかよ、トール。



「一応、秘匿情報なんだ。その辺りはね。でもボスに直接聞くのは構わないと思うから。それにもう、ほら、夕食の時間だよ」



 ああ、その前にデップ達と話をしたかったのに。しまったな。



 とりあえず、今は大人しく席に座ろう。

 







 ナルから配られたブロックは2種類。

 いつものシリアルブロックと5cmほどのミートブロック。


 この段階から皆のテンションはMAX状態だ。

 サラヤからの食事開始の合図を今か今かと待ちわびている。

 ちなみにデップ達のうちの1人がミートブロックに手を出そうとして、隣のヤツに手を叩かれていた。


 

「はーい、ちゅうもーく」



 サラヤが皆に声をかける。皆の目の圧力が凄い。

 早く食事させろって目に書いてあるようだ。

 そんな目にさらされながらも、サラヤはマイペースで話を続ける。



「皆も聞いているように、ここにいるジュード、ヒロ、ザイード、デップ、ナップ、ジップのおかげで、以前から保管してあった機械種タートルの修理が完成しそうです。皆さん、拍手!」




パチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!




「これが完成すれば、私たちの安全が一層高まります。もう他のチームの襲撃を怖がる必要なんてありません。チームトルネラの未来はより一層明るくなりました。ですから、皆さん、ジュード、ヒロ、ザイード、デップ、ナップ、ジップに良く感謝するようにしてください。そして………」



 ここで一度、言葉を切ったサラヤ。皆の注目が集まる。


 シーンと静まり返る食堂。

 凄いな。この溜め方。サラヤは演説の才能を持っていそうだ。



「今日はお祝いとして、ミートブロックを用意しましたー!」




 おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!




 食堂が響かんばかりに皆がどよめきを立てる。




「もう何ヶ月ぶりでしょう。最近ご無沙汰で味を忘れてしまった人もいるかもしれませんが、さあ、皆さん、存分に召し上がりましょう!」




 わああああああああああああああああ!!!!




 盛り上がる皆、久しぶりのミートブロックを堪能しているようだ。



 まあ、俺にしたら、ちょっとマシ程度なんだけどなあ。

 シリアルブロックとミートブロックを交互に頬張りつつ、淡々と食事を進める。



 

 おや? 


 食堂の奥のドアがちょっと開いているな。



 パタン


 あ、閉まった。



 え、誰?この場にいない人?


 2階食堂の奥の部屋にいるのは……そうか、ディックさんか。



 皆の歓声がうるさかったのかもしれない。

 そう言えば、あの時、会ったきりだったな。

 一応アドバイスを貰ったこともあるし、一度お見舞いに行ってもいいかもしれない。

 仙丹を使うつもりはないが。





 食事が終わると、真っ先にデップ達とザイードに話しかけに行く。

 流石に女の子達は俺に遠慮してくれたようだ。



「先輩、お疲れ様です。流石ですね。すぐに集めてこられるなんて。それも無傷で」


「へへん。どんなもんだい」

「ヒロにも負けないように頑張ったからな」

「そうだぞ。別に以前取って隠しといた物を持ってきたわけじゃないぞ……イタっ!」



 最後の1人が他の2人の突っ込みを受ける。

 いや、別にいいんですけどね。結果が一緒なら。



「違うんだよ。ヒロ。ちゃんと狩ったんだって」

「そうだ。挟み虫はちゃんと2匹狩ったんだぞ」

「でも、鎧虫は勘弁な」



 やっぱりトラウマになってたか。まあ、あれだけ穴だらけにされたらしょうがないか。


 次は隣にいるザイードに話しかける。



「素材はそろったけど、いつ頃完成しそう?」


「そうですね。さっきまで組み立てをやっていたんですけど、明日の朝くらいまでは乾かしておかないといけないので、多分、明日中には完成すると思います」


「ザイード、俺が一番最初に乗らせてくれよ」

「あ、ずるい、俺も乗りたい」

「亀の頭に乗っかって、へへへ」



 最後の人、大丈夫ですか?


 まあ、デップ達もザイードと仲良くなって万々歳ってとこか。

 俺も明日が楽しみだよ。俺の未来の為にも、ぜひマスター登録のやり方を見せてほしい。


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