第46話 説明2


「ダンジョンというのは、僕が鼠取りで潜っている下水道跡のことだよ。ヒロにも前に話したことがあったよね」



 応接間でジュード、サラヤと向かい合う俺。


 俺にダンジョンに潜らないかと言ってきたサラヤは、「説明するから」と言葉を残し、応接間から出ていくとジュードを連れて戻ってきた。



 ジュードは俺の向かいのソファに座ると、当たり前のようにサラヤはその隣に座る。

 そして、ジュードはいつもと変わらない穏やかな顔で俺に簡単に説明してくれた。



 コイツ、俺がサラヤを求めたわけではないと聞いて、機嫌を戻しやがったな。

 


 自然と並んで座る二人を見ると、悔しいが、お似合いのカップルではないかと思ってしまう。


 恋人同士ではないと、トールは言っていたけど、やっぱりジュードの隣にいるサラヤは嬉しそうだし、ジュードはサラヤのことを一番に考えている。



 俺の出る幕なんかないよな。



 勝負に出ている訳でもないのに、勝手に勝負に負けた気分になる俺。


 そんな俺の内心に構わずジュードは説明を続けていく。



「最近、下水道跡にコボルトが出現するようになって、ちょっと困っていたんだ。以前、僕とカランとディックの3人で1体狩ったことがあるけど、僕一人で挑むには危険すぎる相手で、どうしようかと食堂でサラヤに相談していたところなんだ」



 えー、本当にそんな話していたのか? 

 俺が話しかけるのを躊躇するほど、普通にいちゃつくカップルみたいな会話風景だったぞ。



 俺のジト目を見て、サラヤがちょっと狼狽しながら捕捉を行う。



「そうなの。ちょうど、その話が出た所だったから、さっきヒロがラビットより上位の機械種を狩る必要があるって聞いて、これだって思ったのよ」



 まあ、別に深くは突っ込まないけどさ。

 それよりいくつか聞きたいことがあるな。



「ちょっと質問。まず、コボルトってのはボスと同じ軽量型ハーフリンクタイプの機械種だよね。どれくらい強いの?」


「ラビットより当然強いよ。背丈はボスと同じくらいだけど、やっぱり機械種だけあって力が強い。掴まれたらあっという間に噛み殺されてしまうね。あと、たまに武器を使ってくることもあるし、複数で行動しているケースもある。前に3人で狩った時はコボルトが1体で徘徊していて、偶然にも奇襲できるチャンスだったんで勝つことができたんだ。真正面からだったら相手にしたくないね。3人がかりでも、絶対負傷者がでるだろうから」



 ジュードが淡々と自分の経験談を話してくれる。



 コボルトはラビットより強い。

 でも、ジュード、カラン、ディックの3人で狩ったことがある。


 ん? ………カランって狩りに出ていたのか?

 まあ、そのことは後でもいいか。



 うーん………力関係が分かりにくいな。

 前にジュードがラビットを狩った時、サラヤが危険だって言ってたけど。

 もう少し詳しく聞いてみよう。



「ジュードは一人だとコボルトに勝てないということ? コボルトの方が強いの?」



 俺の質問に、ちょっと困った顔をして、ジュードが考え込む。



「いや、条件にもよるけど、一対一でも勝率は僕の方が高いと思う。場所が明るくて、相対距離が5mくらいから始まって、僕に銃と鉄パイプがそろってて、銃のマテリアル消費を気にしなくてもいいなら、僕有利で6:4か7;3くらいまでは持ってこれるかな」


「え? ジュードの方が強いんだ。じゃあなんで助っ人なんているの?」


「何言ってるの!ヒロ!」


 横からサラヤの鋭い声が飛んでくる。

 ちょっと俺を睨みつつ、出来の悪い生徒を教えるかのようにサラヤが俺を諭してくる。



「ヒロ。さっきジュードが6:4とか、7:3とか言ってたけど、あくまで命のやり取りで勝つ可能性のことを言っているんだからね。多少有利程度だったら、戦闘で勝利しても、勝った方も大怪我していることもあるし、負ければかなり高確率で死んでしまうのよ。たとえ、7:3の有利でも、1回の負けで死んでしまうことを考えたら、4,5回戦ったらほとんど死んでしまうことになるわ」



 なるほど。確かにそうだな。

 相手より強くても、戦闘には運の要素も絡んでくる。

 勝てる確率が100%になりえないなら、連戦していけば間違いなく敗北して死んでしまうことになるのか。



「僕が普段獲物にしているラットなら負けることはまずありえない。それに万が一、ものすごく運が悪くて敗北することがあったとしても、指や足の先を齧られるくらいで済む。でも、ラビットは今の僕なら8:2くらいで僕有利だけど、5回戦えば1回は負けてしまって、その1回で足や手を失ったり、殺されたりする可能性がある。これが、普段の狩りの獲物とするか、しないかの違いだよ」



 そこで一旦言葉を切って、少し表情に陰りを見せるジュード。



「その辺りをディックは甘く見てしまったんだ。ディックならラビット相手でも10回のうち、9回は勝てたからね。でも、1ヶ月くらいで、その負けの1回を引いてしまったんだ。幸いなことに命は助かったけど、もう狩人の仕事は出来なくなってしまった」



 まあ、毎日狩っているわけではないと思うから、確率的にはそんなもんか。



「ヒロもラビットを狩ってくれているけど、あまり無理はしない方がいいよ。ラビットの攻撃は大人一人の命を奪うのに十分な程だ。だからラビット以上の機械種を危険種とも呼んで区別しているんだ。さらにアイツらは草原に潜んで奇襲してくるから、危険度は倍じゃすまない。さっき言ってた勝率もあくまで真正面から戦った場合の話だしね」



 ジュードの言うように、勝率80%でも残り20%が当たれば死んでしまうとすれば、銃でロシアンルーレットしているみたいなものだ。


 そんなリスクの高い狩りは続けられるものじゃない。

 そして、さらに敵は奇襲もしてくる。


 たしか俺も一回やられたっけ……、いや、ちょっと待て。



「ジュードも狩ってただろ! 俺が入団した時に獲物を自慢してたじゃないか」



 忘れないぞ。

 サラヤにドキドキしてたのに、獲物を狩ってきたお前の姿を見たサラヤの反応を見て、こっちは冷水をぶっかけられたような気分だったんだからな。



「あははは、そうだね。あの時はそうだった。凄いね。つい5日程前のことなのに、随分昔のように感じてしまう。言い訳じゃないけど、あの時はチームの危機だったから、僕も結構無茶なことをしてたんだ。ヒロに偉そうには言えないなあ」


「ジュードもヒロも気をつけてね。機械種とは違って、人間の体はそう簡単には修理できないんだから」



 ”機械種と違って”か。

 逆に言うと従属させている機械種があれば危険な相手に挑んでもいいわけだ。

 文字通り従属させている機械種なら替えが効くから。


 サラヤもザイードの機械種が完成するのを期待しているのかな?


 ………ん? そう言えば、ジュードはラビットを狩ってきた時、サラヤに危ないことしないでって注意されてたな。

 でも、俺が狩ってきた時は何も言われなかったけど。



 えー………、それって俺なら危ない橋を渡ってもいいってことか?

 それとも、俺のことを信頼してくれているんだろうか?


 サラヤは俺のこと、どう思っているんだろう?

 男と女という意味じゃなく、チームメンバーとして。


 そう言えば、カランは、俺のことについてサラヤから何かを聞いたと言っていたけど、サラヤは俺について何をカランに言ったんだ?


 気になるけど、直接聞くのは怖いな。

 さり気なくトール辺りをつついて聞いてみてもらうか。







「他に質問はないかい?」



 ジュードも機械種には詳しそうだな。

 実戦を潜り抜けてそうだから、現場に近い話がもっと聞けるかもしれない。



「その、ジュードが潜ってる下水道跡がダンジョンなんだよね。機械種の他にも、罠とか、宝箱とかあったりする?」


「あー。そうだね。もちろんダンジョンって言っても、機械種の巣に近いものだから、当然、罠もあったりするよ。宝箱もね」



 え、今、宝箱もあるって言った? 

 罠はともかく、宝箱はちょっと冗談のつもりだったんだけど。

 あと、ダンジョンは機械種の巣に近い? どういう意味だ。


 ジュードには俺の顔のハテナマークが見えたようだ。もう少し詳しく説明してくれる。



「ダンジョンは『砦』になることのない、機械種の巣なんだよ。普通、機械種の巣は地下に発生して、時間とともに成長していくよね。やがて一定の大きさになると『砦』になって、鐘の効果を薄れさせるようになるけど、巣が発生したのが地下深すぎると『砦』になれずに、ずっと機械種を生産するだけの施設になってしまうんだ。それをダンジョンって呼んでいるんだよ」



 また、新しい情報が出てきたぞ。『砦』か。『巣』が成長すると『砦』になり、機械種から街を守っている白鐘の効果を弱らせるってことか。



「だいたいダンジョンは人がいる街の近くにできることが多いみたいだよ。だから鐘の効果範囲に入っていて、浅い階層では弱い機械種しか出てこないんだ」



 そこは、前の世界のゲームのダンジョンと同じだな。

 潜ってすぐの1階でラスボスが出てくるなんてクソゲーだからな。


 ということはダンジョンを深く潜っていけば強敵が出てくるってことか。


 あと、最下層には何があるのか? ラスボスはいるのだろうか?


 これを質問してみると、返ってきた答えは『分からない』だった。



「ダンジョンの下にいけばいくほど強い機械種がいるし、割と浅めの階層しかない巣と違って地下深くにあるから、たどり着けるかどうかも分からないからね。僕も知っている限りは、底まで行った人は聞いたことが無いなあ」


「与太話のたぐいだったら色々あるわよ。もの凄い宝が眠っているとか、赤の女帝の秘密が隠されているとか、機械の体を授けられて永遠の命を得られるとか」



 サラヤが横から話に入ってくる。

 永遠の命か。すでに俺が持っていそうなんだけど。



「まあ、ダンジョンも一応、巣なんだから奥には必ず『紅姫』がいると思うけどね」



 ここでジュードがまた新しい情報をブッ込んでくる。一度に出し過ぎじゃないか!


 しかし、『紅姫』………か

 何か重要そうなワードだ…………

 

 これも追加で質問しておかないと。

 


「『紅姫』は一言で言うと『巣』もしくは『砦』のコアだね。形状は色々な形態があるけど、その名前の通り、赤の女帝の娘と呼ばれるくらい真っ赤なボディをしている機械種さ。これを破壊することで、巣を完全に破壊することができるんだ。そして、紅姫から得られる『紅石』は非常に高値で取引されている。これを獲得することが狩人の夢とも言われるものさ」



 ジュードの顔には『いつか自分も手に入れてやる』と書かれているのが、俺でもはっきり分かった。



 『ダンジョン』、『砦』、『紅姫』、『紅石』か。

 大分新しい情報が増えたな。


 これで狩人への道のりが近づいてきた気がする。


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