第32話 後始末


「七宝袋よ!ウルフ達の残骸を収納せよ!」



 俺が命じると、目の前に広がるウルフ達の残骸は七宝袋に吸い込まれていく。


 どうみても冗談のような光景だ。

 直径10cmにも満たない巾着袋の口に、1m以上もある残骸が吸い込まれていくのだ。

 完全に物理法則を無視している。



「まあ、仙術や宝貝という段階で、物理法則だ、質量保存だなんてあったもんじゃないが……」



 七宝袋をポケットに収納する。これでお宝の確保は完璧だ。






 これで後は拠点に帰るだけだが、帰る前にもう一つ実験していきたい。


 遠距離攻撃の宝貝作成だ。


 莫邪宝剣の威力は絶大(俺が身をもって思い知った)だが、射程距離は剣の届く範囲でしかない。

 俺の生身の防御力の薄さを考えると、遠距離攻撃手段は確保しておきたい。


 作成する宝貝は、できれば封神演義の攻撃力最強宝貝である「雷公鞭」といきたいところだが、あれは威力が大きすぎるし、獲物を完全に消滅させてしまえば、得るものが無くなってしまう。


 ここは莫邪宝剣つながりで、同じ黄天化の宝貝である「鑚心釘」を作成しよう。

 投げナイフのように使用できる投擲武器の宝貝だ。



 材料は……よし、これだ。


 ポケットから剥ぎ取り用のナイフを取り出す。


 ナイフを右手に持ち、作成する宝貝を頭にイメージしながら、念を込めてみる。

 



「宝貝 鑚心釘」



 …………



 右手に持ったナイフには宝貝に転じる様子は全く見られない。

 駄目だ。いくら力を注いでも作成できる気がしない。


 ナイフ自体に何かが足りないような感じがする。

 受け止めるだけの器がないというか、宝貝に転じるだけの思いが足りていないというか。


 確かに莫邪宝剣に転じた大振りナイフも、七宝袋となった巾着袋も、高級品と呼んでもいい品だった。

 宝貝の材料となるには、一定以上の価値のあるものしか駄目なのかもしれない。



 仕方がない。材料を変えるか。


 少し考えてから、元の世界の家に置いてある万能包丁を召喚する。


 一人暮らしをする際に祖母がプレゼントしてくれたものだ。

 堺の有名店で購入した高級品らしい。


 長年使用していたが、刃の輝きはいささかも衰えていない。大事に使ってきたからな。

 これならば器が足りないということはないだろう。



 右手の包丁を持って、再び念じてみる。




「宝貝 鑚心釘!」



 …………



 包丁には全く変化は見られない。

 全然駄目だ。さっきのナイフ以上に手ごたえがない。

 器が足りないとかではなく、資格が無いといった感じだ。


 これは俺が召喚したものでは、宝貝の材料にはならないということか。



「はあああああああぁぁ」



 大きくため息をつく。

 結局、必要なのはこの異世界の金だということだ。

 

 ああ、こちらではマテリアルだったな。

 

 現状ではこれ以上の強化は難しいか。

 諦めて拠点に帰るとしよう。もう隠蔽陣は必要ないな。






 隠蔽陣の中央に立ち、陣を解除しようとしたその時、100m以上先に人影を発見した。



 何、あれ?



 草の丈から見るに、子供くらいの大きさか。

 人数は4人。一瞬スラムから狩りに出てきた子供かなと思ったが、ここの草原は兎やウルフ達がでる危険地帯だ。子供が来れるような場所ではない。 



 よく見れば、全身が黒い……あれは人型の機械種か。大きさ的にボスくらいだな。


 無意識のうちにポケットを触る。莫邪宝剣を抜くべきか?


 あれらはこちらに気づいていないはずだ。全速力で走れば100m等数秒で駆け抜けられるだろう。

 体勢を低く走り抜けば気づかれるのを遅らせることができる。

 そして、莫邪宝剣を振るえばあっという間に殲滅だ。何を戸惑うが必要ある?



 …………………



 考え込んだのは10秒。選んだ答えは、撤退だった。



 よく考えたら、今ここで襲いかかるリスクはかなり高い。


 相手の情報は全くない。しかも複数。

 もし、駆け寄る前に気づかれでもして、相手に銃器があればハチの巣にされる可能性がある。


 スモール・最下級の銃であれば耐えられるだろう。

 しかし、それ以上の銃器を持っていないという保証がない。


 さらに、今の俺は精神的に疲弊している。とっさの判断を間違うかもしれない。



 となれば、さっさと退散しよう。

 隠蔽陣をそのままにして、陣を挟んで逃げれば気づかれることもないだろう。


 俺はすぐさまその場を離脱する。

 人型機械種に見つからないよう、少々遠回りをしながら拠点に向かった。







 途中、兎を見つけたので、仕留めておく。

 もう戦闘描写すらいらない。禁術で動きを止めて、頭を鷲掴みにして捻るだけの簡単な仕事だ。



 サラヤにはウルフの頭部を一つ提出しようと思ったが、今回はこの兎で十分だろう。



 拠点に戻る前に七宝袋からナップサックに兎を移し替えておく。

 破れているところから落ちないよう胸の前で抱えながらナップサックを持ち運ぶ。






 スラムに入り、拠点に到着する前に、ふと、ナルから受け取った大振りのナイフのことを思い出す。


 今は莫邪宝剣になってしまって俺のポケットの中だ。

 しかし、ナップサックを返す際に一緒に預けないといけない。


 柄だけになってしまったナイフを見てナルやデップ達はどう思うだろうか。

 いや、戦闘の結果であれば文句は言わないだろうが、それでも悲しませてしまうに違いない。

 それに俺の切り札となった莫邪宝剣を預けるにも抵抗がある。



 何か誤魔化せる方法はないものか。



 人通りの少ない路地裏に入って、しばらく考え込む。





 誤魔化す、騙す、化かす……


 そうだ。中国でも狐や狸は狐狸(こり)と呼ばれ、日本と同じように人を化かす存在だった。

 その狐狸が得意としていた化かす術。いわゆる変化の術は、泥を豪華料理と見せかけたり、肥溜めを風呂と勘違いさせたりして、人を騙すことができる術だ。


 ならば、この虫剥ぎ取り用ナイフをナルから受け取った大振りナイフに見せかければ、問題は解決するはずだ。

 虫剥ぎ取り用ナイフは無くしたことにしておこう。



 ポケットからナイフを取り出して、意識を集中する。



 イメージだ。

 このナイフに、あの大振りナイフを重ね合わせるイメージで術を行使するんだ。


 幸い、形状はよく似ている。

 どちらもナイフであることは変わりない。

 泥を豪華料理と見せかけるよりは容易なはず。



「ナイフよ!我が意の通り変化せよ!」



 手に持ったナイフが一瞬霞がかかったようにぼやけたかと思うと、次の瞬間には俺がイメージした通りの大振りナイフに変化していた。


 触って確かめてみても全く違和感がない。

 幻術ではなく、実体が変化したのであろう。


 おお、これで俺は変化の術も習得したのか。


 わずか1日で「陣作成」「宝貝作成」「変化の術」と3つも覚えることができた。

 これは仙術を極める日も近いかもしれない。




 ああ、そうだ。

 銃も壊されてしまっていたな。あれも作り出しておくか。


 七宝袋の中からウルフの残骸の一部を取り出す。

 多分肩辺りのフレームだと思うが、ちょうど銃くらいの大きさのものだ。

 


 右手に持って念を込めていく。

 想像するのは銃・スモール・最下位クラスだ。


 先ほどのナイフのように一瞬輪郭がぼやけ、あっという間に俺の想像した銃が姿を現す。



「よし!これでバッチリだ」



 変化させた銃を構えてみる。重さもだいたい同じくらいだろう。

 これならばバレることはないな。

 


 ………あれ?


 引き金に触れた時、違和感があったので、手に持った銃を弄くってみる。



 ああ、これ、変化できたのは形だけだ。

 引き金もマガジン部分も動かない。

 ストッパーの所もだ。これではモデルガンにしかならないぞ。



 流石に仙術で銃を完全な状態で作り出すのは難しかったか。仕方がないな。


 まあ、別に銃を使う予定もないし、問題ないだろう。



 とりあえず、ナイフと一緒にナップサックのポケット部分にねじ込んでおく。

 


 さあ、拠点に帰ろう。


 今日は危険も多かったが、得るものも多かった。

 正しく波乱万丈の一日だった。

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