第28話 苦悩
さて、サラヤの所に行って、明日の夜までにミートブロックを用意してもらわないと。
たとえ嘘でも結果が嘘でなくなれば嘘ではないのだ。
もし、用意できないって言われたらどうしよう。
最悪、魚肉ソーセージでも召喚するか。
もちろん、サラヤに了解を取ってからだが。どこにいるかな?
とりあえず食堂に向かおうとすると、先ほど気になった赤い紙が1枚貼られた部屋のドアが突然開く。
中から俺より頭二つは高そうな若い男が出てきた。
鍛えてそうなゴツイ体だ。ラグビーか、アメフト選手のイメージ。
食堂でも見たことないが、この人もチームメンバーなのだろうか。
あんまり17歳以下には見えないなあ。
背が高くて筋肉質で男くさい顔だからから20歳過ぎくらいに見える。
体育会系大学生といったところだな。
ただし、左足が不自由なようで、杖をつきながらゆっくりとこちらに歩いてきた。
怪我人のようだから今まで出てこなかったのか。
そういえば、サラヤが狩りで怪我をした人がいるって言ってたな。
「見かけない顔だな。誰だ?」
見かけ相応な低い声で俺と同じ感想を言う。
まあ、新人だからこっちから挨拶しよう。
「あ、三日前にこのチームに入りましたヒロといいます。よろしくお願いします」
体育会系だと思われるので、お辞儀しながら丁寧に挨拶する。
「ああ、サラヤが言っていた新人か。そうか、お前がヒロか」
そう言って俺の体を下から上までジロジロと、俺の力量を図るかのように見定めている。
「あまり鍛えているようには見えないな」
まあ、パッと見、強そうには見えないからね。俺。
「ふん。こんな奴が俺の代わりか。クソ!」
苛立ちながら杖の先を床に強く叩きつける。
勝手に苛立たれてもなあ……
よく見たら左足の膝の下あたりから先が無くなっている。
やはり狩り時に機械種にやられたんだろうか。
そんなことを考えていると、機嫌が悪そうにしている男は俺をジロッと睨む。
え、これ以上何なんだよ。こっちに絡まないでほしいなあ。
「おい、お前、よく俺の足を見ろ! コイツはラビットにやられたんだ。アイツらはまず足から狙ってきやがる。それも大抵背後からな。草原に身を隠して相手が通り過ぎるのを待って、後ろから奇襲してくるんだ。特に日が暮れてからは注意しろ。レッドオーダーの黒い体は暗いところに紛れやすい。絶対に日が暮れる前に草原から離れるんだ」
突然何? なんか苛ついていると思ったら今度は忠告してくれるのか?
まあ、俺が兎を狩ったのは日が暮れてからなんだがな。奇襲もされたし。
「あと、草原で狩りをするなら、ウルフに気を付けろ。これも俺が狩人から聞いた話だが、アイツらは戦術を理解している。一匹だと思って安心していたら、あっという間に囲まれてしまう。たとえ一匹遠くに見かけただけでも一目散に逃げろ。万が一集団で襲われたのなら群れのボスを狙え。それだけで統率が乱れて逃げやすくなるらしい」
ウルフか。集団で襲われるのは勘弁してほしいな。
しかし、色々とアドバイスをもらったな。多分、内心複雑な心境なんだろう。
一応礼は言っておくか。
「ご忠告ありがとうございます。えーと……」
「ディックだ」
「ディックさん、ありがとうございます。気を付けます」
「ふん」
そのまま食堂とは反対側に行ってしまった。なんだったんだ。
うーん。悪い人ではないような気もするが。
足を失って気が立っているんだろうな。
俺の仙術なら失われた部位を生やすことができるかもしれないが……
流石にそれをするつもりはない。怪我を直すとは訳が違う。
もうこれ以上、色々背負うのは勘弁してほしいところだ。
食堂に戻って、近くにいた女の子にサラヤの居場所を尋ねると、まだ客間にいるとのことだった。
トン、トン、トン
「サラヤ、いいかい?」
「あ、ヒロ。いいよ。どうぞ」
サラヤは客間で事務作業をしていたようだ。机に紙が散らばっている。
何気なく、サラヤの向かいのソファに座って、机の上に置いてある書類に目を通す。
………うん、これ、決算書みたいなもんか。
収入にたいしてかなり支出が多い。食費は仕方ないが、薬代と何かの積立金のような経費が突出している。
貸借対照表は無いのか? ………これか。うお、現金少ない! 回るのかこれ?
思わず顔がしかめっ面になりそうなくらいの悪化状況。
つい、そのままパラパラと資料を斜め読みしていくと、
「………………何?」
サラヤが俺の顔をじっと見ているのに気が付く。
視線が気になって、書類から顔を上げてサラヤと目を合わせる。
すると、向こうは目線を逸らさずに真っ直ぐ見返して来る。
こちらを品定めするような目。
少し緊張した様子の強張った表情。
それでいてこちらに不快感を抱かせないのは、サラヤに備わった生来の雰囲気であろうか?
「……………」
「……………」
しばらくお互いの顔を見合わせたまま30秒少々の時間が過ぎたところで、
「……ヒロはその書類の意味が分かるの?」
「え、まあ、ちょっとくらいは」
あの、ひょっとして極秘書類でしたか?
また、やっちゃいました、俺?
「そう、ヒロって凄いね。狩りもできて、頭も良くて」
「いやあ、別にそれほどでもー」
「でも大丈夫。それ先月のだから。今はヒロのおかげでかなり余裕があるわ」
「まあ、そうだろうね」
「あれもこれも全部ヒロのおかげ。その割に何にも返せていない」
「別にいいよ。気にしないで」
「ヒロが来てまだ一週間も経っていないのに、私たちの前に希望が見えてきたわ」
「……」
「ちょっと前まで、どうしようって思ってた。もう追いつかなくて、最後の手段をとろうかとも思ってた」
最後の手段って何?めっちゃ気になるんですけど。
「そんなヒロに私たちは何にもしてあげていない……」
ヤバい、この展開はマズイ!
無理やりにでも話を変えなくては!
「ところで、さっきディックさんに会ったんだ」
「え、ディック。あ、そうか、まだ会わせていなかったね」
「色々忠告してくれたよ。怪我しているのに立派だね」
「うん。このチームは元々ジュードとディックで持っていたようなものだったの。でも、ディックが大怪我をして狩りができなくなって。だからジュードが無理をし始めて。私が止めてもどうしようもなくて……でもヒロが来てくれたおかげで……」
だああああああ!!!戻ったああ。
………何か違う話題を。
「ああああ、そうだ。あの3人、もう大丈夫そうだったよ。あの様子だったら2、3日で復帰できそう」
「え、そうなの。良かった。ナルがあんまり容態を教えてくれなくて。私が見舞いにいったら悪化するかもーなんてヒドイと思わない?」
ほっ……、いつものサラヤだ。危なかったな。
そうか、ナルがサラヤに心配かけまいと隠していたのかな。
「あのー、それで、ちょっとサラヤさんにお願いことが……」
「え、ヒロのお願い事! いいよ。何でも言って!」
いえ、そんなにかぶりつかなくても。
「さっきお見舞いにいったときに3人に約束しちゃったんだ。明日の夜、ミートブロックを持っていくって。で、何とか都合できないかな。お願い!」
俺のお願いにちょっとばかり面食らったのか、サラヤは目を白黒させている。
しかし、ここで引くわけにはいかない。先輩との約束は守らなくては。
「当分、俺のブロックを少なくしてもいいから、何とかお願いできない?」
サラヤはちょっと困った顔をしながら口元に少しだけ笑みを浮かべる。
「もう、ヒロって、どうして…………、分かりました。ミートブロックの件、私が何とかします!」
「助かる! ありがとう、サラヤ」
交渉成立。これで全てが上手くいくはずだ!
嬉しさとサラヤへの感謝が心に溢れる。
ふと見ればサラヤが手の届く範囲にいる。
両手を広げればすっぽりと収まってしまうくらいの距離だ。
ふいにこのまま抱きしめたくなる衝動に駆られた。
どれだけ柔らかいのか、どんな香りがするのかを確かめたくなる……
………駄目だろ! それは。
せっかく回避したのが、水の泡だろうが!
心の中の誰かの叫びが、俺をギリギリのところで思いとどまらせた。
何を考えている! 俺は。冷静になれ。
目の前のサラヤを見つめる。サラヤはニコニコしたままだ。
サラヤは俺の心の内をどれだけ見抜いているだろうか。
駄目だ。これ以上は俺がツライ。
用が終わったんだ。さっさと退散しよう。
客間から出て、1階の男子部屋に向かう。
もうシャワー室は時間切れだ。やはりもっと早めに帰るべきか。
階段を下りながら先ほどの場面を振り返ってみる。
サラヤの俺への好感度はかなり高くなっているだろう。
自身よりも他者を優先し、報酬を求めず、ただチームに貢献している。
自分に好意を持っているが、恋人の存在に遠慮して手を出そうとしない。
手を出しても誰も文句が出ない場面でも手を出さなかった。
違うんだよな。
別に他者を優先していない。
俺にとって価値が無いから求めないし、遠慮無く分け与えられるだけ。
チームに貢献しているって言っても、全力を尽くしているわけではない。
自分の目的に沿っているから片手間に手伝っているだけだ。
手を出さないのも自分の為。
余計な束縛はされたくないからだし、そもそも恋人がいる時点で俺にとっては恋愛対象外なんだ。
そう、対象外なんだよ! 君は。だからあんまり迷わせないでくれ!
気が付けば、部屋で毛布に包まっていた。
もう電気が消されており、皆はもう寝静まっている。
ああ、もう何も考えたくない。寝てしまおう。
そうだ。明日になれば、きっとこの気持ちも落ち着いているはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます