第27話 お見舞い


 いくつかの案が検討された結果、今回の兎を含め、今後俺が獲得する獲物については一時保管しておき、どこかのタイミングで一気に換金するという案が採用された。


 毎回、兎などの大物を狩っていれば、安定した武力があると思われるが、草原で隠されていた機械種の遺骸を大量に見つけたということであれば、運が良かったで済むというシナリオだ。


 前回のハイエナを見つけた周辺を散策していたら、見つけることができたという道筋まで考えられている。


 当面、交換はできなくなるものの、前回のハイエナの頭部で蓄えが十分あるからこそできる案だ。


 少し心配したのは、大量の残骸を一気に交換しに行く際、隠してあるのを見つけたという点に突っ込まれて、それは○○が隠していたのだといういちゃもんをつけられたりしないかとうこと。

それについてはサラヤが大丈夫と言ったので、気にしないことにしたが。

 


「ありがとう。ヒロ。一緒に考えてくれて。これでチームは当分安泰ね」


「いやいや。まだ獲物は兎1匹なんだから、安心するのはまだ早いよ」


「そんなことない。きっとヒロならやってくれるって信じてるから」



 本当?今日の朝はあんまり信じてなさそうだったけど。

 ちょっと疑いの目で見てしまう。



「そ、それより、ヒロに聞きたいことあるの? ヒロってどんな女の子がタイプなの?」



 露骨に話を反らしますなあ。まあいいけど。



「ピアンテはタイプじゃなかったのね。何歳くらいが好みなのかな?」


「おい、あれはサラヤの仕込みだったのか?」


「え、違うよ。あれはピアンテが暴走しただけ。流石に会って3日しか経ってない男子を勧めたりなんかしないわ。まあ、優秀そうだって話はしたけど」


「やっぱり報告されているんだ。どんな風に言ってた?俺のこと」


「あはは、まあ、みんな話半分に聞いてるから大丈夫じゃない。ピアンテが見る目が無い奴だって喚いていただけよ」


「ふう。当分そんな気持ちにはならないかな。厄介ごとには関わりたくない」


「厄介ごとって、ちょっとヒドイ。女の子にとっては一生のことなんだからね」


「俺にとっては厄介ごとなの。ほとんど話したこともない奴から求められたって困るだけだ」


「うーん。だったら女子全員とのお話会開いちゃおうかな。強制的に」


「勘弁してくれ。マジで逃げ出すぞ。それは」


「うわ。ヒロの目が本気だ。ちぇっ、分かりました。開きませーん」


「ふう。本当に勘弁してくれよな」


「みんないい子達ばかりよ。もしヒロが気にいる子がいたなら言ってね」



 サラヤとのやり取りがちょっと楽しい。

 でも、サラヤの口から他の女の子を勧められるとちょっと悲しくなってしまう。

 話を変えるとするか。



「そうだ。あの3人はどうしてる。まだ部屋に閉じ込めているの?」


「え、デップ、ジップ、ナップのこと?そうね。まだ部屋の中よ。今はナルが面倒をみているわ」


「お見舞いに行きたいんだけどいいかな」


「お見舞い?そうね。別に構わないけど……」



 そこでサラヤが言葉を切って、少し考え事。



「んー。あの3人今寝込んでいるみたいの。あんな大怪我したからしょうがないんだけど」


「え、昨日は元気そうに見えたけど」


「昨日は興奮してたから。今日は気が抜けて一気に熱が出ちゃったみたい」



 そりゃ心配だな。一度様子を見てみたい。



「部屋ってどこなの?」


「2階の食堂の奥よ。部屋が並んでいるけど、赤い紙を3枚貼っている部屋よ」


「了解。じゃあ行ってみる」


「あとね。ヒロ。黄色の紙が貼っている部屋には入らないようにね」


「黄色?分かったけど。何の印?」



 サラヤは目を面白そうに細めて、ニコっと笑いながら教えてくれた。



「ご利用中の印よ。恋人たちの逢瀬の邪魔しないようにね」





 食堂の奥の部屋が並んでいる廊下を歩く。

 左右合わせて10部屋以上ありそうだ。


 サラヤの最後の爆弾発言が耳に残ってしまった為、非常に緊張しながら進んでいく。


 幸いにも黄色の紙が貼られた扉はなかったが、ここでサラヤはジュードと逢引しているのかと考えると、何とも言えない感情が心を占めていく。



 はあ…………、なんだよ。この感情は。

 もういい歳のくせに引きずり過ぎだろう。


 色々振り払うために頭を振る。


 元の世界でも恋愛なんて全くしたことがないから、そのあたりの経験値は15歳くらいとほとんど変わらないのかもしれない………、認めたくないが。


 しかし、若返っているとはいえ、元々40歳の俺が15、6の女の子にこれだけ惹かれているなんて、傍からみたら気持ち悪いって思われそうだな。


 でもしょうがないじゃん。惹かれてるんだから。

 ネット小説でも、同じような30、40のおっさんが転生したり、若返って転移したりしてるけど、元々の年齢と同じような30、40歳くらいの女性と付き合いましたなんてケースなんて、見たことないぞ(ロリババアは除く)。


 若返ってなくて、30、40歳のおっさん状態でも、付き合うのは高くて20代くらいの女性だろ。普通に10代と付き合ったケースも山ほどあった。


 俺だけ責められるのはおかしくない? ………誰も責めていないけど。

 まあ、ネット小説は男の理想を書いたケースが多いから、そうなってしまうんだろうなあ。




 ん、ここか。

 赤い紙が3枚貼っている扉がある。


 周りを見渡すと、2つ隣の扉も赤い紙が1枚貼っている。


 枚数に何の関係があるんだ? 人数かな、ということはあの部屋にも誰かいるのか。


 まあ、関係ないので、3枚貼っている扉をノックする。



「はーい。開いてますよー」

 


 中からナルの声が聞こえてきた。


 扉を開けると3人が布団に並んでおり、ナルが布きれと包帯を片づけていた。


 う………、薬っぽい臭いが充満している。



「あーヒロさん! 大丈夫だったんですねー。良かったー」

 


 ナルが手を止めて俺に駆け寄ってくる。



「私が余計な事言っちゃったから、無理したんじゃないかって、心配しましたー」



 抱き着かれるのかと思ったが、残念ながら直前で止まってしまった。


 ああ、大分欲求不満が溜まっているのかも。

 


「ああ、大丈夫。無理なんかしてないよ。それより3人は大丈夫?」


「えーとー。熱がなかなか下がらないんですー。一応体を拭いて包帯を変えたんですけど、傷もなかなか塞がらないみたいでー」



 3人を見ると包帯は新しくなっているようだが、もう血が滲みだしてきている。

 それに3人とも顔色が良くない。



「あのー、ヒロさん。ちょっと席を外しますのでー、3人を見ておいてもらってもいいですかー?」



 ナルは使用した布きれや包帯を捨てに行くのだろう。断る理由はない。



「ではー、よろしくお願いしますねー」



 ナルが出ていくと、3人と久しぶりの対面だ。どのくらいの怪我だったのだろう。


 一人に近づいて手足の状態を見てみる。


 包帯の上からでは分かりにくいが、血の滲み具合から、3人とも手足を2,3回刺されたのではないかと推測される。


 鎧虫の角は10cmくらいあったはずだ。それが刺さったとすれば、下手をしたら貫通していたかもしれない。

 たとえ服の上からでも油断するわけにはいかないだろう。



「ん………、ヒロか」


 3人のうち一人が目を覚ましたようだ。いや、眠っていたというより熱で朦朧としていたのであろう。



「あ、おはようございます。先輩、お体の調子はどうですか?」



 まあ、これくらいの声はかけてあげても良いだろう。

 俺の声に他2人も反応する。



「ああ、ヒロ。悪いな。先輩なのに……役に立たなくて」

「これくらいの怪我……すぐ治るはずなのに、ぐすっ」



 大分弱っているな。先輩が弱音を吐くなんて初めて聞いた。



「無理しないでください。後のことは俺が頑張りますよ。今はゆっくり体を治してください」



 ここは優しい言葉をかけることにしよう。



「ごめんな。こんなんじゃロップ兄貴に置いていかれるわけだよな」

「今度は上手くするから、だから……」

「なんで体が動かないんだよ。やらなきゃならないのに……」



 先輩達から涙声交じりの言葉が漏れる。

 自嘲と自責、後悔と悔しさが入り混じった慟哭。



 この3人はどうなるのか?

 たとえ怪我が治っても元の通りに動けるのであろうか?

 

 サラヤもナルも医者ではない。

 使った薬も消毒液くらいだろう。


 もしかしたら破傷風でも併発しているのかもしれない。

 そうであれば、まず助かることはないだろう。



 初め会った時は憎たらしいガキだった。

 俺からパーカーを奪おうとした時は壊してやろうと思った。


 次にいきなり挟み虫に挑戦させられた時はどうだったか?

 別に悪意があったというよりは彼らなりのルールだったのであろう。


 仲間と認めてくれてからは非常に良くしてくれた。

 指導は雑だったが、教育も受けていない中ではそんなもんであろう。

 俺の帰宅が遅れてしまったときは危険を押して助けに行こうとしてくれた。



 3人とも子供だ。子供なりに一生懸命に生きている。

 しかし、ここで終わってしまうかもしれない。


 だが、俺には力がある。その力を使えば……




 ………駄目だ! 俺はさっき自分の能力を隠蔽すると決めたばかりじゃないか!

 何を考えているんだ! ここで、彼らを癒せばすぐに原因が俺だと分かってしまうだろう。


 なにせサラヤにもナルにも俺がお見舞いに来ていることが知られてる。

 癒しの力があると思われたらどうなる? 戦闘力が高いという情報がバレるという比じゃないぞ。

 メリットはほとんどなくて、デメリットだらけだ。



 ………いや、メリットはある。

 チームに3人の力は不可欠だ。

 3人が居れば俺が抜けてもある程度は大丈夫であろう。



 ………いや、それはメリット・デメリットとは関係ない。

 抜けた後のチームの行く末なんて気にしてどうする。



 ………いや、3人にもしものことがあったら、明らかにチームの雰囲気が悪化する。

 俺は雰囲気が悪いのは好きじゃない。



 ………いや、それは好き・嫌いのレベルだ。

 俺の情報流出に比べれば大したことではないだろう。



 ………いや、俺のモチベーションは大事だ。

 俺の心の動きは俺の行動に影響を与えているし、下手をしたら判断力の低下も考えられる。

 



 頭の中で複数の俺が意見をぶつけ合う。


 感情は『力』使って治してあげたいと思い、そうすることでのメリットを挙げ、

 理性はそのメリットへと否定的な意見を述べる。


 両者とも議論は平行線。

 最終的に判断するのは『俺』自身。


 自分で決めた絶対のルールに歯向かおうと言うのだ。

 それなりの理由が無いと決断できない。


 だから探す。

 自分自身を納得させる為の理由を。




 よし、もっとないのか!

 もっと探せ!




 3人には俺をチームに連れてきてくれたという恩がある。


 3人は俺に好意的だ。チーム内で俺に好意的な人が多いことは良いことだ。


 3人にはまだ教えてもらっていないことも多い。教えを請えば教えてくれる人は貴重だ。

 



 あと、もう少し。




 他人に仙丹の効き目があるのかを知る良い機会だ。これは実験なのだ。



 この世界にはブーステッドという人間を強化するものも存在するらしい。

 ならば、人間の体を癒すものもある可能性が高い。


 別に治療したからといって、すぐに能力に結び付けられるとは限らない。

 逆に言えば、バレたとしても、傷を癒す薬を持っていたとされるのが自然ではないか。

 普通、人間が薬を生み出せるとは思われないだろう。



 ヒロ!お前はトールに約束したはずだ。

 あの3人に美味しい物を渡すと。


 サラヤに止められたが、あれは「チームの外から持ち込んだものを渡すな」だ。

 お前には3つ渡すべきものがあるだろう。


 約束を破るつもりか!

 




 ガタン!

 




 聞こえるはずのない天秤が片方に傾いた音が聞こえた。


 ポケットから残していたシュガードロップを3つ取り出す。


 そして、指を擦り合わせ仙丹を召喚。


 金色の薬玉。傷に塗りつけば一瞬で傷が治るはず。

 しかし、本来は飲み薬のはずだ。


 仙丹を爪で削り、ほんの少しをシュガードロップに振りかける。

 多量だと万が一のことがあるからこれくらいにしておこう。



「さあ、先輩。あまーいシュガードロップですよ。これは俺からの見舞い品です」



 返事は聞かない。

 無理やり3人の口にドロップを押し込んでいく。



「おー甘ーい」

「甘い」

「あみゃい」



 3人の表情が一気に緩む。

 先ほどまで歪みっぱなしだったが、一転してホンワカ顔だ。


 3人のドロップを夢中で舐めている様子をしばらく見つめる。

 もう怪我は治っただろうか? それとも少し時間差があるのだろうか?



「あ、なんか楽になってきた」

「おー。これドロップの効果か?」

「ドロップスゲー!」



 おお、いきなり起き上がろうとしている。


 ………マズイ!

 いくらなんでも突然歩き回られるのは不自然過ぎる!



「ちょっと待った! 先輩方! 極秘情報があります!」



 俺の突然の発言に3人は体を止めて注目する。



「実はサラヤから聞いたんですが、3人が明日の夜まで寝込んでいたら、なんとミートブロックを持っていこうという話があるそうです」



「「「なにー!!!」」」



 流石ミートブロック。

 食いつきスゲー。


 3人の目は食欲に爛々と輝いている。

 これは効果抜群だ。



「ですので、今歩き回るとミートブロックが撤回されてしまいますよ」



 ささっと布団に戻る3人。



「あと、ナルさんにも元気になったことを気づかれてはいけません。分かっていますね」


「うーん。苦しい!」

「助けてくれー」

「わーん。痛いよー」



 うーむ。いかにもワザとらしい。

 大丈夫かコレ。念押ししとくか。



「ミートブロックが手に入るか否かは先輩達の演技力にかかっていますからね。明日の夜まで寝込んでいてください」



 本当は一週間くらい寝込んでいてほしいが、絶対無理なのは分かっている。

 せめて1日くらいなら誤魔化すことができるかもしれない。



 最後の念押しをしたところで、ノックが3回。

 ナルが帰ってきたようだ。



「はーい。どうぞ」

 

「どうしましたかー。騒がしかったですがー」


「いや、ちょっと先輩方に病人の心構えを説いていたところでして」


「??? あ、なんか皆、顔色が良くなったかもー」


「「「!!!」」」



 お、なかなか鋭い。

 さあ3人はどうするか。



「うーん。もうだめだー」

「ナル姉ぇ。俺達が死んだらーあのナイフを形見にしてくれー」

「ミートブロックー食べたーい………ぎゃっ!」



 最後のヤツは一発足を小突いておく。



 ナルさん。何か言いたそうな目でこちらを見られても困ります。

 

 まあ、バレた時はしょうがない。即時撤退といきますか。



「ナル。ではあとは頼んだよ。よろしく」



 さっさと部屋を出て扉を閉じる直前、ナルが俺にお辞儀をしたのが目に入った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る