第25話 対人



 さて、兎はどこだ?


 日が暮れかけて薄暗くなりつつある草原を彷徨い歩く。 


 探していないときに見つけてしまい、イザ探そうとすると見つからない。良くあることだ。



 もう30分以上草原を歩いているが、なかなか兎と出会えない。

 見つからない場合、ハイエナの胴体を掘り返して持っていくしかないか。


 しかし、その場合は明らかに隠していたのがバレてしまうだろう。

 兎が出てきてくれれば一番いいのだが。


 

 とかなんとか思いながら歩いていると、


 


 ドンッ!




 膝の後ろにボールでも当たったかのような感触。



 「え、なんだ?」



 後ろを振り返ると、黒い塊が俺にぶつかって跳ね返されたのか、ひっくり返ってバタバタと動いている。



 ああ、探していた兎だ。



 もう昨日感じた威圧感など微塵もない。俺にはただの獲物としか見えなかった。

 しかし、索敵能力の低さも問題だな。接敵してからようやく気づくなんて。何か対策をせねば。


 俺が何をするでもなく突っ立っていると、ようやく兎は起き上がり、こちらに向けて目から赤い光とともに敵意をぶつけてくる。



 ふふん。全く怖くないな。

 所詮初期の雑魚キャラだろう。お前の力はすでに見切っている。



 そう考えると相手の力量を調べるのは重要だ。昨日はそれが計れなかった為、無駄にコイツに怯えてしまった。



 そうだ。コイツに禁術を試してみるか。


 右手を前に出し、薬指と小指を折り曲げて、手のひらを兎に向ける。



「兎よ。動くことを禁じる。禁!」



 ピクッと兎は反応したが、特に変化は見られない。というか、普通に頭の耳兼アンテナが動いているままだ。



 なぜ!レジストされたのか!こんな兎に。



 かなりのショックを受ける俺。

 対する兎は俺の行動を攻撃とみなしたか、こちらに向けて突っ込んでくる。



 クソ、なぜ効かなかったかを検証するのは後だ。コイツを仕留める!



 鋭い前歯を俺に突き立てようと真正面から飛びかかってくるのを、余裕をもってバックステップで躱し、すれ違いざまに兎を頭部を右手で鷲掴み。

 そして、そのまま左手で胴体を押さえて頭をねじ切る!




 ボギュッ




 ふう、あっけない。


 前回の死闘は一体何だったのか。右手に残る兎の頭部を見つめる。すでに目の赤い光は消え去り、完全に停止している。



 これがあれば十分な成果と言えるな。

 


 さて、撤退するか。

 袋に兎の頭部を入れ、胴体はパーカーに包んで背中に背負う。

 予定よりも大分遅くなってしまった。前回のように心配させるのは申し訳ない。急いで拠点に帰るとするか。









 スラムに戻ると、すでに日は暮れており、道には人通りが増えていた。


 急いでいた為、拠点へ最短ルートで戻ろうとしたのが悪かったのか、途中でチンピラ3人に絡まれてしまった。 

 


「おい、待てよ。見慣れない顔だな。ここは通行料がいるんだぜ」

「その荷物を置いてけよ。俺らが処分してやるよ」

「運が悪いと思って諦めな」



 何とか逃げようと路地裏に入ると、行き止まりで追い詰められてしまった状況だ。


 相手はナイフを抜いて威嚇している。周りに人気はなく、助けが来る可能性は皆無。



 さて、どうするべきか。もちろん、撃退するのは容易だろう。

 しかし、相手はナイフを持っているので、戦闘になれば万が一のことも考えられる。


 大人しく戦利品を渡すのも選択肢の一つだ。


 幸い俵虫の晶石はポケットに入れているので、成果は0ではない。

 ただし、渡しても無事に済むという保証はない。

 さらに舐められて袋叩きにされた上、殺害される可能性もある。


 まずは交渉から入ってみるか。



「あの、俺、チームトルネラの一員です。それでも襲ってきますか?」

 


 チンピラ3人は顔にペイントか刺青をしているようなので、詳しくは分からないが俺と同じ年くらいだろう。同じ下部組織であるどこかのチームに所属しているはずだと思うが。



「トルネラって、ああ、ジュードのところか」

「バーナー商会のところだな。そういえば、サラヤっていう上玉がいたはずだぜ」

「ああ!俺見たことある。おっぱい大きかった!」



 おいおい、結構有名人なんだな。あの二人。

 チーム同士の仲は聞いていないけど、敵対的でなければいいが。



「へえ、コイツ人質にしたら、そのサラヤって奴をおびき出せないか?」

「そりゃ無理だろ。アイツリーダーだぜ。こんな奴の為には出てこないだろ」

「なんだ。役に立たないのか。だったら俺らの暇つぶしになってもらおうじゃねえか」



 あ~あ、駄目な流れだ、これ。


 仕方ない。銃で威嚇するか………


 あ………、銃は袋の中だ。

 流石に袋の中を探す時間はくれないよな。



 見ればチンピラ3人はニヤニヤと笑いながらも俺の一挙一動を見据えている。

 俺が妙な動きをすればすぐに襲いかかってくるだろう。



 うーん……どうするか。

 禁術を使って切り抜けるか。


 ……いや、相手は3人もいる。

 万が一術をかけ損なって一人でも逃げられたら、俺の情報が流出してしまう。


 かといって素手で挑むにはリスクもあるし、俺のパワーでぶん殴れば加減も分からず殺してしまうかもしれない。

 流石にカツアゲくらいで殺してしまう訳にもいかないし……




 俺が対応に悩んでいると、チンピラ達は俺が怯えていると取ったのか、さらに要求を強めてくる。



「おい、さっさと全部よこせ!」

「服も全部脱げよ。どこかに隠しているかもしれないからな」

「命が惜しけりゃ言うことを聞け!」



 うん?こいつらは……


 コイツラハオレカラウバウツモリナノカ?

 スベテヲウバウツモリナノカ!ナラバヨウシャハシナイ!

 ゼンブ!ゼンブ!コワシテシマエ!



 心の奥から声が聞こえる。

 熱く猛々しい声。

 それは驚くほど俺の心に浸み渡っていき……

 俺の中のナニカを洗い流してしまう。




 すると突然悩みは消え失せた。


 目の前の人間が人間と見えなくなった。

 ただの排除する敵にしか見えない。



 ああ、一体俺は何を悩んでいたのだろう?

 俺から『ウバオウ』とする奴など、気にする必要も無い。 

 淡々と処理をしてしまえばいいじゃないか。



 ゆっくり背負っていた荷物を卸し、地面に置く。


 3人の目は荷物に注目しているから、今のうちにやってしまうか?


 ……いや、その前に確認しておこう。

 これが最後の通告だ。



「俺から奪おうとするなら、俺は全力で抵抗する。その場合、君たちは死ぬかもしれないが、かまわないか?」



 俺の真剣な忠告を冗談と受け取ったのか、3人ともゲラゲラ笑い始める。



「ギャハハハ、バッカじゃねえのコイツ」

「3対1でどうするんだよ」

「頭おかしいんじゃねえの」



「ソウカ、ナラバエンリョハシナイ。セイゼイジゴクデコウカイシロ!」



 ザンッ!!



 1番近くにいた奴のナイフを持っている手を手刀で切り落とす。

 ほとんど抵抗を感じなかった。金属を断ち切れる手刀だ。生身など問題にしない。



 ドスッ!



 2番目の喉笛に貫手を突っ込む。

 ブツッという音とともに、暖かいものが突っ込んだ手を包む感触。

 すぐさま抜いたが手は血まみれになってしまった。



 ドンッ! 



 3番目の足に前蹴り。膝の上から蹴った為、足は反対側に折れ曲がる。

 倒れたところに首のあたりへ踏みつけ。変なものを踏まないよう、思い切り踏み抜かないのがコツだ。


 時間にして、約4秒。正しく瞬殺。

 一人を残して、全て殺害した。



「ああああ!、『ゴンッ!!』 っぶ!」



 残した一人が叫び出したので、顎に軽く一撃を叩き込む。


 一人を残したのは情報を引き出そうとしたからだが、よく考えたら、手を切られた人間が人の質問にまともに答えられるだろうか。

 それに時間をかければ、他の人間が来る可能性もある。


 仕方ない。さっさと処分しよう。



 ゴキュッ!!



 顎を押さえてのたうち回っている奴の頭部を踏みつけて、静かにさせる。



 ふう、これで終了。

 お、手が血まみれだな、。どうしよう。

 服で拭うのは論外。ハンカチでも召喚するか。


 ……いや、こういう時にあれが使えるな。



 「水よ」



 血まみれの手とは反対の手から水を出して洗う。

 少しは役に立ったな、と思ったが、後で別に水筒の水でもいいんじゃないかと思い直す。


 倒れている3人の懐を探るが、いつものビーンズブロックが2本出てきただけだった。


 うーん。これは要らないな。

 

 さて、ちゃっちゃと退散するとしよう。


 地面置いた荷物を背負い直す。


 いきなり拠点へとは帰らず、ちょっとクールダウンしてからにするか。

 今の俺は多分精神状態がまともじゃないからな。

 急いで路地裏から脱出する。残された遺体はどうなるんだろうと一瞬考えたが、もうどうしようもない。



 はあ……、色々あり過ぎた。今日は…………






 

 スラムの全く光が届かない真っ暗闇な建物の影に体を潜めることにした。


 暗視持ちの俺は全く問題ないが、普通の人はまず入ってこないだろう。

 そのまま地面に直座りして、荷物を肩から降ろす。



 さて、今の俺は正常か。

 先ほど生まれて初めての殺人を行った。

 しかも3名。前の世界なら正当防衛とはいえ刑罰は避けられない。



 俺はサイコパスだったのか?

 いきなり、殺人という手段をとってしまった。


 前に先輩にパーカーを取られそうになった時に感じた衝動。

 激しい怒りと冷たい諦観が合わさったような感情。

 そして、殺人に対して全く罪悪感を感じていない心。



 ネット小説では、異世界に転移した主人公の初めての殺人後の反応について、よく触れられることが多い。


 いきなり嘔吐する、錯乱する、落ち込む等々。


 最近では転移の際に精神を強化されたことにより、全く気にしないというのも増えていているが。


 今の俺はどうか。全くショックは受けていない。

 ああ、殺したなという感傷くらいしかない。


 これは異常なのだろうか?

 それとも転移の際に精神に何かされたのであろうか。




 俺は誰だ?

 元40才独身のサラリーマン。色々拗らせすぎて半ボッチ中だった。

 趣味はネット小説巡り。この異世界に飛ばされてからは、チームトルネラに拾われて、現在、チームの稼ぎ頭を期待されている。

 ただし、俺には長居するつもりはあんまりない。

 必要な知識を得たら狩人になる為、チームを出ていく予定。

 目的は豪華で安定した生活環境。できれば女の子やメイドロボを侍らせてハーレムといきたい。



 うん。我ながら酷い奴だが、俺で間違いない。

 まあ、俺が俺であると思う限り俺だろう。



 さて、次。殺してしまったのは正しい選択だったのか?


 俺はチーム名を名乗ってしまっている。

 もし、半殺しにでもして生かして返せば復讐に来られる可能性が高い。その場合、被害は俺だけにとどまらずチーム全体に及ぶかもしれなかった。


 サラヤやトールの安全と、あのチンピラ達の生命なんて比べるまでもない。


 そもそもあのチンピラに絡まれた段階で殺す以外の選択肢が無かった。

 交渉も失敗し、俺の命の危険性もあったのだから。

 あのチンピラの命を助けるために、成果を奪われ、袋叩きにされ、俺に命の危険を冒せというのか。



 だからこの選択は正しかったのだ。

 


 そう結論づけて、初めての殺人に対しての反応は終わり。以上、ここまで。



 しかし、ずっと一人というのも案外難儀なものだ。

 他のネット小説での異世界転移ものでは、大抵初期に事情を知るキャラクターが出てくることが多い。


 妖精や守護霊、犬、猫、狐、メイド、フェンリル、現地ヒロイン、現地師匠等々。

 俺の場合、自分から拒絶しているということもあるが、もし、信頼できるパートナーが居てくれたらと思わなくもない。


 自分の現在の状況と進路について、客観的なアドバイスを貰えただろうし。

 なにせ、今の俺は自分で考えて自分で決めるしかない。


 なぜなら俺の能力は誰にも話していないから、俺のことを能力も含め理解して相談できる人間がいない。かといって俺の能力を下手に話せば、厄介ごとに巻き込まれるのは間違いない。


 どんなに誠実な奴でも俺の能力を聞いたら利用しようと考えてしまうだろう。


 もし、利用されても構わないということで、俺の能力を打ち明けてもよいと思える可能性が少しでもあるのが、現在2人。まずはサラヤ、次点でトールといったところか。




 サラヤに俺の能力を全て打ち明けたらどうなるだろうか。


 ある程度は俺の意向にそったアドバイスを貰えるだろうが、それには間違いなくチームにとって有利な方向への誘導が含まれるであろう。

 彼女の立場もあるし、なにより恋人であるジュードのこともある。

 その2つの優先順位が俺を下回ることはないと確信できる。

 最悪、上位団体であるバーナー商会に売られてしまうことも考えられる。




 トールならばどうか。


 色々世話になったし、助けられたこともあって、俺の好感度は高くなっているが、彼について俺はほとんど知らないということがネックだ。

 まだ会って3日くらいしか経っていないから当たり前だが。


 人当たりも良く、面倒見も良さそうだから、俺の能力も気軽に受け入れてくれるのではないかという希望がある反面、彼には右手を負傷していて、男でありながら中の仕事しかできないという事情も抱えている。


 俺の能力を利用すれば、という誘惑に駆られてしまわないかという不安要素が拭い去れない。

 なにせ、彼の将来はあまり明るいものではないことは俺でも分かる。

 ワンチャンスがあるとすれば頭脳が見込まれて商売の方に回される可能性くらいだろう。




 当面、誰にも話すことはできないのは変わらない。


 ネット小説の異世界転移ものでは、主人公は大抵目立つことを嫌う。

 その割にあっけなく自分のチート能力を他人に話してしまい、騒動に巻き込まれるという展開も多い。


 もちろん、主人公としては信頼できる人だと確信した上で話したのだろうが、甘いと言わざるを得ない。

 チームメンバー、恋人、師匠、恩人、親友、なぜ、その立場が永久のものではないことに気が付かないのか?


 離脱したら、破局したら、破門されたら、裏切られたら、その関係は終わってしまうのだ。

 そして、渡した情報は返ってこない。


 配偶者だって同じだろう。物語上での展開で離婚まで進むことはほとんど皆無だが、この現実世界では当然ありうる話だ。

 配偶者に話さなくては不都合がある場合のみ、必要事項に限定して打ち明けてしまうことが許容されるくらいか。



 俺は出来る限り情報は秘匿しようと思う。それがこの世界で生きていくために必要なことだからだ。

 


 自分の心が大分荒んでしまっているのが分かる。これも殺人を犯した心の変化なのであろうか。昨日の夜の男3人の馬鹿話や、朝出ていくときの女性陣とのやり取りに感じた暖かい気持ちはどこへ行ってしまったのか。



 戻ろう、拠点へ。

 かなり遅くなってしまっている。急いで帰らないと。

 


 立ち上がって拠点に向かう。暗闇から抜け出すときに、心の暗い部分も置いていければいいのにと思った。

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