第20話 試し
トルネラとの会談が終わり、銃とマテリアルを倉庫に預ける。
そして、サラヤと2階へ降りると、見慣れない男と遭遇した。
「よう、サラヤ。そっちは話題のヒロって奴かい」
18、9歳くらいか。
軽薄な口調、少し伸ばした茶髪がチンピラっぽい。
ヘビメタだかロックだか知らないが、いかにも音楽やってますみたいな自称ミュージシャンのようなチャラチャラした服装。
俺より頭一つ分背が高い。
イケメンというにはちょっと足りず、薄味の顔つきが少し酷薄な印象を与えている。
まあ悪意マシマシの俺の主観だが。
一目見て俺の嫌いなタイプだ。
しかし、ここまで上がってきているのだから、チームメンバーなんだろうと思うが、今まで見たことないな。
「パルデア、まだいたの? そうよ、ヒロよ。さっきモウラさんに貰った銃を渡してたの」
「へえ、入団3日目に銃を授けるなんて。そんなに気に入ったのかい?こりゃジュードが黙っていないんじゃないの?」
「ジュードも納得済みよ。戦力が増えるのはいいことだわ。勝手なこと言わないで!」
サラヤの口調がいつも以上に厳しい。あまり好きなタイプではないのかな。
「怖い怖い。サラヤはいつもおっかないな。もうちょっと可愛げがあったらほっとかないのにってビータさんも言ってたぞ。なあ、ヒロ。お前もそう思うだろ」
俺に振るなよ! そういう会話は苦手なんだ!
クールでウィットなジョークに富んだ会話なんてできねえよ。
…………ここは無難に返すしかないか。
「いえ、いつもサラヤにはお世話になっておりますので。私から何か言うことはありません」
つい、初対面だと緊張して固い口調になっちゃうな。
「ほー。随分手懐けているじゃない。ジュード以外にも優秀な番犬ができたようだな」
「もういいでしょ。今日の用事は終わったはずよ。それとも今日はここに泊まるの?」
「まさか。バーナー商会に寝床も用意してもらっているからな。すぐ帰るよ。でもその前に……」
パルデアが俺に近づいてくる。
何だろ? あんまり近くに寄ってほしくないなあ。
ドガッ!
いきなり腹を殴ってきた。
え、何? いきなり戦闘です?
殴られた衝撃は腹筋の表面で止まっている。
当然痛みなんか感じない。
………あ、そんなに力一杯殴られた訳ではなかったのか?
ひょっとして、これがこの世界の男同士の挨拶のようなものなのか? 所謂ハイタッチのような。
「ヒロ!何するの!パルデア!どういうことよ!」
サラヤが叫び声をあげてパルデアを非難する。
ん? 挨拶でもないのか。
じゃあコイツはなんで殴ってきたんだ。
パルデアは俺の微動にもしていない顔を見て、少し表情を歪ませる。
「やるねえ。大分鍛えてるじゃないか。それともやせ我慢かなあ?」
「パルデア!やめなさいよ。これ以上は許さないから!」
サラヤがパルデアに掴みかかる。
しかし、パルデアが手で軽くサラヤをいなして、一喝。
「うるせえ!ビータさんが新人を試して来いって言ってんだ!邪魔するな!」
「そんな……」
パルデアに手で払われたサラヤが尻もちをつきながら呆然とする。
そんな様子に満足したのか、パルデアが俺の方を向き直る。
「なあ。ハイエナを狩ったんだって。銃も持たずに。どういうイカサマを使ったのか俺に教えてくれよぉ」
ネチャッとした言い方。
こちらを見下げてくる物言い。
これは喧嘩を売られているのか?
いや、これはギルドなんかに入った時に新人が絡まれるイベントか!
大抵相手はかませ犬となって主人公にボコボコにされるやつ。
そうか、こんな時にイベントが始まるとは思わなかったが、さて、どうしてやるかな。
ここで実力を発揮して、コイツを一蹴。
一気に俺TUEEEEにもっていくか。
それとも、今までの実力隠蔽モードを維持していくか。
しかし、実力隠蔽モードだと、コイツにある程度殴られないといけない。
それはそれでストレスが溜まってしまう。
うーん。悩みどころだな。
「おい、どんな手を使ったか知らないが、俺に見せてみろよ。いいとこ見せたら、俺がバーナー商会の狩猟班に推薦してやるぞ。そしたらこんなスラムの生活なんかオサラバできるぜ」
う………、ここで実力を発揮すると就職先が決まってしまうのか。それはちょっと困る。
俺の躊躇をどう捉えたのか分からないが、パルデアはさらに続けてくる。
「狩猟班で活躍できれば、女も選り取り見取りだぞ。こんなチームのガキなんか目じゃないぜ。まあ、それも俺に勝てればの話だがな」
勝つのは容易いが、ルートが確定してしまうのはなあ。
さっきチームを早く離脱しようかと迷っていたが、実際その選択肢を直前にすると、今の生活をもう少し続けたいという思いも出てくる。
女も選り取り見取りにはちょっと心惹かれるが。
うーん。悩む。
しかし、前の世界からこのような選択の際に俺がいつも選ぶのは決まっている。
『保留』で。
「パルデアさん。訂正があります。俺はハイエナを倒していません。頭部を拾っただけです。それと俺に試しは必要ありません。お誘いは光栄ですが、まだまだ戦闘は無理です。虫取りで精いっぱいなんで。だからこれで終わりにできませんか?」
俺の正面からの交渉に、パルデアは馬鹿にしたような口調でこき下ろす
「ああッ!ビータさんが試して来いって言ってんだ。何もなしで帰れるかよ!」
「じゃあ。もう試しは終わっていませんか。さっき殴ったけどぴんぴんしていた。頑丈さには取柄があるようだ。でも喧嘩をしかけたら怖がってビビっていた。だから臆病な奴だ。虫取りでは成果を上げているようだから、もう少しチームで働かせて様子を見ようって。どうです。これで報告ができますね」
「それをする俺のメリットはなんだよ」
「お互いに怪我をしない」
パルデアの目を見据える。視線は逸らさない。ただ、正面から目を見続けるだけだ。
パルデアはそんな俺に何かを感じたのか、一歩下がって構えを取る。
これで駄目なら仕方がない。思いっきり力を振るうとしよう。さあどうする?
………あ、そうだ。
「これもつけます。いわゆる袖の下って奴ですよ。アニキ」
胸ポケットからビーンズブロックを取り出して、パルデアに渡す。
呆気に取られて受け取ってしまったパルデアは、しばらく渡されたビーンズブロックを見つめている。
そして、慣れた手つきで包み紙を剥がして、一口。
「……久しぶりだ。よくこんなの貪るように食べていたな」
不味そうに、でも懐かしさを感じているような複雑な顔でブロックを食べつくす。
パルデアの表情から今まで感じていた嘲りは抜け落ちていた。
手に着いたブロックの粉を払い落とし、ゆっくり俺へと向き直る。
「おい、ヒロ。今回は袖の下に免じてやる。次はないぞ」
それだけ言うとパルデアは1階に降りて行く。
「ヒロ! お前が狩猟班に来たら、俺が特別メニューでしごいてやるからな! 覚えておけよ!」
階段の下から声が聞こえる。
残念ながら俺がバーナー商会へ就職する選択肢は存在しなくなりましたのであしからず。
まだ尻もちをついていたサラヤに手をかして立ち上がらせてから、
ちょっと場面のシーンの転換についていけなくて呆然としているサラヤへと質問。
「で、サラヤ。あのパルデアって人はなんなの?」
サラヤの目がまんまるに大きく広がった。
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