第15話 戦闘


 能力を使用しての検証については今日のところはこれくらいにする。

 もちろん課題は山積みだ。まだまだ検討したりないくらいだ。



 明日以降、再度この能力を使うことができるか。

 ⇒時間でリセットされない回数限定でないことを祈るばかりだ。


 何かを召喚する際に対価を消費しているか。

 ⇒こっそり、体力や寿命、運なんかが減っていないだろうか。


 いくつかの物品が2つ以上でないことについて、どのような条件になっているのか。

 ⇒基本的に1個限定が多かった。ヤク○トは10本出てきたが。



 これらについては明日以降検証したいと思う。


 さて、次に考えないといけないのは、この能力をどの程度までチーム「トルネラ」の為に使うかだ。


 この能力を使えば、チームの生活環境、特に食糧事情を大きく改善することができるだろう。

 しかし、当然、厄介事に巻き込まれるリスクも跳ね上がる。


 まあ、このチームに入ってまだ1日しか経っていない。

 正直、情もほとんど湧いておらず、そこまでの恩を感じている訳ではない。精々一食一泊の恩といったところだ。


 この能力をチームの為に使えば最後、チームはこの能力に頼りきりとなってしまい、必然的に俺がチームの大黒柱的存在になってしまうだろう。


 その場合のメリットは、チーム内では俺が偉そうにできること。

 チーム内の女子を侍らせることくらいはできるな。


 デメリットは俺がチームから離れられなくなることと、もし能力バレした場合、間違いなく周りから襲われることになることか。



 うーん。

 デメリットを受け入れるほど、このチームに価値を感じないな。


 もし、サラヤがヒロインとして、俺に好意を持ってくれていれば、サラヤの為にある程度のリスクまでは許容できただろうし、俺がサラヤに惚れてしまっていたら、それこそ自分の力の全てを使ってチームに尽くしていたかもしれない。


 しかし、そのルートは俺の選択肢にはない。



 結論。能力を使ってのチームへの干渉は最小限にとどめる。

 ただし、俺への大きな利益になる場合はリスクを比較した上で検討する。



 よし決定。

 長かった検証作業と今後の方向性の検討がようやく一段落した。



 ふう、と息をつき、周りを見ると、すでに昼から夕方に近くなっており、辺りは薄暗くなり始めていた。



 あ、少しマズイな。

 サラヤにはもう一度虫取りをしてくるっていったのに、このままではボウズ(釣果無し)になってしまう。

 せっかく挟み虫を狩って上がった好感度が下がってしまうかもしれない。




 慌てて狩場の周りを探してみるが、一向に虫が見つからない。


 そういえば、あの3人は朝は虫が多いと言っていた。ということは昼以降は虫が少ないということか。



 しまったなあ。

 見つからないものはどうしようもない。

 いっそ夜を待ってみようかとも思うが、サラヤからは遅くならないようにって言われているし。



 もう少し探して見つからなければ、諦めて帰るとしよう。


 少し捜索範囲を広げ、虫を探して歩き回る。


 虫を探しながら下を向いて歩いていると、方向感覚が狂ってしまい、気が付くといつの間にか、狩場から少し離れた草原の辺りにまで来てしまった。



「気を付けよう。この世界にナビマップはないから、迷ったら大変なことになる。もう帰るとするか」



 独り言を呟いて、元来た道に戻ろうとすると、草むらに黒い大きな石のようなものが転がっているのに気が付く。



 ん、あの黒い石みたいなの、どこかで見たような。

 


 ガサッ


「あ、動いた」



 思わず声が出る。

 草むらから見えた黒い石のようなものにはよく見れば、耳のようなアンテナがついており、何かを感知しているかのように左右に揺れている。



 あれは、昨日ジュードが倒した機械種:ラビットか!



 後ろに2,3歩後ずさる。


 その動きに反応するようにラビットがこちらを向いた。

 


 赤く光る目、愛らしさなど全くない敵意に満ちた顔つき。

 まるで小悪魔のような印象を受ける。口元から見えるのはそこだけ白く光る前歯。

 柳の葉のように尖っており、元祖迷宮RPGの首狩り兎を彷彿とさせる。



 ラビットから視線は反らさず、ジーパンの後ろポケットに差し込んでいたナイフにゆっくり手をやる。



 草むらからラビットが出てくる。

 兎の癖に威圧感が凄い。

 おそらくボディの色が黒いということもあって、実物以上に大きく見えている。



 勝てるか、こいつに…………


 頭をフル回転させ、戦力差を計算する。



 挟み虫には勝てた。

 こいつは挟み虫の何倍強いんだ? 


 ジュードは兎を狩って、チームでは英雄扱いだ。

 俺は挟み虫を狩ったが、ちょっと驚かれたくらい。

 そもそもジュードは兎狩りに銃を使ったはずだ。

 しかし、俺は銃を持っていない。これでは比べようが無い。



 こいつの攻撃手段はなんだ?

 まさか前歯でクリティカルヒットしてくるのか、それとも体当たりか。


 俺よりはずっと小さいとはいえ、全身機械だとすれば、重さは何十キロにもなるだろう。

 まともに当たればひとたまりもない。



 何が通用する?

 今ナイフに手をかけているが、よく考えたらこいつの装甲にナイフが通用するか?

 それよりも岩を砕いた前蹴りの方が威力は大きいはずだ。

 しかし、当てることができるのか?

 兎はすばしっこいというし。蹴りを外したら反撃を食らうぞ。



 そもそも戦う必要があるか?

 今なら逃げられるんじゃないか?

 全速力で走れば時速50キロ以上出るはずだ。兎でも追いつけないだろう。

 

 ………いや、あれは機械種だ。

 普通の兎よりもスピードが出るかもしれない。

 背後から追いつかれたらそれで終いだ。




 ラビットと俺とのにらみ合いは続く。


 何度も仕掛けようとはした。

 その度に失敗したらどうしようという考えが頭に浮かんで思いとどまってしまう。


 逃げようとも何度も思った。

 しかし、後ろから追いつかれたらという恐怖で逃げ出すこともできなかった。



 戦いを挑むことも、逃げ出すこともできないでいた。

 挟み虫の時とは違う。あの時は最悪指で済むはずだったが、今回賭けるのは自分の命だ。


 『俺は命を賭ける』というセリフを漫画なんかでよく見るが、現実では本当に命の危機を感じている時にそんなことができる奴なんているわけがない。

 何せ文字通り命がかかっているのだから。





 もう何時間経ったかわからなくなってきた。

 辺りはもう真っ暗だ。暗視のおかげで見えなくなることはないが。


 俺はいったい何をやっているのだろう?

 異世界に来て、初戦が虫で、次が兎。何と低レベルの戦いで、こんなに苦労しているんだ?



 あまりの自分の立場の低さにだんだん笑いが零れてくる。



 くそっ!!どうでも良くなってきた。



 ヤケクソになりかけていたその時、




 ダダッ!!




 ラビットが急に顔を背けて、俺とは反対方向へ走り出す。




「へ?」




 いきなりの逃走に思わず間抜けな声を出してしまう。



 ラビットが離れていき、足音も聞こえなくなる。

 残されたのは棒立ちとなっている自分と静まり返った草原だけだった。



「た、助かったのか?」



 そう呟いて気を抜いた瞬間、




 ガブッ!!




 誰かに後ろから右足を掴まれる感触。




「ぎゃあああああああ!!!」




 突然の不意打ちに大声をあげてしまう。


 振り返りざまに足元を見ると、黒い生き物が右足に噛みついていた。

 目の部分から漏れる赤い光が俺を睨みつけているように感じた。



「だあああああああ!!!」



 思わず、反射的に右手を黒い生き物に力一杯振り下ろす。




 ゴスゥッ!!    ドスン!!




 聞こえてきたのは金属を断ち切ったかのような鈍い音と重い物が落ちた音。


 右足に加えられていた左右からの圧力がなくなり、何かが足元にゴトッと落ちる。



「え? な、何?」



 じっと目を凝らしてよく見れば、それはどうやら犬型の機械種のようだ。


 右手の振り下ろしによって、首を一撃で跳ね飛ばしてしまった。

 頭の部分は足元に、少し離れたところに胴体が転がっている。



「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」



 体力的にというより、精神的な疲労を癒す為、しばらく肩で息をする。

 


 ………あっ! 噛まれたところは大丈夫だろうか?



 右足を確認するため、ジーパンの裾をめくり上げる。



 良かった!怪我はないようだ。



 怪我が無いと分かって、落ち着いたところで、改めて犬型機械種を調べてみる。




 落ちている頭部を靴の先で何度かつついて、反応がないことを確認してから拾い上げる。


 意外に軽いな。

 機械だが、全身鉄の塊という訳でもなさそうだ。

 そういえば、ジュードも兎を持ち上げていたし。



 両手で頭部を掴みながら、回転させて詳しく調べてみる。


 犬を凶暴化させたような顔つき、目からは光が消え、今はただのガラス玉だ。


 意外にも口からは鋭い牙のようなものは生えていない。磨り潰す臼歯のような歯が並んでいる。

 だから噛まれても怪我をしなかったのかもしれない。


 胴体の方も見てみる。体格は当然先ほどの兎よりも大きい。

 体長1.7~1.8mくらい。大型犬以上の体格だ。

 あんまり詳しくないがライオンくらいの大きさはありそうだ。


 黒い体と相まって、夜に襲いかかってきたら人間が気づくのは困難だろう。


 さっきの兎が逃げたのもコイツが原因か。明らかにコイツの方が強そうだし。




 ということは相対的に俺って結構強いのかもしれない。



 コイツの首を断ち切った右手を見る。


 普通金属に思い切り手を叩きつければ、骨折は免れないであろう。

 しかし、右手には全く怪我一つない。



 犬型機械種の頭部の切断面を見る。


 強い力で叩き切ったような跡が残っている。

 蹴りで岩を砕くことができるのだから、拳でもこれぐらいできてもおかしくないか。

 

 大木を殴りつけた時は、拳を痛めるのが怖かったから無意識に手加減していたのかもしれない。

 本気で殴れば一撃で大穴を開けることができただろう。

 



 素手で機械種を倒すことができる。

 それはこの世界ではどれくらいの強さのレベルなのか?


 少なくともスラムのチームではトップレベルであろう。

 俺TUEEEEできる日も近い! さすが「闘神」スキル!



 ……いやいや慢心は禁物だ!

 いくら呂布でも銃で撃たれれば死ぬ。

 それにナイフでも俺は傷つくんだ。

 刃物で刺されたら普通に死んでしまうぞ。


 いくら攻撃力が高くても、防御力がいささか頼りない状態だ。

 先ほどの犬型機械種だって、ジーパンの上から噛まれたから怪我がなかったが、服が無い部分を噛まれたら大怪我をしていたかもしれない。


 結局、地道に自分の能力を検証していくしかないか。





 さて、これからどうしよう。



 犬型機械種の残骸を持って帰れば、昨日のジュード以上の歓声が俺を迎えてくれるだろう。

 しかし、俺には犬型機械種を狩る程の実力があるとバレてしまう。


 ずっとチームでやっていくつもりならともかく、今のところはある程度常識が身に着いたらチームを離れて狩人とかになろうを思っている状態だ。


 でも、これだけ夜遅くなってしまったのだから何か成果は持って帰りたい。


 サラヤに冷たい目で見られるのは嫌だしなあ。





 ………うーん。

 頭だけ持って帰ろう。


 倒したとは言わず、拾ったことにしておくか。胴体はどっかに隠しておこう。




 パーカーを脱いで、犬型機械種の頭部を包む。

 胴体部分は草むらを掘り返し、埋めておく。その上から目印の石を並べる。

 


 ふう、これで終了。さあ、急いで帰るか。


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