第490話  奴隷でも主が幸せにすればいいのです




 王国王都、王城―――それは王国の中枢だ。

 当然、オールリィリィも相応に立派なお城を想像していたに違いない。


 だけど現実は、そんなエルフ少女の想像を遥かに超える。



「………」

 彼女は見上げたまま、しばらく言葉を失っていた。


「こうして久々に外観を見ると、やっぱこのお城ってば巨大だよね」

 ヘカチェリーナが壮観だと言わんばかりにオールリィリィの後ろで同じように見上げる。その隣のエルネールさんも最頂点が見えないとばかりに、目をパチクリさせていた。


「子供の頃と若い頃に数度、参城さんじょう致しましたけれど、改めてこうして見ますと、やはり巨大なお城ですねぇ~」

 まるで観光地に訪れた観光客の親子みたいな雰囲気だが、これから挑むのは北方での対エルフについての顛末報告と、オールリィリィの処遇についてのお話だ。


 特にオールリィリィは、王国の王城がここまで凄いものだとは思っていなかったのだろう。

 彼女にしても、周囲のエルフ達の雰囲気に多少なりとも看過され、人間を……ひいてはこの王国を心のどこかで見くびっていたのかもしれない。


「では参りましょうか。シェスカとリジュが先に来て、名代領主の話を詰めている最中でしょうから一度僕の後宮に入り、お茶に致しましょう」


  ・


  ・


  ・


 唐突だけど、王都における “ 住居 ” は、次のような感じ。


 ――王都における一般市民の家屋(一軒家)

  ・基本は長方形の四角い石造りの1階建てか2階建て。

  ・四隅の柱と天井のはりのみ、補強の意味で木材が使われている。

   だけど木材の外側部分は石壁で覆われ、

   かつ灰色の漆喰で表面が塗り固められているので、

   表向きは総コンクリートでコンテナハウスっぽい外観をしている。

  ・広さは 横幅20m × 高さ5m × 奥行12m

   間取りはだいたい3~5部屋ほどに分れている。

  ・奥側に専用の自由にできる20m×3mの裏庭がついている事が多い。

   庭は建物の延長線で石壁で囲われている。


 ――王都における一般市民の家屋(集合住宅)

  ・一軒家と造りそのものはほぼ同じで、柱の太さや本数が違う。

  ・3階建て以上の階層の建物が多く、最高で7階建てがあるが、

   ほとんどは3~5階建て。

  ・広さは土地の形状に合わせて建てられているので様々だけど、

   おおよそ 横幅60m×高さ3.5m(1階層辺り)×奥行30m程度。

  ・1階層あたりに4~6世帯が入居できる規模。

  ・一軒家の場合とは異なり、裏庭なんかの自由スペースはない。


 基本は効率重視な傾向があって、シンプルに建てられてる場合が多い。

 もちろん貴族の邸宅や離宮のように王家や貴族関連の建物は立派だけども、そうした王都内のシンプルな建物がひしめく中にあって、中央にズドゴーンとそびえ立っているこの王城は、王都の中でも余計に目立つんだ。



「……」

「リリー。硬くなるにはまだ早いですよ?」

「は、ひゃいっ!!? も、申し訳ありません、ご主人さまっ!!」

 オールリィリィっていう名前はちょっと呼び辛いので、僕は少し前に愛称としてシンプルに、リリーと呼ぶようにしてる。

 そんなリリーは、僕の事をご主人さまと呼ぶようになっていた。これからの関係性を考えると “ 夫と妻 ” というよりは “ 主人と下僕 ” に近いモノになるだろうから、それでも構わないんだけども……


「(うーん、やっぱり前世とは倫理観や貞操観念、世の常識とかも全然違うんだよなぁ……)」

 もうすっかり慣れた気でいたけどいざ自分がそういう、個人の尊厳が保障されない立場の者を所有する、っていう事になると何だかソワソワしてしまう。


 もちろんリリーを虐げようだとか、酷い扱いをしようだとかは考えちゃいない。とはいえ今後、彼女の人生(エルフ生?)は、僕の考えや選択、あるいは気分1つで変わるわけだから、責任感はちゃんと持っておかないとね。



「(奴隷は不幸と考える人は多い。だけど例えば衣食住の完備や、睡眠時間や休日、賃金の保障、労働時間の真っ当な設定がなされていたら?)」

 前世の世界において、奴隷ではないけれど事実上、奴隷のように働かされるサラリーマン。

 家に帰っても寝て起きるだけでまた会社にいき、朝から晩までひたすら働かされる日々は “ 奴隷 ” というラベルが貼られていないだけで、ほとんど変わらない。


 なら逆に、たとえ “ 奴隷 ” というラベルが貼られていたとしても、待遇が良ければどうか?


「(リリーは僕の所有物で、エルフを押さえつけたという意味合いも込めて、いわゆる “ 愛玩奴隷 ” っていう位置づけになる。けど僕がその生活の質なんかを他のお嫁さん達と変わらないモノとしてあげ、扱えばいいだけだ)」

 結局のところ、所有物であるというのであれば所有者が良い待遇をしてあげればいいだけなんだ。



 オールリィリィは今後自分がどうなってしまうのか、この巨大な王城を見てすっかり不安になってる。


「心配はいりませんよリリー。さ、貴方を僕の兄達に紹介しに行きましょう」

 うやうやしく開けられた兄上様おうさまの執務室に、僕はオールリィリィの手を引いて入っていった。



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